佐野洋『推理小説実習』(新潮文庫、1983年)。
著者と題名に興味を引かれ、ネットで探して購入した。
推理小説を書くために直接役立つ内容ではなかったが、佐野洋の短編として面白かった。
全体が6章に分かれて、各章ごとに導入の解説があった後に、佐野自身の実作が続くという構成。
第1章<犯人当て>、第2章<倒叙>、第3章<アリバイ崩し>、第4章<心理サスペンス>、第5章<事件小説>、第6章<楽しい犯罪>=ピカレスク小説。
一番は、第3章の「アリバイ崩し」であろう。
佐野は、「アリバイ崩し」という形式を否定する。
なぜかと言えば、わが国(というより近代国家すべて)には“無罪の推定”という大前提があるからである。
刑事裁判においては、訴追側(検察)が被告人の犯罪行為を「合理的な疑い」のないまでに証明しない限り、被告人は有罪とされない。
もちろん被告人ないし被疑者は、アリバイを証明する必要などない。
本来は証明する必要などないのに、被疑者が自らアリバイの証明を要求される。そして、アリバイを証明できなかったために有罪とされるなどということは、近代国家では起きてはならないことである。
たとえ推理小説の中でも、佐野洋はそんなこと(=アリバイ証明)を被疑者に要求したくないのである。
佐野洋の真骨頂を見る思いがする。
前に読んだ、有馬頼義『推理小説入門』(光文社文庫)と同様に、「推理小説入門」の形を借りた佐野洋の推理小説論と思ったほうがよい。
* 写真は、佐野洋『推理小説実習』(新潮文庫、1983年)の表紙カバー。