トラウマというのは他でもない交差点の信号を渡る恐怖感だった。
地下道を避けて信号に向おうとすると、赤いスポーツカーの姿が浮かんでくるのだ。
私は結局、自転車で突っ切る数秒間の怖さの方を選んでいた。その後も私は通勤の道程に地下道を利用し続けたのである。
今から思えばあの赤い車の事件は、私を地下道から逃がさないようにする神の計らいであったような気がする。
無気力に陥っていた私の心を救うために差し伸 . . . 本文を読む
私は商社の仕事を平均的にこなす社員と思っていたが、この数年はもっとレベルの低い惰性で過ごしてきた気がする。数年と書いてあらためて考えて見ると、それはもう10年にもなるのだ。5年間の結婚生活の破綻がそれに倍するうつろな期間につながっていようとは、自身考えもしないことだった。
疾走する赤いスポーツカーは、そんな私をあざ笑うように去っていく。
しかしこの経験が私の心に軽いトラウマを残して、思いもよら . . . 本文を読む
私は地下道の一角を意識から振り切るように、信号が青に変わるや国道の交差点を足早に渡りはじめた。遅い時間の国道を走る車は少なかった。
横断歩道を半分渡り切ったときだった。
パァパァパァパァアー!!
突然クラクションが鳴って、私の左手から赤いスポーツカーが飛び出してきた。
私は身がすくんで立ち尽くした。
交差点をスピードも緩めず、赤信号を突っ切ろうとした車が私に襲い掛かった。
グワャー・・・、意 . . . 本文を読む
あの靴は私だけに見ているのだろうか・・・
頭の表層で起こったこの考えは、そのまま恐怖を伴って私の心に刻み付けられたらしい。
そんなバカなと思いながら、いつも私の意識に恐れが絡んでくるようになったのだ。
その日の帰り道、再び地下道の入り口に差し掛かったとき、入り口の奥の方から異様な妖気感じて私は急に恐れを感じた。
とっさに私は地下道から逃げるように横道にそれ、そのまま国道の交差点を渡ろうとしたの . . . 本文を読む
地下道は自転車で通り抜けるとわずか数十秒だが、歩いて通り抜けると意外に距離がある。10mほど坂道を下り、そこから20~30m平坦な通路を進み、同じ仕様の坂道を上って地上に出るのだ。
雨傘をたたんで地下道に入ると、初老の男が先を歩いていた。
男は神経質に濡れた傘を振って雫を飛ばしている。
その飛んだ雫の跡を確かめるようなしぐさをしながら歩いていた男が、ちょうどある場所に目をやったのだ。
私はは . . . 本文を読む
雨の日はいつも私は自転車を置いて駅まで歩いた。
まとわりつくような雨に傘を差しながら、なぜかA子のことが頭に浮かんできた。
A子は会社の経理担当だった。私と同じバツ一で、同じ境遇を哀れんでなのか、私に好意を示してくれていた。
しかし私は結婚の失敗から立ち直れずに、その好意に答えるのが怖かったのだ。
いつも気付かないふりをして彼女の前を通りすぎた。
そのA子にさりげなく誘われてしまったのだ。
ど . . . 本文を読む
平凡で何の変化もない生活の中に
一足の靴が私の心に波紋を投げかけた。
5年続いた結婚が破局を向かえ、会社でも意欲がわかず平社員の席を暖め続けている。何に対しても心が動かない。この倦んだ生活はすべて自分の責任と思っていた。
背中に氷を入れられる。
眠ったような心に、地下道の一足の靴はまさに氷だった。
. . . 本文を読む
誰かが地下道に向って立ち止まり、その場所で靴だけが残ったような形で並べて置かれている。
間際の壁には地下水が滴り落ちていて、その雫を浴びて靴はぐっしょりぬれていた。
ビニール系の安物の靴だった。
つま先に目立たない花柄がデザインされているのがなぜか印象に残った。
誰かのイタズラだろうと思いながらも、今にも歩き出しそうな靴の気配があって、ただ捨てられたものではない、何かの意志のようなものが感じられ . . . 本文を読む
えっ?と思った。
地下道を横から出入りする踊り場の角に再び、女物の靴が目に入ったのは、最初に見かけてから数日後だった。
毎日、地下道を自転車で一気に走りぬけているのだが、その数日は目に留まらなかったらしい。
確かに、この前に見た靴が同じ場所にそのまま置かれているのである。
私は通り過ぎた自転車をUタウンさせてその場所に戻った。
. . . 本文を読む
小さな商社のうだつのあがらない社員で、そろそろ定年のことを考えなければならない、これと言って特徴もない男、それが私の定番の自己紹介だ。
毎朝自転車で駅まで走り、帰りは夜遅く倒れるようにペダルをこぐ。
時々酒を飲んでみても
倦むような生活に変わりはない。
そんな私に、おや?とまた好奇の目が向いた。
. . . 本文を読む