(ペストを主題とした3冊。ペストは古代、中世の文献にもさまざまな形で登場する)
わたしがペストに関心をもったのは、中央公論社の「世界の歴史」あたりで、ヨーロッパの中世史をはじめて読んだときだから、1985-6年ころではなかったかと思う。
“メメント・モリ”(死を忘れるな)ということばもそのころ覚えた。
病原菌による感染が、数千万もの人間を死に追いやったのである。村や都市がそれによって、まるごと崩壊した。
ギリシアやイタリア、ドイツ、イギリス等では、ペストの深刻きわまりない被害を書きとめた文献が、比較的よく残っている。中国、インド、中央アジアでもペストは大流行したのだが、あいにく資料はほとんど残されていないそうである。
村上陽一郎さんのご専門は科学史家、科学哲学者なので、そういった資料をじつに丹念に読んで、本書をまとめている。
初版刊行は1983年。
フィクションではなく、総合的な歴史的事実の究明が本書のテーマ。じつに充実した、バランス感覚にすぐれた内容を備えている。
この本は新刊で買った覚えがあるが、数十ページ読んだところで手許から行方不明となってしまった。
それが本を片づけていたら26年ぶりにひょっこり姿を現わした(^^;)
(本書「ペスト大流行」岩波新書)
目次を紹介しておこう。
序 ペストの顔
1.古代世界とペスト
2.ヨーロッパ世界の形成とペスト
3.黒死病来る
4.恐怖のヨーロッパ
5.さまざまな病因論
6.犠牲者の数
7.黒死病の残したもの
8.黒死病以後
最大の流行期であった14世紀には、全世界で8千万、ヨーロッパだけでも2千万から3千万の人びとが犠牲になっている。この数字は、当時の人口のおよそ1/3あるいは、2/3に相当するそうである。人間の死体が、死臭が、都市や農村を覆い尽くしたのである。これは恐るべき数字である。
ペスト菌はパスツール研究所のアレクサンドル・イェルサンが1894年、香港で発見した(日本の北里柴三郎も発見に寄与している)。
それまではこの感染症は正体がつかめず、中世社会を、しばしばいたましい混乱に陥れた。本書はその「混乱ぶり」を、冷静な科学的筆致で、いろいろな角度から描きだしていて、一般向けに書かれたドキュメンタリーの味わいがある。
(デフォー「ペスト 疫病流行記」中公文庫)
(カミュ「ペスト」新潮文庫)
(NHK100分de名著「ペスト」中条省平)
かつて「アウトブレイク」という映画を見たことがあった。
《疫学(えきがく)において、アウトブレイク(outbreak)は、ある限定された領域の中で感染症にかかった人間、またはその他の生物の小集団を指す分類語である。そのような集団は村などの区域内に隔離されることが多い。また、アウトブレイクは、国家もしくはいくつかの国家を含んだ地域内で流行している伝染病、あるいは世界的な病気の流行を示すパンデミックのことも指す。》(ウィキペディアより引用)
アウトブレイクやパンデミックという語は、日本語としてはさほどなじみがないだろう。
目覚ましい医学の発展が、何十種類もの恐ろしい感染症を抑えこんでいるからである。
しかし、天然痘、発疹チフス、コレラ、麦角菌壊疽、梅毒、結核、壊血病、そしてペスト、これらの病原菌は、この地上から根絶されたわけではない。
14世紀、17世紀、19世紀と、歴史上3回のパンデミックを人間は経験している。パニック映画の中の出来事ではなく、現実に起こった悪夢としてのペストの猖獗が、社会的に、あるいは、経済的に、宗教的に、どんな影響をもたらしたのか!?
14世紀の流行期を素材に描かれたのがボッカチオの「デカメロン」、17世紀のそれがデフォーの「ペスト(疫病流行記)」、19世紀のそれがカミュの「ペスト」ということになる。本書では、これよりさき、プロコピオス(6世紀ビザンチンの歴史家)の「ペルシア戦役史」からの引用が多いが、当時の人びとがみた悪夢がまざまざとつたわってくる具体例となっている
エボラ出血熱やエイズ、トリインフルエンザといった感染症は、マスコミが騒ぐから、現代人は感染症の脅威を多少は知っている。
しかし、ハッキリいえば、そういったリスクは他人事。風疹がどこそこで流行のきざし・・・というだけでニュースになる(=_=)
日本人はそれだけ安全、平和を満喫しているということだろう。本書ではペストとユダヤ人虐殺についても警告を発している。
総合知としての科学思想。
村上陽一郎さんの専門分野だが、本書が語りかける“真実”は、いまだまったく古びていない・・・とわたしは思う。
リスクが減ってますます繁栄する人間70億。
母なる地球は、これ以上の膨大な人類の繁栄・繁殖にたえられるのだろうか?
本書は、文明・文化と疫病の関わりについて、読者を深い省察へと導いてくれる。
著者村上さんの知の結晶ともいうべき一冊。
エンタメでお茶をにごしているそこのあなた、たまにはこんなシリアスきわまりない本を手にとってみてはいかが!?
評価:☆☆☆☆☆
わたしがペストに関心をもったのは、中央公論社の「世界の歴史」あたりで、ヨーロッパの中世史をはじめて読んだときだから、1985-6年ころではなかったかと思う。
“メメント・モリ”(死を忘れるな)ということばもそのころ覚えた。
病原菌による感染が、数千万もの人間を死に追いやったのである。村や都市がそれによって、まるごと崩壊した。
ギリシアやイタリア、ドイツ、イギリス等では、ペストの深刻きわまりない被害を書きとめた文献が、比較的よく残っている。中国、インド、中央アジアでもペストは大流行したのだが、あいにく資料はほとんど残されていないそうである。
村上陽一郎さんのご専門は科学史家、科学哲学者なので、そういった資料をじつに丹念に読んで、本書をまとめている。
初版刊行は1983年。
フィクションではなく、総合的な歴史的事実の究明が本書のテーマ。じつに充実した、バランス感覚にすぐれた内容を備えている。
この本は新刊で買った覚えがあるが、数十ページ読んだところで手許から行方不明となってしまった。
それが本を片づけていたら26年ぶりにひょっこり姿を現わした(^^;)
(本書「ペスト大流行」岩波新書)
目次を紹介しておこう。
序 ペストの顔
1.古代世界とペスト
2.ヨーロッパ世界の形成とペスト
3.黒死病来る
4.恐怖のヨーロッパ
5.さまざまな病因論
6.犠牲者の数
7.黒死病の残したもの
8.黒死病以後
最大の流行期であった14世紀には、全世界で8千万、ヨーロッパだけでも2千万から3千万の人びとが犠牲になっている。この数字は、当時の人口のおよそ1/3あるいは、2/3に相当するそうである。人間の死体が、死臭が、都市や農村を覆い尽くしたのである。これは恐るべき数字である。
ペスト菌はパスツール研究所のアレクサンドル・イェルサンが1894年、香港で発見した(日本の北里柴三郎も発見に寄与している)。
それまではこの感染症は正体がつかめず、中世社会を、しばしばいたましい混乱に陥れた。本書はその「混乱ぶり」を、冷静な科学的筆致で、いろいろな角度から描きだしていて、一般向けに書かれたドキュメンタリーの味わいがある。
(デフォー「ペスト 疫病流行記」中公文庫)
(カミュ「ペスト」新潮文庫)
(NHK100分de名著「ペスト」中条省平)
かつて「アウトブレイク」という映画を見たことがあった。
《疫学(えきがく)において、アウトブレイク(outbreak)は、ある限定された領域の中で感染症にかかった人間、またはその他の生物の小集団を指す分類語である。そのような集団は村などの区域内に隔離されることが多い。また、アウトブレイクは、国家もしくはいくつかの国家を含んだ地域内で流行している伝染病、あるいは世界的な病気の流行を示すパンデミックのことも指す。》(ウィキペディアより引用)
アウトブレイクやパンデミックという語は、日本語としてはさほどなじみがないだろう。
目覚ましい医学の発展が、何十種類もの恐ろしい感染症を抑えこんでいるからである。
しかし、天然痘、発疹チフス、コレラ、麦角菌壊疽、梅毒、結核、壊血病、そしてペスト、これらの病原菌は、この地上から根絶されたわけではない。
14世紀、17世紀、19世紀と、歴史上3回のパンデミックを人間は経験している。パニック映画の中の出来事ではなく、現実に起こった悪夢としてのペストの猖獗が、社会的に、あるいは、経済的に、宗教的に、どんな影響をもたらしたのか!?
14世紀の流行期を素材に描かれたのがボッカチオの「デカメロン」、17世紀のそれがデフォーの「ペスト(疫病流行記)」、19世紀のそれがカミュの「ペスト」ということになる。本書では、これよりさき、プロコピオス(6世紀ビザンチンの歴史家)の「ペルシア戦役史」からの引用が多いが、当時の人びとがみた悪夢がまざまざとつたわってくる具体例となっている
エボラ出血熱やエイズ、トリインフルエンザといった感染症は、マスコミが騒ぐから、現代人は感染症の脅威を多少は知っている。
しかし、ハッキリいえば、そういったリスクは他人事。風疹がどこそこで流行のきざし・・・というだけでニュースになる(=_=)
日本人はそれだけ安全、平和を満喫しているということだろう。本書ではペストとユダヤ人虐殺についても警告を発している。
総合知としての科学思想。
村上陽一郎さんの専門分野だが、本書が語りかける“真実”は、いまだまったく古びていない・・・とわたしは思う。
リスクが減ってますます繁栄する人間70億。
母なる地球は、これ以上の膨大な人類の繁栄・繁殖にたえられるのだろうか?
本書は、文明・文化と疫病の関わりについて、読者を深い省察へと導いてくれる。
著者村上さんの知の結晶ともいうべき一冊。
エンタメでお茶をにごしているそこのあなた、たまにはこんなシリアスきわまりない本を手にとってみてはいかが!?
評価:☆☆☆☆☆