菜の花が咲くころ、畑しごとが忙しくなる。畑を整地して、肥料を撒き、種を蒔く。スコップで土を掘るのも、なかなかの力仕事だ。年々、仕事が遅くなり、畑にいる時間も短くなっている。かってのように、今年こそはと、気張って畑に向かうこともなくなってきているような気がする。
菜の花といえば、日本の懐かしい風景である。菜種油の原料として、どこの農村に行っても、広い菜種畑があった。花の咲く前、間引きした菜を食べるのが好きであった。畑ににも、茎たちを植えていたが、いつの間にか蒔くことを忘れてしまった。」
丹羽文雄の小説『爬虫類』に、菜の花を描いた一節がある。
「菜の花はもうせんを敷きつめたように、あくまで豪華な眺めの方がよい。娘時代には、この黄色の自然の饗宴に、限りない夢を託したものである。呼吸の中まで黄いろに染まりそうな菜の花の海に向かっていると、たとえようのない清潔な時間が流れているのだった。」
今は海にたとえるほど、大きな菜の花畑を目にすることはなくなった。早春の便りとして、房総の菜の花畑の映像を見るのがせいぜいである。農村の風景も、時代によって移り変わっていくようである。
菜の花にそふて道あり村稲荷 正岡子規