(上)日本経済新聞出版社・発行「東山魁夷アートカレンダー(2013年版・小型判)」より
絶筆とされている作品。「夕星」 平成11年(1999)、麻布彩色・額装。66×100cm。長野県信濃美術館・東山魁夷館:蔵。
これは何処の風景と云うものではない。そして誰も知らない場所で、実は私も行ったことが無い。つまり私が夢の中で見た風景である。私は今迄ずいぶん多くの国々を旅し、写生をしてきた。しかし、或る晩に見た夢の中の、この風景がなぜか忘れられない。たぶん、もう旅に出ることは無理な我が身には、ここが最後の憩いの場になるのではとの感を胸に秘めながら筆を進めている。(講談社発行、東山魁夷著「心の風景を巡る旅」(2008年)から)
2012年10月18日(木)、一関市立渋民公民館主催の文学講座移動研修で、仙台文学館と宮城県美術館を見学しました。
この研修旅行には、文学講座受講生のほか宮城県美術館で開催中(9/22~11/11)の特別展「東山魁夷展」を見たいと、美術愛好家の人達も数名参加しました。バスの中でその一人から 次のような話がありました。
東山魁夷(ひがしやま・かいい)の「夕星」を、NHK-TVの「日曜美術館」という番組の中で、女子アナウンサーが「ゆうぼし」と話していたので、それは間違いであり「ゆうずつ」あるいは「ゆうづつ」が正しいと指摘する手紙をNHKの番組宛に出したが、NHKからは”この作品を収蔵している長野県信濃美術館・東山魁夷館に問い合わせたが、「ゆうぼし」で間違いないという返事だった。”と知らせてきたという。
昔から「夕星」は「ゆふずつ」「ゆうずつ」あるいは「ゆうづつ」であり、「ゆうぼし」などと呼んだことは無かったので、納得できずにいたところ、8月になってNHK-TVの「日曜美術館」(再放送)でまたもや「ゆうぼし」と話していたので、再度間違いを指摘する手紙を書いて出したところであり、今度こそ訂正を期待しているという主旨でした。
この日見た宮城県美術館の特別展「東山魁夷展」には出展されていませんでしたが、「夕星」にカナはふられていないようです。
(上と下)平凡社発行「別冊太陽・東山魁夷」(2008年2月21日)の96ページに「心のふるさと~信州と東山魁夷」と題した松本猛(まつもと・たけし)/長野県信濃美術館。東山魁夷館:館長)の文章が載っており、ご丁寧にも”~絶筆となった≪夕星(ゆうぼし)≫はパリ郊外の公園に取材したものだが、墓から後ろの山を仰ぐと、この絵とそっくりな風景が見える。~」と振り仮名をつけています。これが間違いの起源ではないかと思われます。
「夕星」は「ゆうつづ」「ゆうずつ」が正しい。!!
広辞苑 ゆうつづ(ゆふつづ)→ 夕星・長庚 万葉集(10)「夕星も通ふ天道を」。日葡辞書「ユウツヅ」。ゆうぼし は無い。
http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/224471/m0u/ [ゆうつづ]
http://star.ap.teacup.com/regulus61/ [夕星(ゆうづつ)]
http://www.takaoka-st.jp/index.php?id=6089 [高岡万葉まつり「夕星(ゆふづつ)]
http://blog.goo.ne.jp/mulligan3i/e/9ff6b846278e55a02e7ee7f05e429595 [季節の変化:東山魁夷の「自然は心の鏡」]
(上)このポスターは、東京国立近代美術館蔵の「青響」(1960)。