フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

10月31日(水) 曇り

2007-10-31 23:36:45 | Weblog
  8時起床。朝食は焼売とご飯。9時過ぎに家を出る。2限の授業(ライフストーリーの社会学)では戦前の映画を観たのだが、DVD(とDVDプレーヤーの相性)のせいなのか、教室(38号館AV教室)の音響設備の問題なのか声がこもったような感じで聞き取りにくかった。自宅で視聴したときはまったく問題なかったのだが・・・。来週、続きの部分を観たいのだが、同じ調子だと具合が悪い。そのときは私が弁士になって台詞をかわりに喋ろうか。うん、それも面白いかもしれない。
  昼休みの時間、現代人間論系の部屋で進級相談の当番。しかし誰もやって来ず。本来ならば外に食事に出るところだが、コンビニで購入したサンドイッチを食べながら待機。まともな食事を一回分損した感じがする。
  2時から5時まで社会学専修の卒論演習。本日は3名が報告。通常の形式の卒論演習は次回で最終回となる。あとは合同質問日ということで11月下旬に一度全員で集まる機会を設けるが、基本的に個別指導に切り替えてやっていく。
  11月19日(月)の夕方、リーガロイヤルホテルで坪内逍遥大賞の授賞式がある。大賞受賞者は村上春樹氏、奨励賞は川上未映子氏である。授賞式への出欠の問い合わせがあったので、出席に○をして返信する。それにしても村上氏がよくぞ受けてくれたものである。これは坪内逍遥大賞にとっての名誉である。
  6時半帰宅。妻がブログを始めるようである。もっともブログといっても私のような身辺雑記ではなく、これまでコツコツ作りためたビーズやワイヤーの作品の写真をアップしていくつもりらしい。趣味半分商売半分のブログである。

10月30日(火) 曇り

2007-10-31 02:29:33 | Weblog
  8時半起床。昨夜は比較的早く寝たので(午前1時ごろ)、睡眠時間はたっぷりである。朝食前にメールの処理とフィールドノートの更新。朝食は昨夜の鶏の寄せ鍋の残りとご飯。お昼過ぎに大学へ。今日は現代人間論系の教室会議1つだけ。4時半からなので、それまで研究室で明日の「ライフストーリーの社会学」の準備(パワポのスライドの作成)。スライドを後からコースナビにアップしたのは学生に好評のようなのだが、授業の後ではなく、授業の前(前日)にアップしてくれませんか(自分でプリントアウトして授業に臨めるので)という学生もいる。熱心な学生なのだとは思うが、パワポのスライドを印刷して(もちろん縮小印刷で一枚に収める)配布すると、学生が顔を下に向けて授業を受けるようになり、それでは授業のライブ感が希薄になってしまうので、私は好まない。演習での学生の発表などでも、発表する側も下を向いて原稿を読み、聴く側も下を向いてレジュメをみているという光景がよくあるが、静止画像を見ているようで、気分が滅入る。そういう発表だけはするなと口をすっぱくしていつも言っている。でもなかなか直らない。会社に入ってそんなプレゼンをしたら通る企画も通らないし、まとまる商談もまとまらないだろう。・・・というのが、パワポのスライドを事前にコースナビにアップしない表向きの理由だが、事前にアップしようにも前日の深夜に突貫工事で作成しているのだから、無理ですって。
  教室会議の始まる前にミルクホールへ行ってコロッケパンとねじり揚げパンを買ってきて、コーヒーと一緒に胃に流し込む。ここで食べておかないと昼食抜きになってしまう。
  教室会議ではゼミ関連のことに多くの時間が割かれた。3年生+4年生の2年連続のゼミは文化構想学部のコアになる科目である。しかしそういうものをほとんどの教員はこれまで経験がない。未知の領域なのだ。ゼミ生の選抜(希望者が定員を上回った場合)の仕方とか、演習費の金額や徴収の仕方とか、年間活動計画とか、担当教員が特別研究期間を取得した場合のゼミの担当者についてとか、ゼミを取らない学生のための卒業研究(卒論)の担当者についてとか、詰めて考えなくてはならない問題が山積している。09年度からの話だといって安閑としてはいられない。明後日がもう11月だということからもわかるように、1年なんてあっという間である。教室会議が終わったのは夜の8時であった。会議の途中で家に電話しなくてはいけなかったのだが、暇がなかった。遅まきながら電話をかけ、息子が出たので、いまから帰るけれど食事は家でとるからと告げる。

10月29日(月) 晴れのち曇り

2007-10-30 10:10:15 | Weblog
  朝食を抜いて「鈴文」に昼食をとりに行く。いつものようにランチのとんかつ定食。2日前の土曜日の夜-台風で雨のひどかった日だ-弘前大学の高瀬君とゼミ生の2人、それから蒲田でネットカフェ難民の若者のフィールドワークをしていた同じく弘前大学のY先生が「鈴文」でとんかつを食べたそうだ。実は、夕方、高瀬君からケータイに電話があり、蒲田でお勧めの店はありますかと尋ねてきたので、「鈴文」を一押ししておいたのだ。ゼミ生の2人はヒレかつ定食、高瀬君とY先生は特ロースかつ定食を食べたとのこと。はじめて「鈴文」へ行った人が特ロースかつ定食を注文するというのは、登山の初心者がいきなり槍ヶ岳に挑むようなものである。特ロースかつは単に肉が上等なだけでなく、ボリュームがすごいのだ(300グラム!)。私が普段にランチで食べているとんかつ(ロース)定食は150グラムで、お昼の食事としてはそれで十分である。私は特ロースかつは一度しか注文したことがない。一度は注文してみたいと思って注文したわけだが、8割方食べたところでお腹が一杯になり、これが自宅であればソースをかけたまま残しておいて、翌朝、食パンに挟んで「かつサンド」にして(これが旨いんだ)食べるところを、無理やり完食した。最後の一切れまで味わいつつ食べるには、特ロースかつはボリュームがありすぎるというのがそのときの教訓だった。高瀬君はゼミ生の手前、ペロリと平らげてみせるふりをしたらしいが、女性であるY先生ははたして完食できたのだろうか(もしY先生の残した分まで高瀬君が引き受けたとすればそれは立派の一言である)。
  「鈴文」を出て、その足で大学へ。途中で丸善丸の内店に寄って、雑誌(「リアル・シンプル」12月号)、手帳(クオ・ヴァディスの一日一頁タイプのもの)、その他の小物を購入。「フェニックス」で読書。
  生協戸山店でデスクトップPCを注文する。いま研究室で使っているデスクトップPCは動作が不安定ということもあり、そろそろVista機に買い換えようと思うのである。科研費で購入するのであるが、今年度から発注の仕方が少々面倒になり、大学の検収センターというところを通さないとならない。やり方がよくわからないので、検収センターに出向いて質問したら、担当のHさんがわざわざ研究室までついて来てくださって、ネットでの発注の仕方を手取り足取り(本当にそんな感じ)教えてくださった。ありがとうございました。パソコンを開いたついでに、学年末試験のやり方についての事務所からの問い合わせにネット上で回答。このごろはあれもこれもネット上でやりとりしないとならない。
  研究室でレポートの指導を一件(今日はこのために来たのである)。帰路、あゆみ書房で以下の本を購入。

  宮川透『三木清(近代日本の思想家9)』(東京大学出版会)
  平林康之『戸坂潤(近代日本の思想10)』(同上)

  どちらも復刊であるが、「近代日本の思想家」シリーズで唯一未完であった松本三之介『吉野作造』がついに年明け早々に出版されることになったので(シリーズ刊行開始から50年目!)、完結記念の新装版での復刊である。宮川は1999年に、平林も2006年にすでに他界している。添付のパンフレットの中で松本三之介がこう書いている。

  「十数年前に『北村透谷』を色川大吉さんが出されてシリーズでの未完は私一人となり、各方面にご迷惑をかけて心苦しく思っていたが、ようやく胸のつかえもとれたというところである。」

  いや、本当に苦しかったであろう。こっちまでホッとした気分になる。いやいや、人のことはいっておられない・・・。

           
                  校舎の上のほうき雲

10月28日(日) 晴れ

2007-10-29 01:34:58 | Weblog
  台風一過の青空が広がった。母と鶯谷の菩提寺にお十夜法要に出かける。お十夜法要というのは浄土宗独自の法要で、元来は十日十夜を通して念仏を唱え続けるのだが、現代では今頃の季節の土曜か日曜にその寺の檀家が集まって行なう念仏会である。父が健在のときは私は参加したことがなかったが、父が晩年衰えてからは私が毎回参加している。念仏は本堂の畳の上にみんなで車座になって、直径5メートルほどの大きな数珠を時計と反対回りに回しながら「南無阿弥陀仏」とひたすら唱える。房の付いた大きな数珠玉(これを親玉という)が自分の前に来る度に両の手の平でこれを拝受する。私がかなり大きな声で(私の声はけっこうよく通るのだ)念仏を唱えるので、母は感動して(?)涙ぐんでいた。念仏のほかに写経(般若心経を写す)や写仏(仏画を写す)などを行なう。写経か写仏かは自分で選択するのだが、私はいつも写仏である。その方が短時間で終わるからだ。

           
                     観世音菩薩

  法要の後、母が一緒のときはたいていそうなのだが、上野~御徒町の間にあるアメ横商店街に行く。最初は母について歩いていたが、関心のある店が違う上に、買物のペースがまったく違うので、ここから母とは別行動をとらせてもらう。魚屋で辛子明太子を2箱とイクラを1パック購入。正札価格で5000円のところを2000円にまけてもらう。アメ横で正札どおりに買う客はいないから、その辺は向こうも計算して商売をしているはずであるが、やはり得をした気分になる。今夜はイクラ丼に決定だ。
  御徒町駅そばの甘味処「福助」で白玉クリームあんみつを食べ、駅構内の立ち食いそば屋で「じゃこなすうどん」を食べた。そば屋の券売機で食券を買おうとしたら釣銭の出口のところに百円玉が5枚ある。前の客が釣銭を取り忘れたのであろう。気づいたのは私が千円札を機械に入れて「じゃこなすうどん」(500円)のボタンを押した後だったので、新たに出てきたお釣りの百円玉5枚と合わせて、10枚の百円玉が手に入った。つまり私はただで「じゃこなすうどん」を食べられることになった。念仏を唱えたご利益が早くもこんな形で現われるとは!「じゃこなすうどん」とは輪切りにした茄子の素揚げとじゃこ、それから花鰹をのせたうどんである(汁は関東風と関西風を選択でき、私は関西風を選択した)。この茄子の素揚げが思いのほか美味しい。思わず、世界陸上の織田裕二の口調を真似して、「茄子の素揚げがうま~いんだ!」と言ってみたくなる。

           
             竹輪揚げ(2本で110円)をトッピング

  蒲田に着いたら駅前で交通遺児のための募金活動をしている少年少女たちがいたので、募金箱に千円札を入れる。拾ったお金の使いみちとしては悪くないだろう。彼らのところに行く前に財布の中に千円札があることを確認した。以前、募金箱の前に行ってから、財布から千円札を取り出そうとして、千円札が一枚もないことに気づき、しかしいまさら後には引けず、五千円札を募金箱に入れたことがあった。少年少女たちは小さく喚声を上げて尊敬のまなざしで私を見てくれたが、私は頭がクラクラした。それ以来、募金をしようとするときは、その前に財布の中身を確認する習慣がついた。帰宅すると、妻が「今日は自由が丘と蒲田で募金をしたわ」と言った。赤い羽根の共同募金と違って、交通遺児の募金は印になるものをくれないから、一度したからといって澄ました顔ではいられないのである。で、いくら募金をしたのかと尋ねたら、「100円を2回」と答えたので、思わず、「子どもか!」とツッコミを入れた。妻は冷静に「子どもなら10円よ」と言った。

10月27日(土) 雨

2007-10-28 02:30:05 | Weblog
  雨は嫌いではないし、雨の日は普段なら混んでいる場所(たとえば美術館)も空いているので、傘をさして散歩に出るのだが、さすがに台風による雨とあっては自宅にこもらざるをえない。
  来年度の卒論指導を担当することになった社会学専修の3年生(10名)にメールを送る。学生はまだ私が指導教員になったことを知らないのでそのお知らせと、併せて12月4日の卒論仮指導のときまでにやっておくこと(参考文献を読むなどして卒論計画書の内容を深めておくこと)を指示する。今年度の卒論指導はこれからが佳境だが、次なる苗床作りにも取りかからなくてはならない。卒論というのはお手軽に済まそうと思えばいくらでも軽佻浮薄になりえるし、反対に、早くから準備を始めて早過ぎるということは決してない。大学入学のその日から卒論の準備に取りかかったっていいくらいだ。
  先日、ロシア文学の草野先生から『バレリーナ:マリインスキー・バレエのミューズたち』というタイトルのDVDをいただいた。「間違って同じものを2枚購入してしまったので、差し上げます」と言われたが、気前のいい方である。今日、そのDVDを観た。特定のバレエの公演を収録したものではなくて、マリインスキー・バレエ団(ボリショイ・バレエ団と並ぶロシア最高のバレエ団)のバレリーナたちの日常を取材したフランス版(たぶんフランスのテレビ局が製作したものだろう)「NHKスペシャル」といった感じのドキュメンタリー作品である。
  ロシアの女の子の典型的な夢の1つはバレリーナになることである。バレリーナになるためにはバレエ学校に入学しなくてはならないのだが、数あるバレエ学校の頂点に位置するのがサンクトペテルブルグにあるワガノワ・バレエ学校で、1年生(10歳)から9年生まで約350人の生徒が在学している。毎年、4000名を越える入学志望者がいるそうだが、合格するのは60名ほどで、しかも卒業までに半数は辞めていくとのこと。入学試験(身体検査)の場面ではほとんど裸同然の少女たちがサラブレッドの仔馬の競り市のように審査員たちからチェックを受ける。手足が長く、小顔で、もちろん柔軟性に富んだバレリーナの身体の素質を備えた少女たちが厳選されるのだ。9年生は卒業公演の準備に全力を注ぐ。卒業公演は同時に有名バレエ団への入団のオーディションでもあるからだ。主席卒業のアリーナ・ソーモアはマリインスキー・バレエ団への入団を認められる。しかしそんな彼女もバレエ団では群舞のダンサーの一人として出発しなければならないのだ。そんなマリインスキー・バレエ団の3人のプリンシパル、ウリヤーナ・ロパートキナ、スヴェトラーナ・ザハロワ、ディアナ・ヴィシニョーワにカメラは密着する。彼女たちの稽古風景、本番の舞台、本人や関係者へのインタビュー、これが実に興味深い。これは「ライフストーリーの社会学」の教材として十分使える。ロシアの少女たちの成功(立身出世)の物語だ。ちなみにバレリーナは40歳で引退とマリインスキー・バレエ団では決まっているようだ。松山バレエ団の森下洋子(1948年生)のようなケースはロシアにはないのだろうか。
  夜、NHK土曜ドラマ「ジャッジ」(第三話)を観る。「Dr.コトー診療所」の裁判所版といった感じで、なかなかいい。こういう硬派のTVドラマはもうNHK以外では観られなくなった。