10月7日に突如、イスラエルに対してガザ地区から5000発にも及ぶロケット弾が発射された。これほど多くのロケット攻撃が行われたことは今までになく、ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織「ハマス」の並々ならぬ準備と覚悟が感じられた。ところが、実はこの攻撃はいわば「陽動作戦」であって、イスラエルがミサイル防衛に追われる間に地上部隊がイスラエル領内に侵攻していた。そして、近くで行われていた音楽祭を奇襲攻撃し、250人以上の死者が出ていると報じられている。また外国人を含む多くの人々が「人質」としてガザ地区に連行されたとされる。イスラエルはこの事態に対し「戦争状態」を宣言した。
この想定外の事態は単に中東に止まらず、世界全体の秩序を変えてしまうような「もう一つのウクライナ戦争」になるのではないか。そのため、ここでは「ガザ戦争」と書きたい。もちろんイスラエル軍はガザ地区を空爆して多くの死者が出ているが、それだけでなく今後「地上侵攻」が避けられないという観測が強い。それに対して、ハマスは「人質を処刑する」と脅迫している。非常に多くの国籍の「人質」がいて、今後国ごとに「解放」されたり、場合によっては殺害されるなど、「選別」が行われる可能性が高いと思う。それは一定程度「地上戦」への制約となるだろうが、地上戦を行わずして「ハマス勢力を一掃する」ことは出来ず、従って時間が掛かっても「ハマス殲滅作戦」があると思って置いた方が良い。
何故この時期にハマスは大規模攻撃を行ったのか。軍事も政治の一環であり、ハマスはここまでの大作戦は行わないだろうと考える方が合理的だ。何故かと言えば、この作戦は「必敗」だからである。必敗だけど始めたのは、当面の勝ち負けを越える政治的目的があるからだろう。多くの人がすでに指摘しているが、僕も直感的に「サウジアラビアとイスラエルの国交正常化をつぶすため」と思った。近年、UAEやバーレーナなど湾岸産油国がイスラエルと国交を結んだ。続いてアメリカが仲介してサウジアラビアもイスラエルと交渉しているとされる。もちろん「アラブの盟主」を自負するサウジは、そう簡単にパレスチナを見捨てられない。
だけど、交渉している以上、アメリカも交えた「パレスチナ和平」をやがてサウジも受け入れる日が来たのではないか。アメリカは「ロシア」(ウクライナ)、「中国」(台湾)との問題を抱えている以上、一日も早く「中東和平」を実現したい。そのような「アメリカによるパレスチナ和平」をつぶすのが最大の目的であり、その目的はすでに達成したと考えて良い。今後さらなるガザ攻撃が続く中で、アラブ各国の民衆感情を考えればイスラエルとの国交交渉を進めることは不可能だ。
(ロケット攻撃)
ガザ地区は前から「天井のない牢獄」と呼ばれるように、事実上閉じ込められた状態にあった。その中で今年になってからは、ハマスに抗議する民衆デモも起こった。しかし、ハマスは表面上何らかの対応もしなかった。そのため、アメリカのサリバン大統領補佐官は9月末に「中東はこの20年間で最も静かな状況にある」と述べていたという(10.11朝日新聞)。アメリカもイスラエルも予想できなかったのである。むしろイスラエル史上最も右派の政権が誕生し、ヨルダン川西岸地区への入植を進めていて、西岸地区での衝突が増えていた。また国内ではネタニヤフ政権による最高裁の権限縮小に対する抗議活動が続き、イスラエル国内も「分断」されていた。そんな時にこの大作戦が決行されたのである。これですべてが変わった。
「籠城」か「決戦」かというのは、昔から日本でも問題になってきた。豊臣秀吉による「小田原攻め」、あるいは「大坂冬の陣」「夏の陣」などがそうだ。ガザ地区は事実上「追いつめられた籠城」状態で、このまま座して敗北を待つよりは、乾坤一擲の大勝負に出たいと思う人はいつの時代も存在する。今回のハマスはいわば「真田隊の戦い」である。負けるだろうが、人々の心に残り歴史を変えてゆく。どう負けるか。取りあえずは「人質」の「有効活用」で、イスラエルの非人道性を世界に訴えるために一番使える方法を考えるだろう。だが双方の怒りの応酬は激しく、このままでは悲劇的な結末を予測せざるを得ない。
(攻撃されたガザ地区のビル)
多くの人は誤解していると思うが、イスラエルは建国(1947年)以後すっと戦争状態にあるとも言えるけど、「国内」に「敵」が侵攻してきたことは一度もない。建国当時の第一次中東戦争は現在のイスラエル領土で戦闘が行われたが、以後の第2次、第3次、第4次の中東戦争は、イスラエルの国土外で戦われた。だから、時々ロケットは打ち込まれるだろうし、稀に自爆テロもあるかもしれないが、ガザ地区から直接ハマスの戦闘員がイスラエル領内に侵攻するなど、誰も想定していなかっただろう。(ある程度時間が経ってからになるが、イスラエル情報機関が何故ハマスの戦争準備を察知できなかったか問われることになるだろう。)
だからこそ、ガザ地区に近い村で音楽祭が開かれていた。朝鮮半島で38度線に近い地域で音楽祭を開くことがありうるだろうか。もちろんハマスが一般市民を大量に殺害したことは許されない蛮行である。だが、そのことだけを非難して、パレスチナ難民の苦難の状況を見捨てて来た側にも責任があることを忘れてはならない。イスラエルにとって今回の事態は「9・11」(2001年アメリカの同時多発テロ)のような意味を持っている。人々はネタニヤフ政権に対する抗議を一時棚上げして、反ハマスで一致するだろう。「血の復讐」を求めてガザ地区の大規模な(ハマスが今後活動できなくなるほどの)破壊を求めることになる。
それに対して、ともに戦うアラブ諸国はどこにもない。国境を接するエジプトやヨルダンはすでに平和条約を結んでいる。シリアは表だっては対立しているが、アサド政権にはイスラエルを攻撃する余力がない。そういうこともあるが、ハマスはムスリム同胞団の作った組織であって、エジプトのシーシ政権やシリアのアサド政権にとって、最大の政敵であるムスリム同胞団を助ける気はもともとない。表面上は何か同情的なことを言うとしてもである。シーア派のイランだけがスンナ派のハマスを支持しているが、国境を接していない以上(イスラエルが「併合」した)ゴラン高原にミサイル攻撃をする程度しか出来ない。
ここで判ることは、イスラエルがヨルダン川西岸地区やガザ地区を(1967年以来)占領したままでいること、シリア領ゴラン高原に至っては「併合」してしまったこと、これはロシアがウクライナからクリミア半島、東南部4州を「併合」したことと同じ構図であることだ。アメリカやヨーロッパ諸国のダブル・スタンダードが世界に示されるだろう。そうなると、再びイスラム勢力によるテロが起こる可能性がある。「ウクライナ」から「イスラム」へ、世界の関心が移ることも起こりうる。こうして世界スケールの大問題になっていく恐れが強いが、それを止める力がどこにもない。国連安保理にも、アメリカにも。トルコは仲介を出来るかもしれないが、ナゴルノ・カラバフの当事者でもあったトルコに何が出来るかは判らない。僕には何も出来ず悲観的になっている。
この想定外の事態は単に中東に止まらず、世界全体の秩序を変えてしまうような「もう一つのウクライナ戦争」になるのではないか。そのため、ここでは「ガザ戦争」と書きたい。もちろんイスラエル軍はガザ地区を空爆して多くの死者が出ているが、それだけでなく今後「地上侵攻」が避けられないという観測が強い。それに対して、ハマスは「人質を処刑する」と脅迫している。非常に多くの国籍の「人質」がいて、今後国ごとに「解放」されたり、場合によっては殺害されるなど、「選別」が行われる可能性が高いと思う。それは一定程度「地上戦」への制約となるだろうが、地上戦を行わずして「ハマス勢力を一掃する」ことは出来ず、従って時間が掛かっても「ハマス殲滅作戦」があると思って置いた方が良い。
何故この時期にハマスは大規模攻撃を行ったのか。軍事も政治の一環であり、ハマスはここまでの大作戦は行わないだろうと考える方が合理的だ。何故かと言えば、この作戦は「必敗」だからである。必敗だけど始めたのは、当面の勝ち負けを越える政治的目的があるからだろう。多くの人がすでに指摘しているが、僕も直感的に「サウジアラビアとイスラエルの国交正常化をつぶすため」と思った。近年、UAEやバーレーナなど湾岸産油国がイスラエルと国交を結んだ。続いてアメリカが仲介してサウジアラビアもイスラエルと交渉しているとされる。もちろん「アラブの盟主」を自負するサウジは、そう簡単にパレスチナを見捨てられない。
だけど、交渉している以上、アメリカも交えた「パレスチナ和平」をやがてサウジも受け入れる日が来たのではないか。アメリカは「ロシア」(ウクライナ)、「中国」(台湾)との問題を抱えている以上、一日も早く「中東和平」を実現したい。そのような「アメリカによるパレスチナ和平」をつぶすのが最大の目的であり、その目的はすでに達成したと考えて良い。今後さらなるガザ攻撃が続く中で、アラブ各国の民衆感情を考えればイスラエルとの国交交渉を進めることは不可能だ。
(ロケット攻撃)
ガザ地区は前から「天井のない牢獄」と呼ばれるように、事実上閉じ込められた状態にあった。その中で今年になってからは、ハマスに抗議する民衆デモも起こった。しかし、ハマスは表面上何らかの対応もしなかった。そのため、アメリカのサリバン大統領補佐官は9月末に「中東はこの20年間で最も静かな状況にある」と述べていたという(10.11朝日新聞)。アメリカもイスラエルも予想できなかったのである。むしろイスラエル史上最も右派の政権が誕生し、ヨルダン川西岸地区への入植を進めていて、西岸地区での衝突が増えていた。また国内ではネタニヤフ政権による最高裁の権限縮小に対する抗議活動が続き、イスラエル国内も「分断」されていた。そんな時にこの大作戦が決行されたのである。これですべてが変わった。
「籠城」か「決戦」かというのは、昔から日本でも問題になってきた。豊臣秀吉による「小田原攻め」、あるいは「大坂冬の陣」「夏の陣」などがそうだ。ガザ地区は事実上「追いつめられた籠城」状態で、このまま座して敗北を待つよりは、乾坤一擲の大勝負に出たいと思う人はいつの時代も存在する。今回のハマスはいわば「真田隊の戦い」である。負けるだろうが、人々の心に残り歴史を変えてゆく。どう負けるか。取りあえずは「人質」の「有効活用」で、イスラエルの非人道性を世界に訴えるために一番使える方法を考えるだろう。だが双方の怒りの応酬は激しく、このままでは悲劇的な結末を予測せざるを得ない。
(攻撃されたガザ地区のビル)
多くの人は誤解していると思うが、イスラエルは建国(1947年)以後すっと戦争状態にあるとも言えるけど、「国内」に「敵」が侵攻してきたことは一度もない。建国当時の第一次中東戦争は現在のイスラエル領土で戦闘が行われたが、以後の第2次、第3次、第4次の中東戦争は、イスラエルの国土外で戦われた。だから、時々ロケットは打ち込まれるだろうし、稀に自爆テロもあるかもしれないが、ガザ地区から直接ハマスの戦闘員がイスラエル領内に侵攻するなど、誰も想定していなかっただろう。(ある程度時間が経ってからになるが、イスラエル情報機関が何故ハマスの戦争準備を察知できなかったか問われることになるだろう。)
だからこそ、ガザ地区に近い村で音楽祭が開かれていた。朝鮮半島で38度線に近い地域で音楽祭を開くことがありうるだろうか。もちろんハマスが一般市民を大量に殺害したことは許されない蛮行である。だが、そのことだけを非難して、パレスチナ難民の苦難の状況を見捨てて来た側にも責任があることを忘れてはならない。イスラエルにとって今回の事態は「9・11」(2001年アメリカの同時多発テロ)のような意味を持っている。人々はネタニヤフ政権に対する抗議を一時棚上げして、反ハマスで一致するだろう。「血の復讐」を求めてガザ地区の大規模な(ハマスが今後活動できなくなるほどの)破壊を求めることになる。
それに対して、ともに戦うアラブ諸国はどこにもない。国境を接するエジプトやヨルダンはすでに平和条約を結んでいる。シリアは表だっては対立しているが、アサド政権にはイスラエルを攻撃する余力がない。そういうこともあるが、ハマスはムスリム同胞団の作った組織であって、エジプトのシーシ政権やシリアのアサド政権にとって、最大の政敵であるムスリム同胞団を助ける気はもともとない。表面上は何か同情的なことを言うとしてもである。シーア派のイランだけがスンナ派のハマスを支持しているが、国境を接していない以上(イスラエルが「併合」した)ゴラン高原にミサイル攻撃をする程度しか出来ない。
ここで判ることは、イスラエルがヨルダン川西岸地区やガザ地区を(1967年以来)占領したままでいること、シリア領ゴラン高原に至っては「併合」してしまったこと、これはロシアがウクライナからクリミア半島、東南部4州を「併合」したことと同じ構図であることだ。アメリカやヨーロッパ諸国のダブル・スタンダードが世界に示されるだろう。そうなると、再びイスラム勢力によるテロが起こる可能性がある。「ウクライナ」から「イスラム」へ、世界の関心が移ることも起こりうる。こうして世界スケールの大問題になっていく恐れが強いが、それを止める力がどこにもない。国連安保理にも、アメリカにも。トルコは仲介を出来るかもしれないが、ナゴルノ・カラバフの当事者でもあったトルコに何が出来るかは判らない。僕には何も出来ず悲観的になっている。