明日の土曜日は体育祭で通常の授業は休み。土・日・月の3連休。そのせいだろうか、今日の3限の授業はいつもより出席者が少なかった。なのに回収箱の中の出席カードはいつもの分量だ。誰かに頼んで出席カードだけ出している学生がかなりいるということだろう。そんな偽装工作をしても、いいことなんて何もないのになぁ(たとえ全出席でも試験の点数が悪ければ不可ですから)。講義をさぼりたければさぼればいい。大学とはそういう自由があるところだと思う。ところが国民の祝日をいくつかつぶして、新学期の授業開始日を一週間早めて、何が何でも授業回数年間30回(半期15回)を確保しようという動きがある。もちろん学生も教員もウンザリした気分になる。祝日出勤の事務の人たちもそうだろう。当然、モチベーションは下がりますよね。教育効果という点ではかえって逆効果なわけだ。意図せざる結果ではなく、あほらしいと知りつつ、トップダウンの号令に黙従することの予測される結果だ。
メーヤウで遅い昼食。今日はハロインなので(ということで)、特別メニューでカボチャ入りのカリーが500円。私はカボチャはあまり好物ではないので、定番のインド風ポークカリーとラッシーを注文したが、TAのI君はカボチャが大好きとのことで注文していた。一般に戦時中の生活を経験した世代の人にはカボチャが嫌い(もううんざり)という人が多いように思う。私の師匠のM先生もそうだった。私のカボチャ嫌い(嫌いというほどではないが好んで食べない)の理由はもちろん戦争とは関係ないわけで、一体、なんだろう。もさもさ、ぼそぼそ、甘ったるいところが苦手なのだろう。レストランで、パンプキンパイを注文したことはないし、カボチャのスープも注文したことはない。天丼に茄子の天ぷらがのっていると嬉しいが、かぼちゃの天ぷらだと嬉しくない。年に一度、冬至の日に、決まりごととしてカボチャの煮つけを食べればそれでもう十分だという気がする。ハロインにまったく関心がないのは、外国産のお祭りだからというよりも、カボチャに関心がないためだと思う。
事務所でゼミ希望者の資料を受け取り、「フェニックス」で目を通す。定員15名のところに希望者が25名いる。現代人間論系はゼミ希望者の凸凹が比較的小さく収まっているが、私と安藤先生と長田先生の3つのゼミで定員を越える申し込みがあった。これからしばらくの間、あれこれ悩むことになるが、なにをどうやっても一定数の選外者が出る。それは不可避だ。そのプロセスをどれだけ了解可能なものにするかということだ。
5限の卒論演習は報告をしたのがIさんとKさんの二人だけだったので、いつもより早く終った。ちょっと拍子抜け。残すところあと3回。火事場の馬鹿力というものがあるとすれば、いよいよそれに点火すべきときがきた。
熟田津(にぎたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかないぬ今はこぎ出でな 額田王
メーヤウで遅い昼食。今日はハロインなので(ということで)、特別メニューでカボチャ入りのカリーが500円。私はカボチャはあまり好物ではないので、定番のインド風ポークカリーとラッシーを注文したが、TAのI君はカボチャが大好きとのことで注文していた。一般に戦時中の生活を経験した世代の人にはカボチャが嫌い(もううんざり)という人が多いように思う。私の師匠のM先生もそうだった。私のカボチャ嫌い(嫌いというほどではないが好んで食べない)の理由はもちろん戦争とは関係ないわけで、一体、なんだろう。もさもさ、ぼそぼそ、甘ったるいところが苦手なのだろう。レストランで、パンプキンパイを注文したことはないし、カボチャのスープも注文したことはない。天丼に茄子の天ぷらがのっていると嬉しいが、かぼちゃの天ぷらだと嬉しくない。年に一度、冬至の日に、決まりごととしてカボチャの煮つけを食べればそれでもう十分だという気がする。ハロインにまったく関心がないのは、外国産のお祭りだからというよりも、カボチャに関心がないためだと思う。
事務所でゼミ希望者の資料を受け取り、「フェニックス」で目を通す。定員15名のところに希望者が25名いる。現代人間論系はゼミ希望者の凸凹が比較的小さく収まっているが、私と安藤先生と長田先生の3つのゼミで定員を越える申し込みがあった。これからしばらくの間、あれこれ悩むことになるが、なにをどうやっても一定数の選外者が出る。それは不可避だ。そのプロセスをどれだけ了解可能なものにするかということだ。
5限の卒論演習は報告をしたのがIさんとKさんの二人だけだったので、いつもより早く終った。ちょっと拍子抜け。残すところあと3回。火事場の馬鹿力というものがあるとすれば、いよいよそれに点火すべきときがきた。
熟田津(にぎたつ)に船乗りせむと月待てば潮もかないぬ今はこぎ出でな 額田王