7時、起床。カレーとパンと牛乳の朝食。
雨の土曜日。晴耕雨読の原則に従って、昼過ぎまで自宅で読書。昼食はインスタントラーメン。
3時くらいに雨が上がったので、散歩に出る。自由が丘にある宮本三郎記念美術館に行ってみることにする。ここは改修工事のため休館中の世田谷美術館の分館で、宮本の作品の展示のほかに、世田谷美術館所蔵の作品の企画展も併設でやっている。いまやっているのは「荒木経惟 ―人・街―」で、写真集「東京物語」や「東京日和」などから数十点の作品が展示されている。2階建ての建物の2階のフロアーが展示室で、その4分の3のスペースが荒木の写真の展示に、4分の1のスペースが宮本の絵の展示に充てられている。それほど広くないスペースにたくさんの写真を展示しようとしているため一枚一枚の写真が小さく、かつ壁の上の方まで展示されているので、ちょっと見づらい。宮本のコーナーは大きな絵が数点展示されていて、狭いけれども、作品とゆったりと向き合うことができる。入館料は200円。自由が丘の駅からは10分足らずの距離だから、散歩のついでにちょっと立ち寄る場所としては申し分ない。
自由が丘は蒲田から近い(東急線で15分)のだが、めったに来ることがない。若者の街、セレブの街というイメージが強く、自分とは接点が少ない街だと感じている。しかし、せっかくだからちょっと歩いてみることにする。南口の改札の向いに確か「スコット」という紅茶専門のカフェがあったはずだが、もうなくなっていた。もっとも「スコット」に妻(そのときはまだ妻になってはいなかったが)と来たのは30年も前のことだから、なくなっていたとしても不思議ではないのだが、ちょっと残念。駅前広場の向いにある「ダロワイヨ」はその頃からあったと思う(あとからネットで調べたら自由が丘店は1982年の開店とあった。日本での店舗1号店で、いま、30周年記念のケーキビュッフェを開催中である。70分で2500円でお土産付きとのこと。要予約だろう)。「ダロワイヨ」の隣の不二家書店、これも昔からある。
自由が丘の駅には東横線と大井町線が乗り入れていて、東横線は高い場所を走っている。駅構内は二層構造になっていて、乗り換えのときは、馴れないと迷子になる。私は今日も迷子になりそうになった。
こちらは大井町線の踏み切り。交差点や踏み切りには心惹かれるものがある。待つこと、そして足を踏み出して渡ること、そういう一連の行為(をする人々)に心惹かれるのだと思う。
やはり人が多く、若者や女性が多い。 けれど意外と庶民的な街だということがわかった。どこかで一服しようと店を探していたら、「亀屋万年堂」の二階が和風喫茶になっていることを発見。ここに決める。小倉しるこを注文。小豆がたっぷりで、甘味も強いしるこである。餅は小さめで、焼餅ではなく、煮てとろりとした餅が入っている。
蒲田に戻り、「シャノアール」で読書。 昨日購入した佐藤信『鈴木茂三郎』(藤原書店)。統一社会党の初代委員長だった鈴木茂三郎は、私の研究テーマである「清水幾太郎と彼らの時代」の「彼ら」の一人である。清水よりも14年早く生まれ(1893年)、清水よりも18年早く没した(1970年)。貧しい家に生まれ、彼が結婚してもった所帯も貧しかった。貧困はある時代までの日本人が共有していた大きな、実に大きな社会問題であった。貧困からの脱出は、個人の人生の物語の主要テーマであると同時に、国家や社会が取り組むべきテーマでもあった。しかし、貧困問題の解決法はひとつではない。一方に革命を志向する勢力があり、他方に大陸への進出(市場の拡大)を志向する勢力があった。また、革命の実現の仕方においても、暴力革命をめざす勢力と選挙を通しての社会主義の実現をめざす勢力とがあった。さまざまな勢力が対立と融合をくり返しながら、戦争へと続く道を辿っていったのだ。
7時過ぎに帰宅。今夜はモツ鍋。
娘の劇団(獣の仕業)の公演のチラシが出来たので、宣伝に一役買わせてもらいます。公演は2週間先の土日(3月10日・11日)。場所は神楽坂。時間は土曜が13:00、16:00、19:00、日曜が13:00、16:00。
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