豆豆先生の研究室

ぼくの気ままなnostalgic journeyです。

ぼくの探偵小説遍歴・その5

2024年02月19日 | 本と雑誌
 
 ぼくの探偵小説遍歴、第5回

 ★フェーマス・トライアルズ(日本評論新社)
 犯罪実話小説というべきか、法廷小説というべきか迷うが、実際に起きた有名犯罪事件(刑事裁判)のドキュメントがある。英米では、実際の裁判記録(訴訟記録)を、起訴状、陪審員の選定過程、冒頭陳述、証拠調べ(主として証人尋問、とくに反対尋問)、最終弁論、裁判官による陪審への説示、陪審員の評決、そして判決までを、原資料に基づいて記録したシリーズものがいく種類か出版されている。中には100巻近く出ているものもあるらしい。
 「フェーマス・トライアルズ」シリーズ(日本評論新社、1961~2年)はその一部の翻訳である。
 「白い炎」(西迪夫訳)、「浴槽の花嫁」(古賀正義訳)、「S型の傷」(平出禾訳)、「冷たい目」(小松正富訳)、「山に消えた男」(時国康夫、中根宏訳)の全5巻だが、訳者は英米法に詳しい弁護士や検事だけでなく、アメリカに留学した(当時)現役の裁判官まで含まれており、戦後の新刑事訴訟法(英米刑事司法型の当事者主義)に対する裁判官も含めたわが法曹の意気込みが感じられる。「浴槽の花嫁」は副題にもなっているジョージ・ジョセフ・スミス事件の裁判記録で、この事件は牧逸馬「浴槽の花嫁」のネタでもある。

 ★「実録裁判」シリーズ(旺文社文庫)
 法廷小説といえば、ガードナーの「ペリー・メイスン」ものがまず思い浮かぶが、R・トレイヴァ―「裁判(上・下)」(創元推理文庫)はそのものズバリの題名。同書の帯には、「私は本書に想を得て「事件」を書いた」という大岡昇平の推薦文コピーが記されている。大岡昇平「事件」(新潮社、1977年)は、出版当時ベストセラーになり、映画化もされた。後に創元推理文庫にも収録されたようだ(未見)。トレイヴァ―には「地方検事」(東京創元文庫)というのもある。著者はミシガン州の元地方検事、州最高裁判事だそうだ(上の写真)。
 学習参考書の旺文社から出た旺文社文庫というのがかつてあった。漱石、芥川、中島敦など教科書に採用された小説が多かったが、その旺文社文庫から「実録裁判」シリーズという裁判ものが何点か出た。
 E・R・ワトソン編「実録裁判・謀殺--ジョージ・ジョセフ・スミス事件」(1981年)などを刊行した(上の写真)。「謀殺」はいわゆる「浴槽の花嫁」事件の実録。巻末の解説で、平野竜一教授が陪審への不信感を述べている。
 この「実録裁判シリーズ」は、「謀殺」の他にも、「目撃者--オスカー・スレイター事件(上・下)」「疑惑ーーミセス・メイブリック事件」「情事ーージャン・ピエール・ヴァキエ事件」「密会ーーマンドレイ・スミス事件」の全5巻があったようだが、ぼくは「謀殺」しか持っていない。読むのが相当しんどくて、1冊で投げ出したのだと思う。
 実録裁判シリーズのほかにも、F・L・ウェルマン「反対尋問」(1980年)、被告の伊藤整自らがチャタレー裁判を記録した伊藤整「裁判(上・下)」(もとは新潮社)、や八海(やかい)事件や「首なし事件」などで有名な正木ひろし弁護士の戦時下の時評集「近きより(1~5)」も同文庫で復刊した。ぼくは法律雑誌の編集者だった頃に、その旺文社文庫の担当編集者とお会いしたことがあった。エネルギッシュな方だった印象がある。なお、ウェルマン「反対尋問の技術(上・下)」は、わが社の先輩編集者だった林勝郎さんの翻訳で青甲社から出ていた。 

 ★医療(裁判)小説
 日本のものでは黒岩重吾「背徳のメス」(角川文庫)、札幌医大で実施された日本最初の心臓移植に疑問を呈した渡辺淳一「白い宴」(角川文庫、1976)などが思い浮かぶ。
 アメリカでは、マイケル・クライトン「緊急の場合は」(ハヤカワ文庫)が有名だった。ロビン・クック「ハームフル・インテントーー医療裁判」(ハヤカワ文庫、1991年)がぼくが最後に読んだ医療推理小説だった。最終ページに「最後まで読みはしたが、噴飯ものだ! 1991.8.23」と書き込みがしてあるが、内容はまったく覚えていない。訳者は林克己さん。ぼくが1960年代の子ども時代に読んだアームストロング「海に育つ」(岩波少年文庫)の訳者だろう。息の長い翻訳家である。
 帯に「身に覚えのない医療ミスで告発された麻酔医が、病院に潜む真犯人を追いつめる」とあるので、興味をもったのだろう。慈恵医大青戸病院において腹腔鏡手術による死亡をめぐって執刀医が逮捕起訴された実際の事件を想起させるコピーである。この事件については、小松秀樹「慈恵医大青戸病院事件ーー医療の構造と実践的倫理」(日本経済評論社、2004年)を参照。(つづく)

 2024年2月19日 記