尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ルーマニアの怪作『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督自己検閲版』

2022年05月21日 20時44分58秒 |  〃  (新作外国映画)
 2021年のベルリン映画祭金熊賞を獲得したルーマニア映画『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ 監督自己検閲版』(英語題=BAD LUCK BANGING OR LOONY PORN)を見た。パンデミックを生きる人々を描く作品だが、主題は「セックス映像のネット流出」である。土曜日(21日)から時間が変わるので、疲れていたんだけど昨日(20日)「シアター・イメージフォーラム」に見に行ったところ、夜に完全に「電池切れ」。大分充電したけど、他の話を書く元気がなくて映画の紹介。

 冒頭は激しいセックスシーンである。しかし、我々はそれを見られない。監督の「自己検閲版」だからである。ラドゥ・ジューデ監督は実に人を食った「検閲」をしている。いわゆるボカシではなく、画面のほとんどに四角を重ねて、そこに「検閲=金」(censorship=money)とか書いてある。音声は聞こえていて、その時の言葉も字幕で出るが、それは要するにセックスシーンだということは理解出来る。冒頭が終わると、映画は3部に分かれて進行する。第2部はルーマニア現代史のコラージュ映像で、第二次大戦中やチャウシェスク時代などが点描される。要するにこの映画はストーリーではなく風刺なのだとようやく了解できる。
(ラドゥ・ジューデ監))
 冒頭シーンが終わると、第1部では街を女性が歩いている。そこは首都のブカレストで、人々はマスクをしている。コロナ禍のギスギスしたムードをここまで記録した映画も珍しいのではないか。カメラはある女性をずっと追う。それが主人公エミで、実は冒頭のセックスシーンの女性である。だんだん判ってくるが、彼女はブカレストの名門中学の歴史教員だが、先のセックスシーンがネットに流出してしまったのである。女性校長のところへ今から釈明に行くところ。夜には臨時保護者会が予定されている。スーパーで花を買って持っていくが、エミはレジで前の客に遅いと文句を言う。舗道に駐車してる男にも文句を言う。その不機嫌さが事態を示しているが、いかにもコロナ禍の社会を象徴してもいる。
(町を歩くエミ)
 第3部が保護者会。学校の中庭に椅子を「ソーシャル・ディスタンス」を確保して親が座る。校長が司会をするが、保護者たちはもう子どもたちから例の問題映像を見せられていて、エミを吊し上げる。エミも負けずに、夫とのセックスだから何の問題もなく、子どもがそんなシーンを見られる設定にしていた親の責任の問題だと主張する。何で流出したかは、夫がパソコンを修理に出したところ、誰かがアップしたんだという。でも、保護者たちは夫かどうかも判らない。こんな卑猥な映像を見せられたら、これから子どもは授業を受けられない、イヤだと言っているなどという。
(保護者会のエミ)
 実に嫌みな設定を思いついたもんだ。校長が優秀な教員だと弁護したことから、話はどんどん広がりまとまりがなくなってくる。そこで判るのは、保護者たちにユダヤ人やロマ人への差別心があることだ。「ヒトラーもユダヤ人だ」とか誰かみたいなことを言う人もいる。「イスラエルを建国するためだった」とかの陰謀論。それを批判すると、ユダヤ人を弁護するのかとか。名門校で親は成績重視で、エミが成績に捕われるなと授業で言ったとか追求してくる。エミはハンナ・アレントの親は成績よりも大切なことがあると育てたとか説明するが、保護者たちはもうそれぞれに勝手に議論を始めてしまう。
(保護者たち)
 で、結局どうなるかは、なんと3つの違うヴァージョンで示される。保護者に挙手を求めると、ギリギリで擁護派が勝つ第1案。それに親たちが納得せずにやり直してエミ追放が勝つ第2案。そして最後にすべてが無意味化されるヴァージョンとして、突然シュール映像になってしまう第3案。最後の最後まで人を食った映画である。決められたストーリーがあるのではなく、人と人が攻撃し合う現代を風刺し、確かなものを否定するエネルギーがすごい。ラドゥ・ジューデ監督(1977~)は、ベルリン映画祭審査員賞の『アーフェリム!』(2015)やカルロヴィヴァリ映画祭グランプリの『野蛮人として歴史に名を残しても構わない』(2018)という映画があるが未公開なので知らない。ルーマニアは興味深い映画を次々と作っている国だが、けっこうとんでもない社会である。

 とにかく、こんな臨時保護者会を経験しなくて良かったなと思った。最近も暴力映像が流れた学校があるが、学校に責任があるそういう場合は別にして、こういう個人の問題だとなかなか難しい。それでも保護者の中に公然とユダヤ人やロマ人に対する差別があるのにはビックリした。
コメント
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