おはようございます。
大人の休日倶楽部会員誌の最新号に大地の画家・神田日勝の特集記事が載っている。東京ステーションギャラリーで開催中の”神田日勝/大地への筆触”を見てきたばかりなので興味深く読ませてもらった。

日勝が4歳のとき、太平洋戦争が始まる。昭和20年3月に東京大空襲。神田一家は戦災者集団帰農計画の拓北農兵隊に加わる。行先は、北海道十勝平野の鹿追町。ようやく目的地に着いたのは8月14日。そして翌日、日本の敗戦が決まる。期せずして戦後第一日目から十勝の開拓民として生活がはじまる。
そのとき、日勝は7歳。地元の小学校に編入し、大好きな兄と共に、兎を追ったり、スキーをしたり、のびやかに育った。東京芸大に進学した兄に代わり、日勝は中学を卒業するとすぐ神田家の農業を継ぐ。農業労働の中、絵画への思いも募っていき、独学で修業を重ねていく。発表されたデビュー作は、18歳のときの作品で、やせこけた農耕馬を描いた”痩馬”だった。このモデルの馬は、馬喰にだまされて買わされたよぼよぼの老馬だった。
痩馬(1956)

以来、農作業にとってかけがえのない仲間である馬がしばしばモチーフとして登場する。
開拓の馬(1966)胴引きのあとがくっきりと表れている。

自分は絵を描く農民でもないし、畑仕事をする画家でもない。どちらが主でも従でもない。どちらも本職だという覚悟をもっていたという。
ごみ箱(1961)

飯場の風景(1963)

モノトーンの多い日勝の作品に突然、色彩が溢れてくる。海老原喜之助(1904-1970)、北川民治、曹良奎らの影響を受けたようだ。海老原はパリでも活躍し、藤田嗣治とも親交がある。鹿児島出身で晩年は熊本で研究所(エビ研)を設立し、熊本では知らぬ人はいない画家だと家内が言っていた。馬の絵も多いらしい。奇しくも日勝と同年に亡くなっている。
晴れた日の風景(1968)

静物(1966)

室内風景(1968)

室内風景(1970)現代人の閉塞感と孤独感を描いたという没年の作品。

頼まれて、このような十勝の風景画も描いた。

新たな境地へ踏み出そうとしていた1970年、日勝に病魔が襲い、志半ばで、32歳の若さで鬼籍に入る。遺作となった”馬”は未完で、神田日勝の生涯を暗示するようで、胸がしめつけられるような作品だった。
馬(未完、1970)

なお、日勝は2019年の連続テレビ小説「なつぞら」の山田天陽(吉沢亮)のモデルであり、ヒロインなつ(広瀬すず)の北海道時代の同級生であり、なつがアニメーターを目指すきっかけとなる存在だった。天陽くんが若くして亡くなったときは天陽ロスが起きたようだ。そのドラマと重ね合わせてこの展覧会を見ていた人も多かったと思う。

それでは、みなさん、今日も一日、お元気で!