東尋坊といえば、自殺の”名所”。いつからそうなったんだろうか。きっと、越前竹人形が、水上勉の小説によってつくられたように、どなたかの小説にでも、ここが自殺の名所と書かれたので、志願者が殺到したのではないだろうか。いや、実際、そんなに、ここでの自殺者はいないのではないかとぼくは思う。この岸壁の上に立っても、多角形の柱状の割れ目(柱状節理)をもつ安山岩は、とてもうつくしく、ああ、まだこの世はすてたもんじゃない、とかえって、自殺を思いとどませるのではないだろうか。第一、ここから飛び降りたら、すんなり、海に落ちず、あちこちの岩にぶつかって、こぶをいくつもつくって、痛いだけの怪我でおわってしまうのではないかと思い、二の足を踏むのではないだろうか。そんな、うつくしい景色だった。
でも、こんな警告があるから、やっぱり、志願者は多いのだろうか。
こんな掲示板をみて、思いとどまる人はいるのだろうか。むしろ、うしろの松林内に群生し、いま、咲いておかなければ、もうだめだというふうに咲いている、つわぶきの花に何かを教えられて、そっとそこを立ち去るだろう。
ここを立ち去った人は永平寺に寄ればよい。道元さんのつくった禅寺。只管打座。ただただ座る。心も体も、自然と一体になる。つわぶきの花と一緒になれる。
道元さんが眠る、承陽殿。
傘松閣の天井絵。昭和5年当時の著名な日本画家144名による230枚の花鳥図。
去年、道元さんの映画”禅”を観たせいか、永平寺は初めて訪れた気がしなかった。
春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえて冷(すず)しかりけり
(瓦志納金を納めた御礼にいただいた”道元禅師からのメッセージ”から)