昨日の朝刊を読んで、ちょっと、というか、かなりビックリした。
沢木耕太郎さんが、藤圭子さんへのインタビューで構成した長編ノンフィクション「流星ひとつ」を急遽出版することになったという記事がのっていた。
藤圭子さんが、私と同じ年齢だったというのは、今夏亡くなった時に知った。
この夏は、私たち同世代の人が集まると、その話題が出ることが多く、たいていの人は、藤圭子さんは自分たちより年上じゃないかと思っていた。
私たちがワーキャー騒いで、青春まっただ中にいた頃、藤圭子さんは、あの有名な「15,16,17と私の人生暗かった・・」という歌を歌っていたわけだ。
またその話しをした時に意外だったのは、同世代男性は、藤圭子さんの熱烈なファンだったというのだ。
青春まっただ中の頃、私は演歌というのは、自分とはあまりにかけ離れた世界だと思っていた。
今は、この歳になると、けっこう演歌もいいと思うのだけど。
沢木さんのノンフィクションは、すごく好きで、映画評も好きだというのは、何度かこのブログにも書いたことがある。
でも、沢木さんの取材は長くかかるのは有名な話しで、今回はずいぶん早いと思ったけど、その理由は、34年も前にこの原稿を書いていたからである。
藤圭子さん29歳、沢木耕太郎さんが34歳の時に、1年かけてインタビューをしたという。
その後、原稿はできあがったのに、出版をしなかったのは、引退する藤圭子を利用しただけではないかと思って、とりやめたという。
私も本を書いているので、一冊の本を書き上げるまでに、どれほどエネルギーと時間を注ぐか、少しはわかる。
それでもボツになることがあって、立ち直るのに時間がかかるが、ボツにもならないのに、自分でとりやめるって、すごいプロとしかいいようがない。
というか、沢木耕太郎さんのような人でも、ただ書いて、出版を見送る原稿があるんだと知って、それにはとても驚いた。
けれど、34年ぶりにその原稿は日の目を見る。
いったい、どんな風に34年前の藤圭子さんが、沢木耕太郎さん自身が、描かれているのだろう。
沢木耕太郎さんが、藤圭子さんへのインタビューで構成した長編ノンフィクション「流星ひとつ」を急遽出版することになったという記事がのっていた。
藤圭子さんが、私と同じ年齢だったというのは、今夏亡くなった時に知った。
この夏は、私たち同世代の人が集まると、その話題が出ることが多く、たいていの人は、藤圭子さんは自分たちより年上じゃないかと思っていた。
私たちがワーキャー騒いで、青春まっただ中にいた頃、藤圭子さんは、あの有名な「15,16,17と私の人生暗かった・・」という歌を歌っていたわけだ。
またその話しをした時に意外だったのは、同世代男性は、藤圭子さんの熱烈なファンだったというのだ。
青春まっただ中の頃、私は演歌というのは、自分とはあまりにかけ離れた世界だと思っていた。
今は、この歳になると、けっこう演歌もいいと思うのだけど。
沢木さんのノンフィクションは、すごく好きで、映画評も好きだというのは、何度かこのブログにも書いたことがある。
でも、沢木さんの取材は長くかかるのは有名な話しで、今回はずいぶん早いと思ったけど、その理由は、34年も前にこの原稿を書いていたからである。
藤圭子さん29歳、沢木耕太郎さんが34歳の時に、1年かけてインタビューをしたという。
その後、原稿はできあがったのに、出版をしなかったのは、引退する藤圭子を利用しただけではないかと思って、とりやめたという。
私も本を書いているので、一冊の本を書き上げるまでに、どれほどエネルギーと時間を注ぐか、少しはわかる。
それでもボツになることがあって、立ち直るのに時間がかかるが、ボツにもならないのに、自分でとりやめるって、すごいプロとしかいいようがない。
というか、沢木耕太郎さんのような人でも、ただ書いて、出版を見送る原稿があるんだと知って、それにはとても驚いた。
けれど、34年ぶりにその原稿は日の目を見る。
いったい、どんな風に34年前の藤圭子さんが、沢木耕太郎さん自身が、描かれているのだろう。