二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

眼光紙背に徹す ~批評家平野謙の“解説”を堪能する

2024年07月25日 | エッセイ(国内)
■日本文學全集13巻「岩野泡鳴・近松秋江集」新潮社 解説:平野謙
 ・岩野泡鳴/耽溺/毒薬を飲む女/猫八
 ・近松秋江/青草/黒髪/狂乱(ランは旧字)/霜凍る宵/子の為に

■日本文學全集28巻「廣津和郎・葛西善蔵」新潮社 解説:平野謙
 ・廣津和郎/神経病時代/やもり/死児を抱いて/巷の歴史/ひさとその女友達/あの時代/春の落葉
 ・葛西善蔵/哀しき父/悪魔/子をつれて/遊動円木/蠢く者/椎の若葉/湖畔手記/酔狂者の独白(ドクなどは旧字)


批評家平野謙の仕事を読みながら、これはやられた方(小説家)はかなわんだろうな、と思わずにはいられなかった。
昔むかし、新潮社から、日本文學全集というのが刊行されていた。
第13巻「岩野泡鳴・近松秋江」の奥付を参照すると、初版は昭和39年とある。
同じく「廣津和郎・葛西善蔵」が昭和39年。


   (新潮日本文学全集、背表紙)

わたしが12歳のとき、この世に送り出された“文学全集”である。函が真っ赤というか、深紅なので、けっこう目立った。だけど、気がついたころには、もう古本だった(;^ω^)
小説家にとって平野謙は腕達者な探偵である。彼自身それを自認していたような気がする。
わたしは“眼光紙背に徹す”という成句があったことを思い出した。平野謙の私小説論がなかなか手に入らないので、新潮社の古い日本文學全集を買ってきたわけだ(文字サイズがギリギリ読める範囲)。

第13巻では、「別れたる妻に送る手紙」(1910年)が有名だが、口を極めて褒め称えているのは近松秋江では「黒髪」(1922年)、第28巻では葛西善蔵の「子をつれて」(1919年)や「湖畔手記」(1924年)。
褒め称えるその技術が堂に入っている。わたしは「黒髪」や「湖畔手記」(「蠢く者」をふくむ)を、ぜひとも読み返したくなった(´Д`)

 平野謙は結局は買わなかったのだが、「作家論」とか「昭和文学私論」とかが古本屋に出ていたのをぼんやり憶えている。磯田光一より、もう一世代古い批評家である。

本多秋五・埴谷雄高・荒正人・佐々木基一・小田切秀雄・山室静と雑誌「近代文学」を創刊し、中村光夫や伊藤整とならんで、もっぱら自然主義の解析に腕を発揮し、小説家の公私にわたる、容赦のない論を展開したことで知られた(*´ω`)
岩波現代文庫の「芸術と実生活」「島崎藤村」を持っている。
藤村はこれからとりかかるつもりだが、「芸術と実生活」では、読んだ範囲では「私小説の二律背反」「田山花袋」「永井荷風」が卓越したものを感じた。たしか永井荷風論で、「濹東綺譚」を愛人でも撫でるような手つきで、丁寧に解析していたことで印象に残っている。


    (岩波現代文庫の2冊)

「芸術と実生活」からBOOKデータベースを引用しておこう。

《常に文学者の苦悩してきた課題は,芸術の理想と実生活の現実とのギャップである.この二律背反の観点から私小説の行きづまりを見据え,自然主義を淵源とする私小説・心境小説を分析し,鴎外・花袋・藤村・秋声・荷風・志賀・漱石を裁断する本書は,近代日本文学研究の流れを方向づけた,戦後の私小説論の到達点である.》BOOKデータベースより

つぎは「解説」からじかに引用させてもらおう。

《しかし重要なことは、そういう詮索ではなくて「蠢く者」の最期におけるおせいの叫びが、「哀しき父」や「家鴨のように」の結末とは全く異なり、迫真的なリアリティをそなえている点である。だからこそ、むかしながらの善良と平静を維持している実在のおせいさんを確認して、廣津和郎はまた一杯喰わされたと感じたのである。
明らかにここには、おせいに代弁させた作者自身の呵責の声、糾弾の叫びがある。それが「蠢く者」をして、よく私小説の絶品たらしめている所以である。》(日本文学全集28 470ページ)

葛西善蔵と廣津和郎は同人誌「奇蹟」の仲間同士で、親しいつきあいがあったので、平野さんは廣津のエッセイ(おせいさんをじかに知っている)などを参照し、ここまで踏み込んでものをいっている。「蠢く者」だけでなく、このあいだ書いたが「血を吐く」も、“絶品”たる資格がありますよ、平野センセイ。
私小説の世界をぶらぶら歩きするためには、平野謙は、いまだもって“頼もしい存在”といっていいのかもしれない。


   (左奥は伊藤整)


※ウィキペディアによると「平野謙全集」全13巻が新潮社から刊行されていたというが(1974-77)古書店で見たことがない。

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