気ままに

大船での気ままな生活日誌

大船フラワーセンター 秋の花だより

2015-10-05 15:30:29 | Weblog

二日ほど前、家内とフラワーセンターを訪ねたときの記録です。

葉鶏頭が見頃でした

千日紅

クジャクアスター

もみじ山のシモバシラが見事に咲いていました

子福桜が咲き始めました。

冬桜(三波川冬桜)も、もう、全部で5輪ほど咲いていました。雄蕊が紅白とは!

台湾椿も次々と咲き始めましたよ。

そして、待ってました!秋薔薇さん!いよいよ咲き始めましたよ。中~下旬が見頃でしょうか。

ほらねたらほらね

かまくらたそがれ 坂倉準三設計の神奈川県立近代美術館・鎌倉本館の建物は保存に決まりました!少しでも、たそがれストップ!

かまくら

たそがれ


おおコワ!実にも棘が!これでもバラでっか?

わての方がコワイとちゃうか。恐竜ひょうたんや。東京生まれだけど、大阪弁を勉強中なんや。

この日もここ、睡蓮の池で、カワセミに出会ったが、写真は撮れなかった。

でもね、蝶のカワセミに出会いましたよ。アオスジアゲハ。


というのはうそで、アオスジアゲハは、その前日、よこはまたそがれで撮ったのサ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

月映(つくはえ)

2015-10-05 05:43:34 | Weblog

おはようございます。ぼくはお月さまが大好きで、ブログ記事にも、しばしば登場してもらうので、”月映”というタイトルをみて、また月のことかと思い、読まないで、立ち去さろうとするあなた、ちょっとお待ちください(笑)。

これはですね、ある古い雑誌の名前なのです。ぼくも知りませんでしたが、このうつくしい名、月映に、つい惹かれ、東京ステーションギャラリーに足を踏み入れてしまいました。良かったですよ、まるで、誰もいない野原で、ちょうど今頃の半月を見上げているような気分といったらよいか、しみじみとした情感に満たされた展覧会でした。

ちょうど、東京駅が開業した1914年(大正3年)に、この雑誌が生まれた。田中恭吉、藤森静雄そして、お馴染み、恩地孝四郎の三人の美術学生の仲間が、木版画と詩の雑誌の公刊を目指し、活動をはじめる。まずは私家本をつくり、そして念願の出版にこぎつけた。しかし・・・。

この時代、肺結核が不治の病。若い有為の人が次々と亡くなっていく。田中恭吉も例外ではなかった。なんと、月映が公刊されて、一年も経たないうちに世を去るのだ。そして、同時期に、藤森の妹も同じ病いで亡くなる。加えて、やっと日の目を見た雑誌も長くは続かず、田中の死とともに消え去る運命にあった。

大正の時代に一瞬、姿をみせ、はかなく消えていった月映。その原画を中心に、月映前後の作品や資料が、古レンガに囲まれた、いくつもの展示室に約300点、展示されている。

田中は文字通り命を削りながらの作品、藤森も生と死を凝視する作品、そして、恩地孝四郎だって、抽象画ではあるが、同じ思いが溢れている。シーンとした場所でみたいものばかり。一時、おばさんの声が気になったが(笑)、あとはほとんど、いい雰囲気でみることができた。階下の広い、四面レンガの壁の展示室に来たときには、個々の作品をじっくり見るというより、部屋全体の雰囲気を味わっていた。ふと、田中、藤森そして恩地が、おい、おれたちの作品が展覧会になってるぞ、よかった、よかった、と微笑んでいる姿が浮かんできた。

終盤には、田中の死後に、出版された、田中のペン画と恩地の木版画が収録されている萩原朔太郎の”月に吠える”に関連する作品や資料も展示されている。

しみじみとした、いい展覧会であった。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする