温泉逍遥

思いつきで巡った各地の温泉(主に日帰り温泉)を写真と共に紹介します。取り上げるのは原則的に源泉掛け流しの温泉です。

紅葉と野湯の秋田焼山 2014年10月 後編

2014年11月26日 | 秋田県
前回記事「紅葉と野湯の秋田焼山 2014年10月 前編」のつづきです。


【10:13 名残峠 標高1324m】
焼山頂上からサクサクっと下って名残峠へ戻る。頂上では天候回復の兆しが見られたが、空模様は私の期待を上回るスピードで一足飛びに急変し、わずか数分の間で、雲散霧消とはいかないものの、濃霧はすっかり晴れて、遠方まで見通せるようになった。



相変わらず峠には冷たい強風が吹いていたが、この風が霧を吹き飛ばしてくれたのかもしれない。約十分前までは、わずか数メートル先の視界も効かなかったこの名残峠であるが、頂上から戻ってくると、上画像のような大パノラマが展開されていた。目下に水蒸気爆発跡の荒々しい景色が裾を広げ、その奥に玉川温泉や新玉川大橋が見える。そして遠方に森吉山がそびえている。



反対方向には、火口底面の湯沼もくっきり。神秘的なミルキーホワイトのお湯を湛えていた。ディープな野湯ファンはガスマスクを装着してこの湯沼に入浴するのだが、今回ガスマスクを携行しなかった私は上部から見下ろすだけにとどめた。


 
ちょっと早いが、この絶景をシーズニングにしながら、ベンチに腰を下ろしてランチを摂ることにした。担いできたバーナーを点火、コッヘルにペットボトルに水を注いでお湯を沸かし、フリーズドライのビーフシチューで体を温めつつ、コンビニのおにぎりで栄養補給。おにぎりは秋らしくシャケ尽くし。


 
食後のコーヒーとデザートも欠かせない。デザートと言ってもコンビニの安物バームクーヘンだが、淹れたてのドリップコーヒーと大自然の澄んだ空気があれば、人気パティシエも顔面蒼白な美味しさに変貌する。


 
【11:27 焼山避難小屋】
名残峠でランチを摂った後は、往路と同じコースを歩いて焼山避難小屋まで戻る。この時間になると、ポツポツ他の登山者の姿も見られるようになった。皆さん、天候の回復を待って行動を開始したのか、あるいは単に私の行動開始が早かっただけなのか。


 
ここからは来た道を戻らず、小屋の前から伸びる小径へと入ってゆく。現在この径は、国土地理院の最新版の25000分の1地形図から消えている。地理院地図で当地を見ると、避難小屋を左右に横切る道は記されているものの、そこから北へ伸びる道は表示されていない(実際の地形図はこちらを参照)。また登山者にはお馴染みである昭文社の『山と高原地図 岩手山・八幡平 秋田駒(2014年版)』 では破線コース、即ち難路として表示されており、ご丁寧に「要案内人」と但し書きまで付されている。果たしてそんなに険しい道なのか。もし危なけりゃその場で戻って、往路の道に引き返せば良いので、とりあえず進んでみることにした。まずは火口外縁まで登って、小さな湯沼の縁を歩く。この小さな沼は、平成9年に水蒸気爆発を起こした火口。


 
火口外輪の東側の上を前進。リッジ状の外縁部では、滑落に注意して慎重に歩みを進める。とはいえ、北アルプスや南アルプスなど、他の険しい山域を登山なさったことのある方なら、この程度はヘッチャラだろう。しかもルートの両端には、有り難いことにロープが張られており、そこからはみ出さなければ問題ない。


 
やがてフラットなガレの広場に出た。正面の山には木造建築が崩壊した跡が見られる。当地にはかつて硫黄鉱山が操業していたので、その当時の建物と思われる。またルート上には碍子を戴く電信柱の残骸もあった。ひざ上程度の高さしか無いのだが、柱が倒れて今のような低さになったのか、あるいは十数年前の噴火の際に火山灰によって埋もれてしまったのか…。


 
ガレ場の先の登山道にもロープが張られているので、迷うことはない。また下手に入り込んで高山植物を踏み荒らす心配も無い。関係者の皆さんのご尽力に感謝しながら歩く。


  
真っ赤に燃えているかのような灌木の紅葉が、モノトーンの世界に映えていた。辺りはシラタマノキが群生をなしていた。


 
ガレの谷に向かって徐々に下ってゆく。この谷にも鉱山操業時の小屋跡と思しき木材の残骸があった。



ルートがはっきりしており、上述のようにロープも張られているので、結構歩きやすい。標準的な登山道だ。この辺りの坂を下っていると、反対方向から30人近い団体が登ってきた。名札をさげている方に伺ったところ、大沼にある八幡平ビジターセンター主催のトレッキングイベントとのこと。後日ビジターセンターのブログを拝見したところ記事になっていたので、これに間違いない。そのようなイベントが催行されるほど、この道はちゃんとしているのだ。現状では、決して破線ルートで示すような難路ではない。



【11:55~13:10 湯の沢(硫黄取りの湯)】
坂を下りきって谷底にたどり着く。部分的に白いガレが広がるこの谷では、至るところから温泉が湧き出ており、その温泉が集まり、沢をなして流れている。そしてその沢の湯に入浴することができる。野湯ファンには「硫黄取りの湯」として称されている有名スポットである。今回の焼山登山で、敢えて復路にこの道を選んだ訳は、無論この野湯に入りたいから。そこで私も…



こんなことしたり…



こんなことしたりして野湯を堪能。湯加減も大きさも極上の、素晴らしい自然の恵みに酔いしれる。
あまりに気持ち良かったため、なんだかんだで1時間以上はここで湯浴みを続けたが、再び雲行きが怪しくなりはじめたので、そのタイミングで入浴を切り上げ、着衣して再び登山道を下ることにした。
※湯の沢の野湯(硫黄取りの湯)に関しては、次回記事にて細かく取り上げます。



野湯からしばらくは、沢に沿って下る。川原の岩に赤いマークが付けられているので、それを辿っていけば大丈夫。ある程度下ったところで湯の沢を振り返った。あんなに素敵な野湯は、なかなかお目にかかれない。もう少し入浴し続けていたかったが、いつまでも浸かっているわけにもいかない。湯から上がるのが実に名残惜しい。名残峠に倣って名残湯の沢とでも命名しようか。また機会があれば再訪したい。


 
赤いマークに従って沢を離れ、右岸の道へ取り付いて坂を登る。所々ぬかるんでおり、滑りやすい。


 
登り切ったところで、改めて湯の沢を振り返る。ここには火山活動に伴う有毒ガスの危険性を喚起する札が立てられていた。


 
 
道は紅葉真っ盛りの樹林帯へと入る。


 
ところどころにミニ湿原があり、視界がひらける。この山域はリンドウ(エゾオヤマリンドウ)の宝庫。あちこちで花をつけていた。


 
先ほどまで降っていた雨の影響か、道はかなりぬかるんでおり、何度かくるぶしまでズボっと潜ってしまった。また上画像のように、道が沢と化している区間も多かった。難路ではないが、イライラする道ではある。


 
ところどころに赤いマークがあるので安心できる。これを確かめて更に先へ。ちなみに、この時はクマの気配も感じられなかった。糞も足跡も熊棚も見当たらなかった。先程すれ違った団体さんに恐れをなしたのか。
道の先からゴーやガシャンという音が聞こえてくる。工事中の地熱発電所から発せられる音だろう。


 
【14:02 澄川地熱発電所の脇を通過】
足元のぬかるみにイライラしながら、黄色く色づいたブナ林をどんどん進んでゆくと、ゴーやガシャンといった音が徐々に大きくなり、左手の視界が開けて澄川地熱発電所の脇を通過する。



地熱発電所の敷地の隅っこで、澄川地熱発電所PR館へ向かう道が左へ分岐している。なお2014年10月現在、PR館は閉鎖中。
(参考:東北電力「PR館のご案内」


 
【14:05~20 ベコ谷地】
PR館への分岐から3分ほどブナ林の中を歩くと、俄然視界が開けて、ベコ谷地と呼ばれる広大な湿原の中に放り出される。なぜこんな人里離れた八幡平の山の中でベコ、即ち牛が湿原名に冠されているのか不明だが、その名前から連想する牧歌的なイメージとはかけなれた、幻想的且つ秀麗な絶景が展開されており、気づけば感嘆の声を漏らしていたほど、ベコ谷地の絶景に胸を打った。あまりの美しさに、その場で15分ほど立ち尽くす。
この湿原でもリンドウはたくさん見られたが、ここまで下りてくると花はほとんど枯れかかっていた。



青空とのコントラストに息を呑む。



湿原の植物は草紅葉となって、燎原の如く真っ赤に燃えていた。マイナーなルートであるこのベコ谷地の道には木道が設けられていないので、湿原の上を直に歩く。といっても、ここまでのぬかるみだらけの登山道より遥かに歩きやすく、単にフサフサとした草の上を歩いているような感覚であった。



ベコ谷地を抜け、ブナ林の緩やかな坂道を一気に下る。


 
【14:30 丸太橋】
澄川に架かる丸太橋を渡って対岸へ。


 
【14:32 登山道入口】
川を越えると、アスピーテラインの法面下にある広場に出た。道の入口には、ここからベコ谷地へ行けることを示す札が立てられている。幻想的な絶景のベコ谷地、極上の野湯である湯の沢…。進んだ者を夢の世界へ導く、桃源郷の入口だ。


 
【14:35 後生掛公共駐車場】
途中の休憩や入浴を含め、7時間30分でスタート地点の後生掛公共駐車場に無事帰還。誰もいなかった早朝とは違い、さすがにこの時間帯ともなると、駐車場を含めこの辺りには多くの観光客が訪れていた。沿道から眺める紅葉も素晴らしいが、そこから奥へ入り込んだ先には、歩いた者しか目にすることのできない絶景と快楽が待っている。
高低差は少なく、険しい箇所もあまりないが、懐の深い東北の山らしい美しさと魅力に溢れる、素晴らしい山域であった。

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コメント (4)
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