尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ラストナイト・イン・ソーホー」、上出来のサイコホラー

2022年02月16日 23時33分16秒 |  〃  (新作外国映画)
 エドガー・ライト監督「ラストナイト・イン・ソーホー」(Last Night In Soho)という映画が12月に公開された。その時は見逃してしまったのだが、キネ旬ベストテンで何と6位に入っているじゃないか。どこかで見たいなと思ったら、角川シネマ有楽町や新宿シネマカリテで遅れて上映されている。早速見たところ、これは素晴らしい傑作だった。音楽と映像に酔いながら一気見してしまう。拡大公開は終了しているが、どこかで見る機会があったら是非見逃さないで欲しい。絶対に大画面で見るべき映画だ。

 この映画は知っていたけど、「モダンホラー」とか「サイコホラー」などと宣伝されていたから見逃してしまった。僕は「ホラー」「SF」「戦争映画」なんかは見逃すことが多い。怖いからホラー映画が嫌いなんじゃなくて、ほとんど怖くないからつまらないのである。SFや戦争映画もそうだが、現代ではほとんど特撮をウリにしている。しかし特撮は技術的にいくら凄くても、ホントではない。劇映画なんだからホントじゃなくていいんだけど、物語では「世界観」こそ決め手である。(あえてチープな特撮でパロディにするのはアリだが。)この映画も僕は怖いとは思わなかったが、とにかくよく出来ている。
(左=エリー、右=サンディ)
 一体どういう映画なのか、それ自体がミステリーになっているので、全部書いちゃうわけにはいかない。そこで映画館の宣伝からコピーする。「エロイーズは、ファッションデザイナーになるべくロンドンのデザイン学校に入学するも、同級生たちとの寮生活に馴染めず、ソーホー地区の片隅で一人暮らしを始めることに。新居のアパートで眠りに着くと、夢の中で60年代のソーホーにいた。そこで歌手を夢見る魅惑的なサンディに出会うと、身体も感覚も彼女と一体化してゆく。夢の中の体験が現実にも影響を与え、充実した毎日を送れるようになったエロイーズは、タイムリープを繰り返していく。だがある日、夢の中でサンディが殺されるところを目撃してしまう。その日を境に現実で謎の亡霊が現れ始め、徐々に精神を蝕まれるエロイーズ。そんな中、サンディを殺した殺人鬼が現代にも生きている可能性に気づき、エロイーズはたった一人で事件の真相を追いかけるのだが・・・。」

 エロイーズ(エリー)はもともと霊能力の素質があって、若くして亡くなった母を見ることがある。イングランドの地方(コーンウォール半島)出身で祖母に育てられた。だから60年代の音楽を聞いてるし、レトロなファッションが好き。母もロンドンに出たが、都会に負けて自殺した。だから「ロンドンは怖い」と言われて育つが、やはりファッションデザイナーが目標でロンドンに出たい。母の敵を討つつもりでロンドンに出て来たが、やっぱり田舎娘で堅いからクラスメートになじめない。バカにされて居心地が悪く、寮を出て下宿したい。そして、昔気質のミス・コリンズの屋根裏という格好の場所を見つけた。
(サンディとエリー)
 ところが下宿した頃から、夢に60年代のロンドンが出て来るようになる。そこでは「007/サンダーボール作戦」(1965)が上映されている。(なお、下宿の大家をやってるダイアナ・リグは「女王陛下の007」のボンドガールだった人だという。)そして夢の中にはロンドンでスターになりたいサンディという女性が出て来るようになる。サンディとは誰か、現実にいるのか、誰かの若い頃なのか。それがラストまで判らないけれど、とにかく夢の中の60年代が素晴らしい。エリーとサンディが鏡の中で向かい合うシーンなど、鏡を使った映画史上「上海から来た女」(オーソン・ウェルズ)を上回るような魅力だ。しかし、サンディの夢は男たちに収奪されていき、エリーはサンディの夢を見るのが次第につらくなる。
(サンディ)
 エリーはトーマシン・マッケンジー、サンディはアニャ・テイラー=ジョイで、どちらも知らない。まあ経歴を見ると見た映画もあるが判らなかった。どちらも非常に魅力的で注目株。また謎の男をテレンス・スタンプがやっている。60年代に活躍した俳優で、ケン・ローチ「夜空に星があるように」、パゾリーニ「テオレマ」と旧作が今年日本で上映されるのも不思議な縁。先に触れたダイアナ・リグは撮影後に死亡して遺作となった。サンディを見ると、60年代東京を舞台に小松菜奈主演でリメイクしたくなる。
 
 60年代ファッションと音楽が素晴らしく魅力的だ。題名の「ラストナイト・イン・ソーホー」もデイヴ・ディー・グループの曲だという。他にもペトゥラ・クラークの「恋のダウンタウン」が効果的に使われている。そういうところだけを取ると、懐古趣味のサイコホラー、あるいはタイムリープものに感じるかもしれない。というか、そういう映画であるのは間違いないんだけど、この映画はそれだけではない。「大都会」の中で「男たち」によって「性的商品化」されてきた女たちの時空を越えた叫びこそが映画のテーマなのである。霊能力がある(と映画内でされている)エリーを通して、そのことが示される。

 この映画の脚本はエドガー・ライトクリスティ・ウィルソン=ケアンズによって書かれた。エドガー・ライト(1974~)は2017年の快作「ベイビー・ドライバー」で知られる。低予算で趣味的な作品が得意な人。クリスティ・ウィルソン=ケアンズは「1917 命をかけた伝令」でアカデミー賞にノミネートされた。構想の大きさ、テーマ性などは彼女がもたらしたものかと思う。趣味的な細部へのこだわりの裏に骨太な感性がある。また撮影を韓国のチョン・ジョンフンが務めている。パク・チャヌク監督の「オールド・ボーイ」「渇き」「お嬢さん」などを担当した人で、なるほど同じような魔術的な映像世界を見せてくれる。
(ソーホー地区)
 ソーホーという地名はニューヨークなど各地にあるが、もともとはロンドンからだという。20世紀には性風俗店が多い歓楽街だったという。現在では高級レストランが並ぶ地区に変わって、性産業はなくなったというが、この映画では60年代ソーホーの猥雑でいかがわしい雰囲気が再現されている。とにかく映像の疾走感が素晴らしくて、真相はいかにとドキドキして見る快感がたまらない。「鏡映画」であるとともに「階段映画」でもあって、魔術的映像美の中をエリーの叫びとともに60年代を走り回る。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする