大分県長湯温泉は小規模な公衆・共同浴場の宝庫。どの浴場もお湯が良いのに安く、鄙びた風情も相俟って、温泉ファンにはたまらない湯めぐり天国であります。長湯地区を通る県道30号線には現在バイパスがあり、切り通しやトンネルなどで温泉街の北側を通過していますが、路線バスが走る旧道を通れば、田園風景の中に佇む旅館や湯小屋をあちこちで見つけることができます。今回はそんな旧道に面している公衆浴場のひとつ「しづ香温泉」へ立ち寄ってまいりました。十字路の角、且つ道路と川に挟まれたロケーションで、すぐ傍には橋が架かっていますから、すぐに見つけることができました。
駐車場は浴場脇の第一とちょっと離れた第二の2つに分かれており、第一は3台ほどしか止められませんから、もし満車の場合は第二を利用することになります。なお第二駐車場の上に覆いかぶさっている建物は「しづ香温泉」の休憩所です。別途料金600円でこの休憩所を利用することができ、利用希望の際には後述する窓口で掲示されている携帯電話へ連絡すれば良いようです。
男女別に分かれた入口から館内へお邪魔すると、狭い下足場の奥に無人の窓口があり、そのまわりにはいろんな書類や案内が掲示されていました(休憩所利用の際に連絡する携帯電話番号も貼りだされています)。入浴の際はこの窓口へ湯銭を納めるのですが、小窓にはおばあちゃんのバストショット(写真)が貼りだされているではありませんか。「合掌しなきゃいけないものか」と変な胸騒ぎがしたのですが、そういったものではなく、きちんと湯銭を納めてくれるか、このお婆ちゃんの写真がお客さんを見つめて牽制しているのでした。写真の脇には「あなたの真心を信用致します」なんてセリフも付されています。無人であるのをいいことに、僅か100円の湯銭をズルしちゃう輩もいるのでしょうね。ちなみにこのご尊影の方は、浴場名にもなっているしづ香婆ちゃんなんだそうです。
かなり年季の入った建物で、脱衣室の内装もかなり草臥れています。この室内に設置されている棚は、なぜかひとつひとつの枠が縦長で狭く、冬季のコートなどかさばる衣類を着用している場合には、枠を2つ使わないと荷物が収まりきらないかも。また床に敷かれている足拭きマットは小さなものが3枚しかなく、私の訪問時には既に多くの湯あみ客がここで濡れた足を拭いていたため、すっかりビショビショになっていました。こうした雰囲気ですから、若い人は敬遠しちゃうかもしれません。
浴室に入っていろんな意味でビックリ。昼でも薄暗く、建物の老朽化のためか、壁や天井は思いっきり黒ずんでおり、蛍光灯も留め具がゆるいのか傾いちゃっています。それだけでなく、浴槽まわりや床は石灰華がビッシリ分厚くこびりついており、ベージュ色に黒い模様が混ざった独特の色彩と、鱗状や千枚田状の造形によって、すっかり覆い尽くされていました。
湯船から溢れ出るお湯によって石灰華が床などに固着し、それが幾重にも層を成すことにより、垂直面では鱗状の造形を、水平面ではクレーターのような模様を生み出しています。温泉ファン歓喜の光景であります。
洗い場には水道の蛇口しかないため、掛け湯するには桶で湯船のお湯を直接汲むことになりますが、こちらの温泉はその桶にも容赦なく成分をこびりつかせ、本来カラフルなはずのプラスチック桶は悉くベージュ色にコーティングされていました。ご存知のようにプラスチック桶の表面はツルツルであるにもかかわらず、これだけしっかり付着するんですから、その固着パワーたるや想像を絶します。私個人としては台湾・新北市金山の「社寮社区公共浴室」を思い起こさせます。
このお風呂でユニークなのが、お湯の配管の支柱代わりに、お風呂道具のスツールや桶を使っていること。おそらくこの手の温泉は配管内にこびりつくスケールによって、短期間で目詰まりを起こしてしまうのでしょうから、頻繁にパイプを交換しなくちゃいけないかと思われますが、その都度支柱を外して、また取り付けて…という手間が面倒なのかもしれず、それなら備え付けのスツールと桶を重ねたらちょうど良い高さになったからこれで良いじゃん、という話になったのかもしれません。でも常に配管から滴ってくるお湯を受けているこの支柱代わりの物品たちは、全体を石灰華で完全に覆われており、ほとんどモンスターのような姿と化していました。日本には温泉浴場が星の数ほどありますが、ここまで変貌を遂げている桶やスツールは、他に類を見ないのではないでしょうか。石灰華を見るのが好きな私としては、この光景にものすごく心惹かれてしまいました。
浴槽はL字型で、もちろん槽内にも温泉成分が分厚く付着しており、湯面上では庇状になっていました。上述のパイプから落とされたお湯は、浴槽を満たしてから窓下の切り欠けより排湯されています。お湯は緑色に強く傾く山吹色で、透明度は30~40センチほど、濁りが強いため底面は目視できません。湯使いは完全掛け流しであり、源泉温度が50℃弱あるため、加水されていない湯船はちょっと熱めの湯加減ですが、鮮度感が素晴らしく、熱さと鮮度の両方でシャキッと爽快な湯あみが堪能できました。湯中ではギッシギシの浴感が肌に伝わり、ここでもし長湯していたら私も桶やスツールのように成分まみれになってしまいそうなほど、お湯の濃さを素肌感覚で体感できました。
湯船の他に上画像のような上がり湯もありましたので、ここでお湯をテイスティングしてみたところ、金気や土気の味・匂い、正苦味泉的な苦さと渋み、そして明瞭な炭酸味が感じられました。
こんな濃厚なお湯が掛け流しされているのに、民営で湯銭100円とはすごい! 全国の温泉ファンから絶賛されるのも頷けます。いや、ファンのみならず地元の方々からも愛されているようであり、夕方になると軽自動車で爺さん婆さんたちが次々にやってきました。いろいろと草臥れている部分はあり、施設自体は好き嫌いが分かれるかもしれませんが、それを補って余りあるほどの魅力を有する、素晴らしいお風呂でした。
しづ香湯
マグネシウム・ナトリウム-炭酸水素塩温泉 49.2℃ pH6.7 湧出量記載なし(掘削自噴) 溶存物質4.701g/kg 成分総計5.448g/kg
Na+:487.8mg(35.95mval%), Mg++:317.0mg(44.19mval%), Ca++:217.5mg(18.38mval%), Fe++:3.2mg,
Cl-:199.6mg(9.34mval%), SO4--:440.0mg(15.20mval5), HCO3-:2771mg(75.37mval%),
H2SiO3:235.8mg, CO2:746.5mg,
加水加温循環消毒なし
豊後竹田駅より大野竹田バスの直入支所(長湯温泉)行で「山脇」バス停下車、徒歩1分
(時刻等は大分バスのHPでご確認ください)
大分県竹田市直入町大字長湯7655 地図
7:00~19:00
100円
備品類なし
私の好み:★★★