
昨年公開されて話題になった映画「約束」が渋谷「ユーロスペース」で再上映されているのを知り、昨日夫と一緒に見てきました。(写真はHPより借用)
これは昭和36年に起きた「名張毒ぶどう酒事件」の犯人とされ獄中から無実を訴え続けている死刑囚、奥西勝さんの戦いの日々を描いたドキュメンタリー映画です。
事件は三重県名張市の小さな村で、村人の寄り合いの席で出されたぶどう酒に農薬が混入し、それを飲んだ5人の女性が死亡したというもの。逮捕されたのは、会長宅から宴会場までぶどう酒を運んだ奥西勝さん。決め手は検察の強制で出された本人の自白と、証拠品のぶどう酒の蓋だけ。裁判になってから奥西さんは一貫して容疑を否認し、一審は無罪となりますが、二審で逆転の死刑判決が出ます。
その後、この事件は冤罪だと確信した弁護士たちが立ち上がり、検察が提示した物的証拠や状況証拠の矛盾を緻密に掘り下げて、再審請求を繰り返します。血の滲むような努力の結果、一旦は名古屋高裁が再審開始を決定したものの、この決定をした裁判官は直後に退任。別の裁判官により再審は取り消されます。その後2009年には最高裁が名古屋高裁に審理を差し戻し、いよいよ再審が始まると弁護団の中に明るい空気が流れますが、2012年に名古屋高裁は再び再審開始決定を取り消します。
『事件発生当初から蓄積した圧倒的な記録と証言を再検証し、本作を作り上げたのは、『平成ジレンマ』『死刑弁護人』の齊藤潤一(脚本・監督)と阿武野勝彦(プロデューサー)。これは、東海テレビ放送の名物ドキュメンタリー「司法シリーズ」を手掛ける二人が、カメラが入ることが許されない独房の死刑囚を描き出す野心作である。』(「解説」より。)
ということで、事件に関わる要所要所は実際の記録映像を使い、奥西勝さんの若い頃を山本太郎さん、収監後の姿を仲代達也さん、奥西さんの母親を樹木希林さんが演じています。
この手法によって、「ニュース」として消費されていく事件の渦中に置かれた当事者の地獄の苦しみや、時に見出す微かな希望、喜びが、私達が内に持つ感情と共鳴して、リアリティを持ってストレートに伝わってきました。
一方、実際の記録映像に残された映像の中に、村人たちが事件直後に語った証言が、いつの間にか検察のシナリオに沿うように変容していく様や、ぶどう酒の蓋の歯形と奥村さんの歯形が一致するとした大学教授が、捏造ではないかと問われた時に、強張った表情で「私は何も話しません。沈黙は金を守ります」と語る姿があって、人間の弱さをまざまざと感じ、恐ろしくなりました。
また、同じく記録映像に見られる「再審取り消し」を決めた判事たちの能面のような表情と、再審の可能性に揺れる弁護団の喜びと悔しさ・悲しさ・憤りに溢れた、血の通った人間らしい表情との落差は、驚くばかりでした。
「塀の外で握手しましょう」と奥西さんと約束した河村弁護士は既にこの世を去り、母親も長男も既に他界。現在88歳になった奥西さんは八王子医療刑務所のベッドの上で、病と闘いながら冤罪を晴らすべく生き抜いています。
「司法は何を望んでいるのだろうか?」・・・映画はこの言葉と共に終りました。本当に!(三女)
