還暦直前に心臓弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症弁形成術体験記)

還暦を目前にして滋賀医大の浅井徹先生の執刀で僧帽弁形成術を受けました。
私の体験が同病の方の参考になれば幸いです。

手術まとめ

2011年01月01日 | 各ステージでのまとめ
明けましておめでとうございます。
「手術まとめ」…11月10日にアップした記事をこちらのカテゴリーに移動し、多少加筆と修正を加えました。

術前診断 MR(mitral regurgitation)--僧帽弁閉鎖不全症
手術術式 MVP(mitral valvuloplasty)--僧帽弁形成術
physio ring II 28mm

手術所要時間 3時間19分(9:12-12:31)
出血量 200ml
尿量 1250ml
輸血量:回収式 465ml

術者 3名
麻酔医 2名
臨床工学技士(ME) 1名
麻酔方法 全麻

体外循環時間 85分
大動脈遮断時間 58分
最低温度 32℃
自己血回収装置 Cellsaver

人工心肺を使うようになってからは体温は余り下げないで手術するようになりました。
人工心肺には血液の温度を調節する機能があり、それによって体温管理ができるそうです。
以前は体温を20℃台まで下げて体を「冬眠」させてから手術していたように思います。
しかし、「冬眠」から覚めた体には障害が出ることがあるようです。

手術前日の麻酔科の先生の説明では、手術予定時間は5時間となっていました。
手術室看護師さんの説明では4時間となっていて、浅井先生からは3時間と・・・・
全くバラバラで(笑)、麻酔科の先生の想定時間が最も長かったんですよね。
3時間と聞いてるんですが、と申し上げたところ、
手術時間ってよく延びるんですよ・・・・と。
実際は開けてびっくりと言うこともあるのでしょうね。
心房中隔欠損の修復もありましたし。

ところで、「physio ring II 28mm」は人工弁輪です。
メーカーはアメリカのEdwards lifesciences社。
今年の1月18日にphysio ringの改良型として発売されたものです。
これはコバルト・クロム・ニッケルの合金平板とポリエステル平板により構成されています。
私の僧帽弁に装着された弁輪はD型の形状をしていますが、弁輪が小さい場合はD型で大きい場合は、楕円形状になるそうです。

自己血回収装置 CellsaverとはアメリカはHAEMONETICS社の製品で、主に心臓血管外科領域の手術中に出血した血液を回収し、分離、洗浄後に濃厚洗浄赤血球液として患者の体内に戻す自己血回収装置です。
主には赤血球を回収する装置ですが、多血小板血漿と小血小板血漿の採取も可能とのことです(最新機種)。
これまた、へぇぇーーー、です。ますます輸血に頼らなくても良くなりますね。

これは一種の輸血ではあるのですが、自分の血というのがミソですね。
輸血が禁止されている宗教の信者の方もこの方法ですと、上手く管理すれば手術を受けられると思われます。
ただし術野が清潔でないと使えません。細菌感染していたりすると使用できないと思います。
手術台の周囲は人工心肺や人工呼吸器、Cellsaverなどの機械だらけだったんですね、きっと。なかなか壮観だったのではないでしょうか。
そう言うわけで、テレビドラマ「医龍3」は初めて熱心に見ました。

手術の直前には必ずといっていいほど剃毛や浣腸が行われていました。
看護師さんから、剃毛はやりませんと明確な答えをいただきました。エビデンス(根拠)も示され、そう変わりつつあります、と・・・・
その時はそれ以上聞きませんでしたが、剃毛によって皮膚に細かな傷がつき、その傷から細菌感染するリスクの方が大きいということのようです。
しかし、浣腸はあるだろうと思っていました。
ところが、それらしい様子は全く見えなかったんです。でも手術中にお漏らしして迷惑かけるといけないと思い、部屋を出るまでに何とか腸を空にすることができました。

また手術室に向かうストレッチャーに乗る前に鎮静剤の注射を打つのが以前は普通だったと思いますが、ストレッチャーも鎮静剤注射もありませんでした。なのでいたって普通の精神状態で手術室に入りました。
手術室入室は車イスでしたし、病院によっては歩いて入室というケースもあります。
もっとも手術室に入ってから多少緊張しましたが・・・・
このように手術に関する「常識」というものがここ数年で大きく変わりつつあるようです。

実は私にとって今回の心臓手術は手術としては2回目で、初めての手術は11年前の内痔核の手術(術式:内痔核根治術)でした。
この時は浣腸有り、鎮静剤注射有り、ストレッチャーによる入室でした。
しかし剃毛はこの時もありませんでした…?

今回の手術をわりとあっさり受け入れることができたのは、11年前に手術を一度経験したことも大きかったと思います。病気自体を受け入れることには全く抵抗はありませんでした。
しかしもっと若くて40歳代でこの病気を指摘されたとしたら、大いに悩んで悔やんで夜も眠れなかったに違いありません。
年食うのも悪くないなと。


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