私の横で里依子は静かに絵を見ていた。絵に対する里依子の心のリズムはとても快いものだった。私は彼女を眼を細めて眺めやった。「濱風のなでしこ」伊藤整が根見子を表現した言葉が私の頭をよぎって消えた。濱風に揺れるなでしこのような人、私にとってそれは里依子に他ならなかった。
館内は静かでまばらな鑑賞者が思い思いに絵の前に立っている。そんな雰囲気が心ゆくまで好きな絵を見せてくれた。そしてその傍らにいつも里依子がいた。
美術館の1階は常設の展示で、いつでも好きな時に好きな絵に会いに来れるのだと里依子が言った。それは美術館にとっての大きな役割に違いなかった。
2階には不安のイメージと題した版画の企画展示があった。私たちはとこにも入って行ったが、モノトーンの沈んだ画面が何枚も繰り返すように並んでいるだけで私の心は弾力を失った。里依子も無言のまま作品の前を通りすぎてゆく。私たちは次第に食傷していくようであった。
それに連れて、里依子の風邪はなんだかひどくなっていくようで、私は又そのことが心配になり始めた。表に出しては言わないが、無理をしていると思うことが度々あった。逢ったときにはなかった咳が時々彼女を襲って、そのたびに里依子は目立たないように処理をした。
HPのしてんてん
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