9時、起床。
一階の雨戸を開けると野良猫のなつが部屋に上がってく来て、座椅子の座布団の上にちょこんと座る。私が仏壇の花の水を替え、焼香をし、続いて神棚の水を替え、柏手を打つという朝の一連の行為を終えて、自分にエサをくれる順番が来るのをそこで待っているのである。ときどき「ミャー」と小さく鳴いて、エサをくれとアピールするが、それは本気のものではなく、一連の行為が終わらないうちわもらえないこと、柏手の音が聞こえるといよいよ自分の番なのだということをなつはちゃんと理解しているのである。
トースト、サラダ、紅茶の朝食。
昼から大学へ。
12時に卒業生のミサキさん(論系ゼミ6期生、2016年卒)が研究室にやってくる。高田馬場には早めについて大学まで馬場歩き(の逆)をしてきたそうである。
彼女はいわゆる「カメラ女子」である。今日も大きな一眼レフを首から下げてやってきた。
卒業後、彼女と会うのは2回目。前回(7月2日)に同期のアヤナさんと一緒に「パン日和あをや」と「ノチハレ珈琲店」を梯子したときに彼女が撮った写真をプリントアウトしたものをいただいた。「てくてくさんぽフォトブック その1」とタイトルが付いている。ということは今日、これから彼女が撮るであろう写真で「その2」が作られるということだろうか(笑)。
ミサキさんからは写真集のお土産のほかに旅の土産話もいただいた。先日、友人と松本―上高地を旅行してきたそうなのだが、松本では「chiiann」と「栞日」という私の馴染みのカフェに行ったそうである。それはそれは。「フィールドノート」に登場する飲食店に行ってみたという読者は卒業生に限らずいらっしゃるようだが、わざわざ地方都市まで出かけていく人はそうはいないだろう。「お店の人と話はされた?」と聞いたら、支払いのときに「実は大久保先生の教え子の卒業生で・・・」と身元を明かしたそうである。お店の方も驚いて、それでお話ができたそうなので、それはよかった。
「松本版グランドスラムというのはあるのでしょうか?」と言うので、う~ん、私と一緒に行ったわけではないからなあ・・・。しかし、地方都市のカフェの場合はそれは無理であるから、単独であるいはお友だちと行かれても認定しちゃいましょうか。では、「chiiann」「栞日」それから「Gargas」「まるも」で松本版グランドスラムとしましょう。
研究室を出る前に窓辺でポートレートを撮る。
ミサキさんのお顔の特徴はパッチリとした大きな目である。大きな目には力があるので、ただシャッターを押すだけでそれなりのポートレートは撮れてしまう。ただ大きな目には緊張感が伴いやすい。それを緩和する一番安易な方法はチーズ的笑顔を作ることであるが、もちろんその方法はここでは採らない。
脱力という方法がある。具体的には目元と口元の力を少し緩めてもらう。そう、さきほどの写真も素敵ですが、ポートレートとしてはこちらの方がいいですね。どういいのかというと、日常感があるということです。
お昼はどこで食べたいですかという質問に、「たかはし」で、と彼女は即答した。
私は豚肉生姜焼き定食を注文。
この「緑のシャチホコ」のような盛り付けは以前はなかった。若旦那の工夫でしょうか(笑)。
ミサキさんは肉豆腐定食を注文。彼女は「たかはし」は初めてだが、私のブログに最近よく登場する肉豆腐定食を注文することに決めていたようである。二人がそろって料理の写真を撮る様は、雑誌の取材かなにかに周囲には見えたのではなかろうか(笑)。
食事を終えて、支払いのときに「事件」は起こった。鞄の中に財布がないのである。家を出るとき、財布の中身を確認した記憶はあるので、忘れて来たことは思えない。大学に出る途中で財布を出すような機会はなかった。ただ、一度、東京駅構内で鞄からカメラを取り出したときがあり、そのとき財布が鞄から零れ落ちたという可能性はゼロとはいえない(実際、過去に一度そういうことあって、財布は交番に届いていた)。一番可能性がるのは研究室に忘れて来たということ。ミサキさんにそれを言ったら、「はい、先生が戻って来るのを私ここで待っています」とニコニコして答えた。「いや、研究室にあるかどうかは定かではないんだ。だから、ここは一旦、あなたに食事代を立て替えてもらって、研究室に一緒に戻ろう」と言うと、「えっ」という顔になって、おずおずと財布から一万円札を取り出して、私に差し出した。なんだか働かないでパチンコばかりしている男(彼氏)に小遣いをやるときの女性のような顔だった。「立て替えてもらうだけだけだからね」と私はもう一度言った。
支払いを済ませて「たかはし」を出て、研究室へ向かう。もしそこに財布がなければ、銀行のカードも一緒になので、今日これからのカフェめぐりはミサキさんにずっと立て替えてもらわないとならなくなる。それは私と卒業生との社交史上、前代未聞の事態である。「ここは私に払わせてください」と相手が言ってご馳走になったことは何度かあるが、それとは状況が違う。今日はこれから二軒ほどカフェをめぐることだろう。そして駅の改札で彼女と別れるとき、彼女が「ありがとうございました。今日は楽しかったです」と言うだろう。そのときの彼女の笑顔に漂う、どこか腑に落ちない気分が私にはいまから手に取るように分かるのである。
弱ったなと思ったとき、天啓のようにひらめくものがあった。そうだ、研究室でツーショットを撮った時、私は上着の左の内ポケットに入っていた財布を取り出して(そのままでは上着の膨らみが気になったからである)、椅子の上に置いたのだった。財布はそこにそのまま置き忘れたに違いない。
研究室のドアを開ける。ありました。財布は思った通り、椅子の上にありました。
「ほんと、先生は財布を無くしたり、忘れたりし過ぎです!」とミサキさんに注意される。
「す、すみません。綺麗なポートレートを撮るから許してね」と言って撮ったのが下の写真。
モニター画面で撮った写真を確認しながら、「石原さとみさんに似ているね」と私が言うと、「そ、そうですか!私、彼女のファンなので嬉しいです!」とたちまちミサキさんの機嫌が直った。 単純・・・(笑)。
上機嫌のミサキさんと神楽坂に行く。
「亀井堂」の前を通ったとき、私が「ここのクリームパンは美味しいですよ」と言うと、「買って帰ります」と言って彼女は店に入って行った。そのすぐあとから小さな女の子と母親がやってきて、「クリームパンを買って帰ろうね」と言って店の中に入って行った。ガラス越しに見ると、クリームパンは二個しか残っていなかった。ミサキさんはその一個をトレーに乗せてレジに持って行った。よかった、女の子の分が残った。とそのとき、何を思ったか、ミサキさんが引き返してきて、もう一個のクリームパンもトレーに乗せていってしまった(おそらく家族へのお土産であろう)。私には女の子が泣きそうになるのがわかった。母親が何か女の子に言っている。たぶん人生にはこういう日もあるということを語っているのだろう。しかし、女の子はそういう不条理を理解するにはまだ小さすぎるように思えた。私は店の中に入って行って、レジで支払いをしているミサキさんのところへ行き、「クリームパンは一つにしておきましょう。もう一つはあの女の子のために残してあげましょう」と言った。彼女もレジの方も事情を瞬時に理解して、レシートは打ち直された。お手数をおかけしました。女の子の母親は私たちに「すみません。ありがとうございました」と礼を言った。女の子は、事情は呑み込めなかったかもしれないが、ミサキさんがいいお姉さんであることはわかったようである。
神楽坂の街をカメラ散歩。
彼女はときには撮る側、ときには撮られる側の一人二役である。
ここはデザートのフルコースを食べさせるので有名なお店です(要予約)。
赤城神社の横の坂道の途中に「坂」という名前のギャラリーがある。ここは彼女の好きな場所である。
今日はひょうたん細工(ランプ)の展示会をやっている。
お店の中に入って作品を観る。とても美しい。ひょうたんの中身を取り出して、水できれいにあらって三日間ほど乾燥させてから、透かし彫りにしていくわけだが、繊細な作業である。
いろいろ説明していただいたのは、最初、お店の方かと思ったら、そうでなはくて、作家さん(半田陽さん)ご自身であった。
小さな作品(あとからご覧に入れます)を購入。展示会は11月1日まで。
半田さんにお見送りいただく。ありがとうございました。
坂道を下まで降りて、ちょと右に入ったところにあるケーキ屋さん「アミティエ」。ミサキさんはご存知なかったが、人気のお店である。テーブル席が空いていたので一服していくことにする。
ここのケーキは小ぶりなので、食事の後でも気軽に食べられる。
私はモンブランを注文。
ミサキさんはフランボワーズ(ラブベリーのケーキ)を注文。
しっかり写真に撮る。
幸せそうである。
テーブルは小さくて幸せが零れ落ちそうである。
これが彼女の立て替え払いでなくて、本当によかった。
坂道を引き返して、赤城神社のそば(一部?)の出世稲荷にお参りする。
稲荷神社の狐は白狐が一般的かと思うが、この新しい狐は黒っぽい。
もう一方の狐は古いもので、 こちらは(色褪せたせいか)白っぽい。
お願いごとをするミサキさん。とても長い時間をかけてお願いごとをしていた。一体、何をお願いしたいたのか尋ねたら、それは教えてくれなかったが、「お願いごとがたくさんあったわけではなく、神様に自己紹介をしていて時間がかかったのです」と言ったから驚いた。自己紹介? 自分の名前や住所や、自分はかくかくしかじかの人間であるということを神様に説明してから、お願いごとをするのだそうだ。「へぇ、それが正式なやり方なの?」「正式かどうかはわかりませんが、いつもそうやってきました」と彼女。
「先生は何をお願いしたのですか?」と聞かれた。実は私は何もお願いごとをしていない。するときもあるし、しないときもあるが、しないときの方が多いかも知れない。黙って手を合わせて、それでお終い。一瞬、静かな、落ち着いた気持ちになれれば、それでいい。
ずいぶんと流儀の違う二人が並んで参拝をしたわけだ。
さて、「SKIPA」に行きましょう。
宙太さんとのんちゃんに彼女を紹介する。「こちらが宙太(ちゅうた)さん」と言ったとき、「そらたさんかと思ってました」と彼女。そう誤解している人は多いようである。『巨人の星』の「伴宙太」(ばん・ちゅうた)の宙太です。でも、『巨人の星』そのものを知らない世代のために、ときどき宙太(ちゅうた)と読み方を書くようにしないとね。
二人ともここではアイスチャイと注文は決めていた。
店内の写真を撮る。
私の写真も撮る。私もこのときカメラを彼女に向けて構えているわけで、ガンマンの相撃ちのようなものであるが、むこうはマグナム銃(望遠レンズ装着の一眼レフ)みたいで、私の方(コンパクトデジカメ)が負けそうである。
「SKIPA」のすぐそばの白銀公園に行ってみる。もう夕暮れだの時刻(4時半ごろ)だ。
私のカメラは夜景に強いので、夕暮れの光なら写真は撮れる。
果敢に登って行きました。
砂場で。
公園での最後の一枚。「もっと光を」
さて、神楽坂を飯田橋まで歩いて、地下鉄の駅を今日の秋散歩の終点にしましょう。
ミサキさんは、夏に横浜で占い師さんに恋愛・結婚運を見てもらったところ、来年の5月か10月頃に「3歳ほど年上で、イケメンの高収入の男性」と出会うでしょうと言われたそうだ。つまり、その男性はそのとき27歳で、イケメンで、高収入なわけですね。そういう男性がそのとき彼女がいない状態で存在する確率はかなり小さいだろうと私などは瞬時に思うわけだけれど、ミサキさんは(一般に20代の女性は)素直にそうした占いを信じる傾向にある。まあ、それで日々を明るい気分で生きていけるなら、それでいいんじゃないかな(笑)。
早くても素敵な男性と出会うのが来年の5月ということであれば、それまでの期間は、週休二日の土曜日は友人との社交、日曜日は自分一人ののんびりとした時間と定めて生活していけることになる。これはよいことである。なまじ彼氏ができると、週休二日の一日が彼との時間、もう一日が友人との時間となり、自分一人の時間がなくなってしまう。これは絶対に疲れがたまる。かといって、彼との時間(土)と一人の時間(日)とすると友人関係が貧しくなる。もちろん彼との時間を減らせば(毎週ではなく、隔週にするとか)、彼との仲が冷めてしまうかもしれない。恋愛と友情と孤独の3つを週休二日制の中でバランスをとるのは大変なのだ。彼氏がいないというのもあながち悪いことではない。
次は冬カフェで。
6時、帰宅。
夕食は焼き魚(鯵の開き)、栗ごはん、サラダ、冷奴とオクラ、茄子の味噌汁。
栗ごはんは一度は食べたい秋の味覚である。来週の信州旅行では松本の「竹風堂」の栗おこわを食べることだろう。
今日、購入した糸瓜ランプ。
センサーで光を感知して、暗くなると明かりが点く。
「はるに見つかったら、そのヘタの部分が、たちまち齧られると思うわ」と妻が言った。う~ん、どことなくネズミみたいに見えるしな。
3時半、就寝。