8時、起床。
サラダ(トマトとベビーリーフ)とマフィンと紅茶の朝食。

10時半頃、家を出て、「中央線沿線ぶらり途中下車の旅」に出かける。
途中下車する予定の駅は荻窪、日野、三鷹である。それぞれの街で教え子、職場の仲間(とそのご家族)、ブログ仲間・・・とタイプの違う方々と会うことになるだろう。
冬近し会いたき人の二三人 たかじ
まずは荻窪。この街にお住いの卒業生のMさんとランチの約束をしている(昨日の夜に約束したのだ)。
約束の時間は11時20分だったのだが、時間的な目測を誤って10分ほど遅れる。あいにく家を出るときにケータイを忘れてしまい、少し遅れますという連絡をとることができなかった。ごめんなさい。

Mさん一押しの「タマーム」というカレー屋さんに向かう。当初(昨日の夜にメールで)、カフェごはんができる店をリクエストしたのだが、Aさんは私と違ってお酒を飲める店については詳しいのだが、カフェはあまり詳しくない。では、食事メインの店ということで、このインド・ネパール料理の店に決まったのである。

11時半の開店で、われわれが一番乗りだった。
店内は薄暗く、逆光気味のこともあり、写真のMさんは「さあ、これからタロット占いを始めるわよ」という雰囲気である。

ランチは4種類のカレーの中から2種を選ぶシステム。私はチキンと挽肉のカレー、Mさんは野菜とマトンのカレーをチョイス。辛さは5段階の3(中辛)をチョイス。
お店の方に「タマーム」という店名の意味を尋ねたら、「「問題ない、大丈夫」という意味とのこと。「ノープロブレム」か。

焼き立ての大きなナン(ライスも可)とラッシーが付いてくる。
Mさんの一押しだけあって、ととも美味しいカレーであり、ナンだった。カレーは味わい深く、ナンはもっちりの部分とサクサクの部分のコントラストがいい感じだった。
あとからどんどん客が入ってきて、すぐに満席になった。

ランチを終えて、駅に向かう。私は次の予定があり、Mさんもお子さんのお迎え(今日は幼稚園の遠足なのだった)がある。荻窪は面白そうな街なので、別の機会にゆっくりと散歩してみたい。

今日はどうもありがとう。

次の駅は日野。今日のメインイベントだ。
「1時前後」に日野駅に着きますとAさんには伝えてあるが、アバウトないい方で、本来であれば、荻窪を出るときに到着時間の確認のメールを出すつもりであった。
日野には1時ちょうどに着いた。改札口にお子さんを抱っこしたAさんの姿があった。

Aさんの案内で「井上源三郎資料館」へ向かう。井上源三郎とは日野が発祥の地である新選組の副長助勤で六番隊組長だった人物である。Aさんのお父様はその井上源三郎の5代目の子孫で、10年前(2004年)にNHKの大河ドラマ「新選組」の放送を契機に、ご自宅(Aさんのご実家)の敷地内の土蔵を改築して資料館を作られたのである。

Aさんは大学の職員で、今年の1月に長男を出産されて現在は育休中である。産休に入る前の去年の10月29日にお会いして以来であるから、ちょうど一年ぶりの再会である。当時はお顔がずいぶんとふっくらとされていたが、痩せて、元に戻られていた。

あつと君。赤ん坊から幼児への移行期にある。しっかりとした顔をしている。とても機嫌がいい。自慢するわけではないが、私はこのくらいの年齢のお子さんとはすこぶる相性がいい。たぶん顔の筋肉を柔軟に動かし、目玉をパチクリして、いろいろな表情をして見せることができるからだと思う。

Aさんのお母様も一緒に。おきれいな方である。

Aさんのお父様も一緒に。私と同じく今年還暦を迎えられた。偉丈夫で、男前の方である。

資料館の中にいれていただく。通常は館内での撮影は禁止だが、特別に許可をいただいた。
写真の人物は源三郎の兄松五郎の次男泰助晩年のもの。泰助は甥っ子の中で一番源三郎に似ていたそうで、写真の残っていない源三郎の面影を伝える資料として展示されている。余談だが、私の父の名前も泰助である。

近藤勇が松五郎に贈った刀「大和守源秀国」(秀国は会津藩の刀工)を持たせていただく。重い!びっくりするくらいの重量がある。これを思いのままに操るためにはものすごい腕力が必要であろう。稽古に使われた木刀も持たせていただいたが、太くて、重かった。それはそうで、真剣と同じ(あるいはそれ以上の)重さの木刀でなくては、修行にならないであろう。

平野勝『多摩・新選組紀聞』(東京新聞出版局)をちょうだいする。

お父様の運転する車に乗って、「日野市立新選組のふるさと歴史館」を訪れる。


ロビーにある記念撮影コーナーでAさん、日野史跡公認ガイドの芹川孝一さんと。芹川さんにはこの後、館内を案内していただいた。

見学を終えて、再び記念撮影コーナーで。新選組の羽織を着させていただきました。あまり様になっているとは言い難い。

再び車に乗って、日野宿本陣へ。

都内に唯一現存する本陣建築である。


お名前は失念してしまったが(名刺の交換をしなかったので)、ここでも専門のガイドさんにご案内をいただいた。

ガイドさん曰く、「日野本陣は休憩所で、宿泊はしなかったんです。なぜだかわかりますか?」。「江戸から近い距離だからでしょうか」「いえ、そうではなくて、芸者などの女子衆がいなかったからです。日野は清く正しい宿場だったのです。でも、それでは殿方はつまらないでしょ?」「・・・(はい、とも言えず)」。ガイドさんと私のやりとりを傍らで聴きながら、Aさんがニヤニヤしている。

あちこちにクギ隠しの細工があるんです。

これはうさぎの細工。干支が細工に使われているようである。

ここでも羽織を来て、記念写真。Aさんとあつと君はお宮参りみたいです。

時刻は4時。日野には3時間滞在したことになる。駅まで車で送っていただく。お世話になりました。
改札口でAさんとあつと君とお別れする。これから寒くなりますが、どうぞお元気で。今度は大学でお会いしましょう。
しばらく職場を離れておられて、ちゃんと職場復帰ができるか、Aさんは心配されているようだが、大丈夫、みんなあなたの復帰を心待ちにしていますよ。

電車の車窓から。日暮れである。

本日最後の途中下車は三鷹駅。

ホームの見える線路沿いの道にある立ち飲み酒場「笑門」を訪れる。

開店の5時まで少し待つ。

一番乗りの客として中に入る。
ご主人が私を見てびっくりする。

ご主人の多田さんとは互いのブログを毎日読んでいる間柄であるが、お会いするのは今日が二度目。去年の6月に私が『日常生活の探究』(左右社)を出版したときのトークイベントを渋谷のジュンク堂でやったときにご来場いただいたのが最初である。
日野での滞在時間がどのくらいになるかわからなかったので、「笑門」訪問は事前にお知らせしていなかった。下戸の私が立ち飲み酒場を訪れるなどとは予想もされていなかったと思う。

多田さん夫妻。ブログで知るかぎり、お二人はしばしば美術展などにご一緒に出掛けていらっしゃるようである。

お酒は飲めないが、食べたいものはたくさんある。


とりあえず、おでん(6種)、竹輪のの天ぷら、お新香、ウーロン茶。ウーロン茶はウェルカムドリンクということでサービス。ありがとうございます。

ほうれんそうの胡麻和え。

ブリの刺身。

焼き鳥。

お酒を注文しない客というのはどうなのでしょうと多田さんに尋ねたところ、食べて頂けるならOKですとのこと。
これに味をしめて蒲田の飲み屋さんにも行ってみようかしら。

だんだんお客さんも増えて来たので、30分ほどおしゃべりをして、失礼する。またふらりと訪問させていただきますね。
ちなみに多田さんのブログはこちら。

ケータイを忘れたので、久しぶりに駅の公衆電話から妻に帰宅の予定時刻を伝える。

7時、帰宅。
夕食は鶏鍋。「笑門」でけっこう食べたけれども、夕食も普通に食べた。


Aさんにお土産にいただいた「高幡まんじゅう」を食後にいただく。


実は、Aさんのご実家を訪問するにあたって手土産にもっていったマカロンを鞄に入れたまま持って帰ってしまった。日野のホームで上りの電車を待っているときに「あっ!」と気付いたのだが、後の祭りだった。

今日の「中央線沿線ぶらり途中下車の旅」はとても楽しかった。社交というものの可能性を広げることの出来る旅だった。お世話になったみなさんに改めて感謝。
さて、次はどの沿線にぶらりと出かけようかしら。