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“You'd look rather silly divorcing your wife because she'd committed adultery ten years ago.”
W. Somerset Maugham, “The Colonel's Lady”
モーム関連“お宝”の第2弾は、納谷友一・榎本常弥著『モームの例文中心 英文法詳解』(日栄社、昭和45年[ただし僕が持っているものは昭和52年の第18版])。
日栄社というのは、受験生にとっては、「枕草子」「源氏物語」「徒然草」などの注釈書を発行している出版社として知られているのではないかと思う。
この英文法の参考書も、それらの古典の注釈書とほぼ同じ色合いの、オレンジ色と赤の装丁である。
昭和52年の版を持っているということは、受験生の時に買ったものではない。サラリーマンになってから、まだモームに興味があった頃に、目にとまって買ったのだろう。
実際の大学受験の時は、培風館の青木常雄著『英文法精義』というのを使った記憶がある。
その本の前書きには、「昭和25年夏、軽井沢の培風館・山本山荘で執筆した」と書いてあったと思う。
この培風館の山荘は、昭和30年代に毎夏居候していた叔父の軽井沢、千ヶ滝の別荘の裏山の山頂にあった。中腹に獅子岩のある小高い山である。この《豆豆先生の研究室》の第1回目にその写真が添付してある。
あの山の上で執筆した本だ!という想いが読み進める原動力になって全ページを読み通した。文法書を全ページ読むことに意味があるとは今では思えないが。
もう1冊、山崎貞の『新新英文解釈』(研究社)というのも使った記憶がある。
“It's no use of crying over spilt milk.”だの、“It is a long way that has no corner.”といった紋切り型の例文が結構載っていた(ように思う)。
最近になって復刻版が出たという広告をみた。いかにもわれわれ団塊の世代が狙われているようで癪だけれど、やっぱり懐かしいので、いずれ買うつもりである。
さて、『モームの例文中心 英文法詳解』は、前書きによると、大学受験用の文法参考書の執筆を依頼された著者が、どれも大同小異の受験参考書にあって、形式にせよ例文にせよ独自のものを開発すべきだということで、納谷氏が10年にわたって集めてきたモームの用例カードから例文を採用することにしたものだとある。
実際には、適当なものがない場合にはモーム以外の作家の文章も少なからず採用されているが、モームの文章が多いことは確かである。
例えば、この本で一番最初に出てくる例文は、「自動詞と他動詞の区別」の項目登場する。
“He spoke in a very low, quiet voice.”(“Rain”からの引用)で、spokeは「自動詞」として使われており、“He spoke beautiful English, accenting each word with precision.”(“Letter”からの引用)で、spokeは他動詞として使われていると説明がある。
確かに、前のは「低い静かな声で話した」だし、後のは「きれいな英語を話した」である。いつもはこんなことを意識したことはないが…。
中には、“You'd look rather silly divorcing your wife because she'd committed adultery ten years ago.”などという、いかにもモームらしいけれど、大学受験の高校生にふさわしとも思えない例文もある。
分詞構文の用法のうち《条件》というところの出てきて、出典は“Lady”とある。“Lady”は凡例によると“The Colonel's Lady”(「大佐の奥方」)の省略である。
前にも書いたように、僕は18歳の予備校生のときに、駿台の奥井潔先生の講義でモームに出会った。
いずれここに引用したような箴言をちりばめた文章だったのだろうが、それなりに読んでいたのだと思う。
表紙裏に、納谷友一氏の訃報を伝える新聞記事が貼ってある。
1979年10月17日付の記事で(新聞名は不明)、東京電機大学教授の同氏が、前日70歳で亡くなったとある。告別式が行われる三鷹の禅林寺は太宰治のお寺だろう。
* 写真は、納谷友一・榎本常弥著『モームの例文中心 英文法詳解』(日栄社、昭和45年)の表紙。