世界の最初の一日
長田 弘
水があった。
大いなる水の上に
空のひろがりがあった。
空の下、水の上で、
日の光がわらっていた。
子どもたちのような
わらい声iが、漣のように、
きらめきながら、
水の上を渡ってゆく。
風が追いかけていった。
樹があった。
樹の下には蔭が、
蔭の中には静けさがあった。
(世界がつくられた)
最初の一日の光景は、
きっとこんなふうだったのだ。
人ひとりいない風景は、
息をのむようにうつくしい。
どうして、わたしたちは
騒々しくしか生きられないか?
世界のうつくしさは、
たぶん悲哀でできている。
長田弘の詩集「人はかつて樹だった」より。
美しい世界の根元には、束ねることはできない一人ひとりの無念と心の奥底に堆積させた悲哀が積み重なっている。それらは、その他大勢、とは決して括ることのできない。