気ままに

大船での気ままな生活日誌

水無月の上弦の月

2020-06-28 22:18:48 | Weblog

こんばんわパート2(笑)。久しぶりの1日3本記事です。

ようやく、日暮れになって上弦の月が見えました。梅雨時の水無月の上弦の月はめったに見られないから、是非、記事にしておこうと。

西空が夕焼けに染まる頃にも、まだ上弦の月は顔を見せず。

富士山は顔を見せてくれたのに。

日が暮れて、ようやく姿をみせてくれた上弦の月!

水無月の上弦の月らしく、うすい雲のベール越しのおぼろ月。

水無月の上弦の月のお祝いに、ぼくが水無月に見た鎌倉の花々をお月さまに。

イワタバコ

(建長寺、6月4日)

(海蔵寺)6月8日

花菖蒲

(明月院)6月12日

(海蔵寺)6月8日

紫陽花

明月院、6月11日

長谷寺、6月24日

山百合

(長寿寺、6月27日)

では、おやすみなさいをもう一度。

いい夢を。


近所のピンク色の凌霄花

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建長寺の紫陽花と山百合

2020-06-28 19:38:15 | Weblog

こんばんわ。

これは昨日のこと。長寿寺の山門の素晴らしい山百合美女軍団を見たあと、たしか建長寺にもいい山百合があったはずと、歩いて数分の建長寺へ。

総門をくぐるとすぐ横に、お寺の駐車場があり、その向こうに紫陽花がずらりと並んでいる。そして、その中に山百合が一株。いくつも花を咲かせていた。よし、これならば、いつものところでも、見頃になっているはずと喜んでいたのだが、そうではなかった。これが、現在、建長寺最高の山百合だった、とほほ。全体的には、まだ、数日、早いといったところ。ただ、紫陽花はあちこちでそこそこの見頃になっていて、まずまず楽しめた。

6月27日現在、建長寺、最高の山百合。長寿寺に比べると、とほほの山百合。

参道の桜並木の紫陽花。

さざれ石と紫陽花。

いつも立派な三門。

三門をくぐると立派な柏槙(びゃくしん)の巨木がずらり。樹齢750年。

ここの周囲に紫陽花が並ぶ。

唐門前の蓮は咲き始め。

お江(ごう)さんの霊廟だったものを増上寺から移築した。

桔梗も開いてきた。

さて、お目当ての山百合は、先だってムシの日(6月4日)に見学したイワタバコ咲き誇っていたこの岩壁の周囲にある。

完全に開いていない。

山側の山百合も咲き始めだが、株数が減っているようだ。昨年の台風にやられたかも。

ここから半蔵坊方面へ。途中で紫陽花が楽しめる。

苔の流れ

半蔵坊口。今日はここまで。

そうそう、鐘楼の近くの僧堂の裏山にも山百合がたくさん咲きますが、この日は二つほど。

僧堂への山門。

裏山

2020年ももう半分だが、随分、今年は建長寺さんに随分、楽しませてもらった。おかめ桜から始まって、サクラ、牡丹、イペー、イワタバコ、そして、今回の紫陽花と山百合。ありがとうございました。

では、おやすみなさい。

いい夢を。

お昼はお寺の近くのお店でけんちん蕎麦。けんちん汁は建長寺が発祥。

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神田日勝/大地への筆触

2020-06-28 11:14:48 | Weblog

おはようございます。

大人の休日倶楽部会員誌の最新号に大地の画家・神田日勝の特集記事が載っている。東京ステーションギャラリーで開催中の”神田日勝/大地への筆触”を見てきたばかりなので興味深く読ませてもらった。

日勝が4歳のとき、太平洋戦争が始まる。昭和20年3月に東京大空襲。神田一家は戦災者集団帰農計画の拓北農兵隊に加わる。行先は、北海道十勝平野の鹿追町。ようやく目的地に着いたのは8月14日。そして翌日、日本の敗戦が決まる。期せずして戦後第一日目から十勝の開拓民として生活がはじまる。

そのとき、日勝は7歳。地元の小学校に編入し、大好きな兄と共に、兎を追ったり、スキーをしたり、のびやかに育った。東京芸大に進学した兄に代わり、日勝は中学を卒業するとすぐ神田家の農業を継ぐ。農業労働の中、絵画への思いも募っていき、独学で修業を重ねていく。発表されたデビュー作は、18歳のときの作品で、やせこけた農耕馬を描いた”痩馬”だった。このモデルの馬は、馬喰にだまされて買わされたよぼよぼの老馬だった。

痩馬(1956)

以来、農作業にとってかけがえのない仲間である馬がしばしばモチーフとして登場する。

開拓の馬(1966)胴引きのあとがくっきりと表れている。

自分は絵を描く農民でもないし、畑仕事をする画家でもない。どちらが主でも従でもない。どちらも本職だという覚悟をもっていたという。

ごみ箱(1961)

飯場の風景(1963)

モノトーンの多い日勝の作品に突然、色彩が溢れてくる。海老原喜之助(1904-1970)、北川民治、曹良奎らの影響を受けたようだ。海老原はパリでも活躍し、藤田嗣治とも親交がある。鹿児島出身で晩年は熊本で研究所(エビ研)を設立し、熊本では知らぬ人はいない画家だと家内が言っていた。馬の絵も多いらしい。奇しくも日勝と同年に亡くなっている。

晴れた日の風景(1968)

静物(1966)

室内風景(1968)

室内風景(1970)現代人の閉塞感と孤独感を描いたという没年の作品。

頼まれて、このような十勝の風景画も描いた。

新たな境地へ踏み出そうとしていた1970年、日勝に病魔が襲い、志半ばで、32歳の若さで鬼籍に入る。遺作となった”馬”は未完で、神田日勝の生涯を暗示するようで、胸がしめつけられるような作品だった。

馬(未完、1970)

なお、日勝は2019年の連続テレビ小説「なつぞら」の山田天陽(吉沢亮)のモデルであり、ヒロインなつ(広瀬すず)の北海道時代の同級生であり、なつがアニメーターを目指すきっかけとなる存在だった。天陽くんが若くして亡くなったときは天陽ロスが起きたようだ。そのドラマと重ね合わせてこの展覧会を見ていた人も多かったと思う。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!

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