ぼくも最近、親父が亡くなった年に近づいてきたせいか、カラオケで親父のおはこをよく唄う。春日八郎が大好きで、山の吊り橋とか別れの一本杉、そしてお富さんもよく唄っていたものだ。だから、ぼくは子供のころから、これらの歌はそらで唄える。
でも、お富さんの歌詞をよく理解していたわけではない。お富さんがいて、切られの与三がいて、見越しの松の黒塀のお宅で久し振りで会ったらしい、くらい。歌舞伎の演目であることは知っていたが、今までみたことがなかった。定年後、歌舞伎をぼちぼちみるようになって、ようやく、昨日、”お富さん”に出会った。それも、当代随一の人気役者、玉三郎がお富さんで、海老蔵が切られの与三というのだから、たまらない。
歌の文句にぴったり合う、粋な黒塀が出てきたし、あだな姿の洗い髪のお富さんも、風も沁みるよ傷のあとの与三郎も、間近ではないけれど、4階席立ち見から、オペラグラスでみることができた。これだけで幸せ。七月大歌舞伎 与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)。
お富さん(作詩:山崎 正、作曲:渡久地政信、歌唱:春日八郎)
粋な黒塀 見越しの松に
仇な姿の 洗い髪
死んだ筈だよ お富さん
生きていたとは お釈迦さまでも
知らぬ仏の お富さん
エーサオー 玄治店(げんやだな)
過ぎた昔を 恨むじゃないが
風も沁みるよ 傷の跡
久しぶりだな お富さん
今じゃ呼び名も 切られの与三(よさ)よ
これで一分じゃ お富さん
エーサオー すまされめえ
木更津海岸見染めの場
この辺りの顔役の赤間源左衛門に身請けされたお富が披露を兼ねた潮干狩りにやってくる。そこへ、伊豆屋の若旦那の与三郎がやてくる。放蕩三昧で身柄を木更津の親類に預けられていた。
二人の目と目が合った。お富の美貌に思わず羽織を落とす海老蔵。一方、玉三郎も心惹かれた様子。
その後、逢瀬を重ね、源左衛門の知るところになる。与三郎は身体を傷だらけにされ、海へ投げ込まれる。お富も、あとを追い、身を投げたが、和泉屋多左衛門(中車)に救われ、江戸の源氏店の妾宅で暮らしている。
二幕目 源氏店の場
粋な黒塀の舞台がぐるりと廻ると、部屋の中。湯屋から帰ってきたばかりの洗い髪のお富さんが、雨宿りさせてもらっている番頭の藤八(猿也)とたわいのない話をしている。そこに、小遣い銭のせびりの常習、蝙蝠安(獅童)が頬被りをした男(与三郎)を連れて入ってくる。この男が大怪我をしたので、養生のためお金をくれという。お富は断るが、あまりにしつこいので一分を渡す。これで安も帰ろうとするが、与三郎、この女がお富さんだと知って、カッとなり、百両もらっても帰らないという。
そして、待ってました!の名せりふ。しがねえ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取りとめてか木更津から、めぐる月日も三年(みとせ)越し、江戸の親にゃァ勘当受け、よんどころなく鎌倉の、谷七郷(やつしちごう)は食い詰めても、面(つら)に受けたる看板の、疵(きず)がもっけの幸いに、切られ与三と異名を取り、押し借り強請(ゆすり)も習おうより、慣れた時代の源氏店(げんじだな)、その白化(しらばけ)か黒塀の、格子作りの囲いもの、死んだと思ったお富たァ、お釈迦様でも気が付くめえ。よくまァおぬしは達者でいたなァ----。
そんな与三郎に、お富は、実はかくかくしかじかで、多左衛門さまに囲われてはいるものの色恋はないと言う。そこへ、多左衛門が戻って来る。ひと目で事情を察した、多左衛門。与三郎に大金を渡し、お富には守り袋を渡し。家を出て行く。そこには、自分が、お富の実の兄であることが書かれていた。兄の後姿を追い、お富は涙にくれるのであった。(幕)
海老蔵と獅童
海老蔵と玉三郎
中車が帰ってくる
どちらも、とても良かった。玉三郎!海老蔵!
昼の部の、あとの二つの演目は、南総里見八犬伝と、猿之助六変化の蜘蛛絲梓弦。それらはのちほどご披露申しあげまする。