「琳派と秋の彩り展(その1)」をアップしてからもう2週間以上たってしまった。その2にようやく着手してみた。
酒井抱一の作品をその1では取り上げた。抱一に先行する俵屋宗達の作品もあったが、どうももう一つわからなかった。機会があればわからないということも含めて取り上げる機会を作ってみたい。
江戸時代の作者で惹かれたのが、まずは尾形乾山。云わずと知れた尾形光琳の弟である。陶工として有名であるが、絵画もいい。今回は2点あり「定家詠十二ヶ月和歌花鳥図(二月)」(1743)と「松梅図」(1740)。いづれも山種美術館蔵ではないのでスキャナーで取り込んでの掲示は出来ないそうなので、前者の画像をネットで得たものを掲示する。
私が気に入ったのは、どちらも書のほうである。余白に和歌がかかれている。展示の横の注釈がないと何が書いてるあるかわからないのだが、それでも字の美しさに脱帽である。字の大きさも揃い、素人目にも美しく整っている。ふたつの作品を比べると字体が違う。しかし絵とのバランスや、絵として描かれた桜や梅の雰囲気の違いを字体の違いで表しているようにも感じた。
そして今回の展示のもうひとつの目玉の作品と思われるものが、鈴木其一である。展示されているのは4点である。伊勢物語に基づく絵画とここに掲げた「牡丹図」(山種美術館蔵)である。図録にある「四季花鳥図」(山種美術館蔵)は残念ながら展示されていない。
「牡丹図」は明治以降の牡丹の絵におおきな先例となるような作品だと昔から思っている。お手本のような絵である点がかえって鈴木其一の名を落としているように感じる。この作品、解説にも取り上げていたが、根元にあるタンポポが見どころでもある。牡丹の絵と云うと大きく牡丹だけが描かれるが、タンポポとの取り合わせが意表をつく。
鈴木其一というと「夏秋渓流図」「朝顔図」が有名だが、この2点以外にもいくつか小品を見る機会を得た。私は、明確で鮮明な色彩や形体、ことに緑色の美しいグラデーションを思い出す。
「牡丹図」は初めて見るが、背景の金や黄色に紛れて見づらいと最初は思った。牡丹の花の雄蕊の黄色が、花の赤や白に囲まれて印象が強いものの、低い地面で背景のの色に直に接する蒲公英の黄色は随分控え目に感じる。しかしとても記憶に残る。この目立たないが印象に残る秘密が何なのか今でもわからない。
図録で見ると「四季花鳥図」ではひまわりの黄色の花弁、小菊の黄色、蒲公英の黄色もまた印象的なようである。こちらも実物を見て印象的な黄色の使い方を見たかった。
今回明治以降の日本画家が琳派をどのように継承しようとしたか、に力点を置いた展示がされている。さまざまな画家のさまざまな場面に琳派を意識した作品がある。それを体感しただけでも大きな収穫があったが、その中でも菱田春草の最晩年の「月四題」(1909-10)(山種美術館蔵)が印象的であった。春草の死の前年に出来上がっている。この作品は昨年国立近代美術館で開催された「菱田春草展」では展示されていなかった。
たらし込み技法を多用した、この技法のお手本のような作品である。淡い濃淡に満月の柔らかく白い光が画面全体を覆っている。いづれも左上から右下に斜めに画面を区切る構図で統一している。
墨絵・水墨画の範疇のようであるが、「春」には胡粉のような白い色が使われている。しかし全体の印象は、色彩を大いに感じる4点でもある。殊に秋の葡萄の実と葉、夏の柳の細い葉と雲の切れ間に見える空、ともに人の気持ちに深く入り込むような深い色合いが込められている、と思った。
抱一や其一の鮮明でくっきりした色彩と、たらしこみによる淡い微妙な感覚、琳派の不思議な両側面である。
《なお、コメントでご指摘のあった「牡丹図」(鈴木其一)の「茎が2本で3種の花」の不思議については今後勉強してみます。》
なお、尾形乾山の作品を覗いて掲げた作品はすべて山種美術館蔵で、図録より取り込んだ。