浮世絵太田記念美術館に、”江戸っ子味めぐり”展を観に行った。前々日、そごう美術館で江戸後期の染付大皿をたくさんみてきたばかりだから、果たして、江戸っ子が本当に染付大皿を使っているのか、確かめるには、ぴったりの展覧会であった(笑)。
そごう美術館のときもそうだったが、今回も、偶然、学芸員さんのギャラリー(スライド)トークに遭遇した。遊びも極まれば、周囲が自然とこちらに合わせて動いてくるのだ(爆)。狸見には失敗したくせにえらそうなこというなって(汗)。
そのトークを頭にいれて、ギャラリーを廻る。とくに説明のあった浮世絵の前では、じっくりと点検。では、順番に。
1.季節を味あう
まず、お正月は、北斎の”新年屠蘇図”。お餅とお屠蘇とのし鮑(あとの展示で、のしアワビのつくる過程の図が出てくるのでお楽しみ)。歌麿の七草があって、国貞の梅見。同じく、初鰹も。嬉しそうに鰹をさばく女の顔がみもの(笑)。また国貞で、”十二月の内、水無月”では染付大皿に角切りのスイカが。”文月二十六夜待ち”にはワタリガニをのせた染付大皿が。このように、皿の多くは染付、皿ばかりではなく鉢なども。これで納得。さて、お花見のお弁当も出てきますよ。卵焼きなど中身も検討するのも楽しいかも。月見団子に年末の餅つき、焼き芋まで。江戸っ子は、(季節感のなくなった)現代人以上に、季節のお料理を楽しんでいたのかも。
2.食べる江戸の名物
江戸も後期になると、周辺に醤油などの調味料の産地も成長し、江戸前の料理が発展。蕎麦、天ぷら、寿司などが江戸っ子の好物となった。これらは屋台で食べていたようだ。また、長命寺の桜餅のような名物も現れた。こうした食文化が浮世絵にたくさん描かれるようになる。広重の”東都名所高輪廿六夜待遊興之図”には、蕎麦、天ぷら、寿司、煮物、団子、水菓子と、江戸の人気料理のオンパレード。芳年の”風俗三十二相 むまそう”では、色っぽい女がてんぷらをうまそうに食べている。当時は天ぷらは魚だけで、野菜などの”天ぷら”は揚げ物と言っていたとのこと。刺身はサイコロ状にしてガラス簾に載せて食べたり、山くじら(猪)や、ゆでた蛸の足をつまんでいる美女も。おお、うまそう(汗)。
3.江戸のお食事どころ
江戸時代後期には、屋台から高級料亭まで、様々な、お食事処があちこちあった。江戸っ子は、これらのお店の番付けをつくって喜んだ。今もつづくお店の名も出ている。お惣菜番付なんていうものもあって、めざしいわし、しじみ汁、いわしの塩焼き、がベスト3など。繁盛するお店の浮世絵もずらり。広重が”江戸高名会亭盡”で八百善、両国柳橋の大のし等を紹介し、国定が”東都高名会席盡”で甲州屋を描く。
4.全国ご当地グルメ
さらに、拡げて、全国版。これは広重の一人舞台。”東海道五十三次”で、府中(静岡)のあべかわもち、桑名のやきはまぐり、荒井の名物蒲焼も。京の四条河原では、川床料理などを描く。広重さんも、仕事をしながら豪華なグルメ旅をしたに違いない。
そして、”食材を描く”では、広重の”鯛、鯉、鰹”など。そして、味めぐり関係の版本などのコーナーもある。
とても楽しい江戸の味めぐりであった。
すいか、おもち、あげもの、おすし、 でしょうか。

さらに、下の段でもいろいろ。

歌川国貞(三代歌川豊国)”十二月の内 卯月 初時鳥” 初鰹をさばく女性のうれしそうなこと。

歌川広重”東都名所高輪廿六夜待遊興之図”「二十六夜待」。二十六夜の月見客のために、天ぷら、蕎麦、寿司、団子、お汁粉などの屋台が立ち並ぶ。

ぼくらも神楽坂でご当地グルメをいただいた。二葉のばらちらし寿司。ワイフがいうには、三国連太郎の好物だそうだ。本当だろうか。でも、おいしかった。
そごう美術館のときもそうだったが、今回も、偶然、学芸員さんのギャラリー(スライド)トークに遭遇した。遊びも極まれば、周囲が自然とこちらに合わせて動いてくるのだ(爆)。狸見には失敗したくせにえらそうなこというなって(汗)。
そのトークを頭にいれて、ギャラリーを廻る。とくに説明のあった浮世絵の前では、じっくりと点検。では、順番に。
1.季節を味あう
まず、お正月は、北斎の”新年屠蘇図”。お餅とお屠蘇とのし鮑(あとの展示で、のしアワビのつくる過程の図が出てくるのでお楽しみ)。歌麿の七草があって、国貞の梅見。同じく、初鰹も。嬉しそうに鰹をさばく女の顔がみもの(笑)。また国貞で、”十二月の内、水無月”では染付大皿に角切りのスイカが。”文月二十六夜待ち”にはワタリガニをのせた染付大皿が。このように、皿の多くは染付、皿ばかりではなく鉢なども。これで納得。さて、お花見のお弁当も出てきますよ。卵焼きなど中身も検討するのも楽しいかも。月見団子に年末の餅つき、焼き芋まで。江戸っ子は、(季節感のなくなった)現代人以上に、季節のお料理を楽しんでいたのかも。
2.食べる江戸の名物
江戸も後期になると、周辺に醤油などの調味料の産地も成長し、江戸前の料理が発展。蕎麦、天ぷら、寿司などが江戸っ子の好物となった。これらは屋台で食べていたようだ。また、長命寺の桜餅のような名物も現れた。こうした食文化が浮世絵にたくさん描かれるようになる。広重の”東都名所高輪廿六夜待遊興之図”には、蕎麦、天ぷら、寿司、煮物、団子、水菓子と、江戸の人気料理のオンパレード。芳年の”風俗三十二相 むまそう”では、色っぽい女がてんぷらをうまそうに食べている。当時は天ぷらは魚だけで、野菜などの”天ぷら”は揚げ物と言っていたとのこと。刺身はサイコロ状にしてガラス簾に載せて食べたり、山くじら(猪)や、ゆでた蛸の足をつまんでいる美女も。おお、うまそう(汗)。
3.江戸のお食事どころ
江戸時代後期には、屋台から高級料亭まで、様々な、お食事処があちこちあった。江戸っ子は、これらのお店の番付けをつくって喜んだ。今もつづくお店の名も出ている。お惣菜番付なんていうものもあって、めざしいわし、しじみ汁、いわしの塩焼き、がベスト3など。繁盛するお店の浮世絵もずらり。広重が”江戸高名会亭盡”で八百善、両国柳橋の大のし等を紹介し、国定が”東都高名会席盡”で甲州屋を描く。
4.全国ご当地グルメ
さらに、拡げて、全国版。これは広重の一人舞台。”東海道五十三次”で、府中(静岡)のあべかわもち、桑名のやきはまぐり、荒井の名物蒲焼も。京の四条河原では、川床料理などを描く。広重さんも、仕事をしながら豪華なグルメ旅をしたに違いない。
そして、”食材を描く”では、広重の”鯛、鯉、鰹”など。そして、味めぐり関係の版本などのコーナーもある。
とても楽しい江戸の味めぐりであった。
すいか、おもち、あげもの、おすし、 でしょうか。

さらに、下の段でもいろいろ。

歌川国貞(三代歌川豊国)”十二月の内 卯月 初時鳥” 初鰹をさばく女性のうれしそうなこと。

歌川広重”東都名所高輪廿六夜待遊興之図”「二十六夜待」。二十六夜の月見客のために、天ぷら、蕎麦、寿司、団子、お汁粉などの屋台が立ち並ぶ。

ぼくらも神楽坂でご当地グルメをいただいた。二葉のばらちらし寿司。ワイフがいうには、三国連太郎の好物だそうだ。本当だろうか。でも、おいしかった。
