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沈む夕日を見ていると、ふと「荒城の月」が思い出された。昔、学生のころ、酒を酌み交わしながら歌ったものである。ネットで検索してみると、佐藤しのぶの朗誦がいくつもヒットした。久しぶりにきいた曲の調べは、懐かしく胸に響いてくる。学生のころ、寮歌になっていた新体詩は、青年の血潮を揺するような響きがあったが、いまの音楽シーンでは顧みられることも少なくなった。
仙台第二高等学校で教鞭をとっていた土井晩翠が東京音楽学校の求めに応じて作詞したものであるから、荒城は青葉城のイメージが強いが、この作詞の前に晩翠が訪れた会津鶴ヶ城のイメージが重ねられていることに注目しなければならない。
来年のNHKの大河ドラマは新島襄ということだが、この妻になる山本八重子は鶴ヶ城の奥御殿奉仕をしていたが、白虎隊の自刃の姿をみて、矢をもって城の白壁にしるしたという歌が残っている。
明日よりはいづくの誰か眺むらん馴れし大城に残る月影
このエピソードを知った晩翠は、青葉城に加えて、鶴ヶ城のイメージを詩に盛り込んだのであった。
春高楼の花の宴
めぐる盃影さして
千代の松が枝わけ出でし
昔の光いまいづこ。
秋陣営の霜の色
鳴き行く雁の数見せて
植うるつるぎに照りそひし
むかしの光今いづこ。
いま荒城のよはの月
変わらぬ光たがためぞ
垣に残るはただかづら
松に歌ふはただあらし。
2番の「植うるつるぎ」にこそ、白虎隊のイメージが込められているのではないか。矢尽き、刀折れた白虎隊の血のついたつるぎは、隊士たちの自刃の庭にうち立てられたであろう。その刀を照らすのは、荒城の上にさしかかる月の光である。