この本、ずいぶん昔に購入した。1980年の第15版となっているので、今から42年前の発刊である。どういう経緯で購入したか全く記憶にない。
日経新聞の「私の履歴書」に掲載された坂本繁二郎の口述筆記である。それに河北倫明が坂本の画論を集めて解説したものを併せてある。
私が一番興味を持って読んだのは、始めのほうの青木繁と坂本繁二郎の関係、あるいは青木繁をどう見ていたのか、という点に尽きる。
「(青木の代表作「海の幸」について)年に一、二度あるかなしやの大漁とかで船十余隻が帰りつくや浜辺は老いも若きも女も子どもも、豊漁の喜びに叫び合い‥。私はスケッチも忘れただ見とれるだけの数時間でした。夜、青木にその光景を伝えますと、青木の目は異様に輝き、そこに「海の幸」の構想をまとめたのでしょう。‥青木独特の集中力、はなやかな虚構の才には改めて驚かされましたが、あの「海の幸」は絵としていかに興味をそそるものとしても、真実ではありません。大漁陸揚げの光景は、青木君は全く見ていないはずです。現実に情景がまるで異なり、人は浜も海も実家とは違っています。彼は私の話を聞き空想で書いたのです。‥どこまでも写実、あるくでも写実を突き詰めていくうちに内的に純化され、心に投影される真実を描くのが、絵ではないのか、‥青木のやり方は真剣に考えねばならない背反する創作態度でもあったのです。‥青木繁の絵は、発送の根源が文学です。自然に立ち向かっていくのを意識的か無意識的にか避け、写実を空想に代え、自らの絵を弱くしてしまったと思うのです。「海の幸」や「わだつみいろこの宮」は空想的な構成に走っています。幻想は幻想でいいのですが、幻想を追ううちに夢ばかりが先行し、必然的に出てくる心の矛盾の解決に窮してしまう。青木ほどの色彩感覚と写実力は、その後もお目にかからないぐらいなのにいまもって惜しまれるのです。」
このように「尊敬と批判の交錯した」評を述べている。
この文章に坂本繁二郎の画論の集大成もあるように思う。