大隅地域で湯めぐりをした日は霧島市へ戻り、新川渓谷温泉郷のひとつである妙見温泉へ向かって、素泊まり専門のお宿「きらく温泉」で一晩お世話になりました。
●客室
客室は新館と旧館を選択できるのですが、今回は一晩を越すだけですので、リーズナブルな旧館の部屋をチョイスしました。大手宿泊予約サイトを通じて予約したのですが、一泊の料金はなんと3,000円未満。今回通されたお部屋は4畳半の和室で、いかにも湯治向きといった風情なのですが、古いながらもきちんと清掃されていますし、室内にはテレビ・ポット・ちゃぶ台などひと通りの物が揃っており、浴衣やタオルも用意されていますから、ビジネスホテル並みの居住性が確保されているといっても良いでしょう。しかもお宿の方はとても丁寧に案内してくださいました。親切な接客といい必要十分な設備・備品といい、金額をはるかに上回るホスピタリティに思わず感激しちゃいました。
旧館は湯治部と称されているように、館内のキッチンで自炊が可能です。私はレンタカーで移動しましたので、夕食は国分の市街地で摂りましたが、朝食はその晩に買っておいたコンビニの弁当を電子レンジで温めていただきました。
●内湯
旧館の1階には「うたせ大浴場」と名付けられた内湯がありますので、まずはこちらを利用してみることにしました。
旧館の玄関には昭和44年の古い分析書とともに、うたせ湯の様子を描いたイラスト看板が掲げられていました。色褪せているそのイラストで湯浴みしているのはみんな裸婦。昭和という時代を感じさせますね。
昔ながらの湯治宿風情というべきか、板の間の脱衣室は棚とベンチ、そして扇風機があるだけで、至って簡素。壁には宿の長い歴史がもたらしたヒビがたくさん走っており、くすんだシミも随所に見られました。
浴室もかなり年季が入っており、日中でも薄暗い室内は温泉成分の付着によってベージュ色や赤茶色が目立っていて、湯気とともに温泉由来の金気臭や土類臭が漂っていました。浴室の半分近くは浴槽が占めているのですが、窓側には浴室名にもなっている打たせ湯が設けられ、床にお湯が叩きつけられる音が湯気のこもった室内に木霊していました。
このお風呂で面白いのは、洗い場のカランの代わりに、温泉が注がれている長方形の槽が設置されていること。つまりここから手桶でお湯を汲んで掛け湯するわけです。県内ですと入来温泉の「柴垣湯(現在は湯之山館)」にも同じものがありますね。なおこの長方形の掛け湯槽は高いセッティングされているため、備え付けのスツールに腰掛けるといい感じです。
浴室出入口の一角には備え付けの桶や腰掛けと一緒に、ハエたたきが用意されていました。自然豊かな場所柄、そして炭酸ガスが比較的多い泉質ゆえ、夏にはアブが紛れ込んでくるのでしょうね。
浴槽はヨットの帆というか三徳包丁というか、緩やかな曲線と長方形をくっつけたような形状をしており、曲線部分がはじまる辺りで2分割されています。お湯は奥に位置する四角形の浴槽に注がれ、仕切りを通じて手前側の扇型の浴槽へ流れており、そして包丁の先端に当たる部分から床へオーバーフローしていました。このような流れになっていますから、必然的に四角形の浴槽の方が熱く、扇型の浴槽はそれより若干ぬるい湯加減となっているのですが、でもお湯の投入量が多く、絶え間なくお湯が流れているため、あくまで私の実感ですが、両者の間で湯加減の差は少なかったように感じられ、おおよそ42〜3℃で安定しているようでした。
石積みの湯口まわりは、カルシウムをメインとする温泉成分のこびりつきにより、サンゴ礁のようなトゲトゲやイボイボが密集しています。湯船に張られたお湯は山吹色を帯びた笹濁りで、お湯をテイスティングしますと赤錆系の金気感や甘みを伴う石膏系の土類感、焦げたような風味、そして弱い炭酸味が感じられました。そして湯中ではギシギシと引っかかる浴感があり、しばらく湯に浸かっていると、まるで布団に包まれているようなドッシリとした感覚に抱かれました。
床も石灰で分厚く覆われており、場所によって千枚田になっていたり、あるいは焼肉のセンマイを思わせるような状態になっていたりと、長年に及んでこびりついた温泉成分が室内で様々な模様を描いていました。
浴室内はおろか玄関先まで音を轟かせている打たせ湯。壁の高いところから温泉の太い流れが勢い良く落とされています。当然ながらその周辺には温泉が広範囲にわたって飛び散るのですが、飛沫が湯船へ飛ぶのを防ぐ石積みの壁にも、トゲトゲでびっしり覆われていました。
お風呂はこの内湯のみならず露天風呂も利用できるのですが、この内湯から離れたところにあるため、露天風呂に関しては次回記事にて取り上げさせていただきます。
後編に続く
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