さきち・のひとり旅

旅行記、旅のフォト、つれづれなるままのらくがきなどを掲載します。 古今東西どこへでも、さきち・の気ままなぶらり旅。

鹿児島 街めぐり

2014年03月03日 | 九州シリーズ



この日は鹿児島の街を一日散策です。まず最初に向かったのはこちら、城山公園の
展望台です。山の上にあるので、まずバスで登ったわけ^^ 

残念ながら桜島は雲がかかっています。。。



乗ったバスはこちらの「まち巡りバス」。安いし、主だった観光スポットを回ってくれる
ので大変便利。しかし「せごどん号」???

あ~、西郷どん → せごどん ね。。。

また別のやつは「あっちゃん号」という名前。

 ???  あ~~、篤姫 → あっちゃんね…(^益^;

こちらのバス、「一日券」がありました。中国人の観光客が、間違って違うバスの
一日券で乗ってしまいました。乗るときにその注意があったのですが、アナウンスが
わからず、降りるときに指摘されたのです。そしたらバスの運転手さん、「今回は
けっこうですよ。次に気をつけて下さいね~」と身振りを交えて許しておりました。
う~ん、日本ならでは(^益^)w



この日は陽が射したり曇ったり。桜島の全景は見えるのだろうか?



桜島を往復するフェリーが見えています。今回の滞在は短いので、桜島に行くのは
またの機会に…。



公園内を展望台から歩いて降りました。自然豊かないい散歩道でしたが、歩いている
人はほとんどいません。真冬だしね^^



薩摩義士の碑がありました。

こちらの河川では洪水が続き、幕府は治水事業を命じたそうです。その意図の裏
には、強くなりすぎる藩の財政を苦しめる目的もあったようです。参勤交代みたいな?

ひどいよねェ。幕府は厳しく「すぐやれ!」と命令して、やってきた監督は横暴だった
そうです。薩摩藩は大坂の商人に莫大な借金をして頑張ったのですが、せっかく
できてきたのが梅雨の増水でまた壊れてしまったり、過労で死ぬものが続出したり、
幕府からは妨害工作まであったらしく、抗議のために切腹した者も多数だったとか。
最後にゃ総奉行も責任をとって切腹w やーねーハラキリ~~www

こうやって死んでしまったたくさんの義士たちは、幕府に遠慮してあまり大っぴらに
讃えることができませんでしたが、大正時代になってやっとこの慰霊碑が建てられた
そうです。悔し涙にくれて腹切って、ほうっておかれちゃ化けて出てきそうだよねえ^^;



すぐ近くには天璋院篤姫の銅像が。大河ドラマとはだいぶ違うような(^益^;



街中に歩いてくると、せごどんが。顔がデカイ~~w

上野の山にあるのを見慣れているから、これもちょっとなぁ~w(゜゜)w



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