メランコリア

メランコリアの国にようこそ。
ここにあるのはわたしの心象スケッチです。

遠い日の呼び声 WESTALL COLLECTION ウェストール短編集 ロバート・ウェストール/作 徳間書店

2021-06-20 12:41:16 | 
「作家別」カテゴリー内「ロバート・ウェストール」に追加します


『真夜中の電話』と同時に発行された

ここでも、一見なんてことない日常生活の描写に
じわじわと恐怖心が沸き上がるウェストールならではの手法が効いていて
数行目からすでにその世界にハマってしまう
読み応えのある短編ばかり

でも、短編てどんなに素晴らしくても
長編に比べるとストーリーを忘れてしまいがち

せっかく読んだのにもったいないと思うけど
これも一種の体験で、無意識化には影響を及ぼしているんだろうとは思う

なので一応メモる



【内容抜粋メモ】

アドルフ
なんでも知りたがり屋のビリー

近所のシムズスーパーに行く途中で見知らぬ男性に呼び止められて
50ポンド紙幣(約1万2000円)を渡され、買い物を頼まれる

(彼が父と一緒に見るのを楽しみにしているTVドラマ『トレジャー・ハント』って気になる

シムズ:アドルフじいさんは変わり者だ

家に呼ばれて入ると猫などさまざまな動物がいる
アドルフはイギリス人が心底嫌いらしい

アドルフが描いた絵に惹き寄せられる
クロムバラの景色が陰鬱に描かれている
若い頃画家になりたかったが、父に役人になれと言われて諦めた

週に3回買い物をしてくれれば、1回50ペンス払うという約束を交わす

そのたびに新しく描いた絵を見せてくれる
クロムバラの職業紹介所の前に高級車が停まっている絵

アドルフ:
失業者の気持ちはよく分かる 私もかつてはそうだった
その日暮らしの人間が、明日のことなど考えると思うかね?
果てしない重労働から解放して楽しく生きられるようにしてやりたい

ビリー:イギリスはそこまで酷くない

アドルフ:親が金に困っていないからだ

ビリーの父はテレビの修理をして、母は学校の食堂で働いている
けっこういい車に乗り、毎年2週間、スペインなどで休暇を過ごす
ビリーは将来、自動車メーカーに就職するつもりだ

アドルフは年金で暮らす老人にしては暮らし向きがよかった

彼のことは父に話さなかった
父は政党に関係なく議員を「大ぼら吹き」と決めて投票に行ったためしがない

アドルフは世界の出来事に強い関心を持っていた

彼が1枚だけ話題にしたがらない絵があった
旧式の客車が森の中に停まっている奇妙な絵

アドルフ:この世でもっとも邪悪な場所だ

「真実をとらえた」と言って見せてくれた絵は
パレスチナの子どもたちが大勢ズダズタに殺されている絵

アドルフ:
やったのはユダヤ人だ
第二次世界大戦で散々な目に遭って学んだのだ
警告もなしに、パレスチナ地域に侵攻した
今度は自分たちが神に選ばれた支配民族になるつもりだ

ビリー:イギリス人はこんな残酷なことはしない

アドルフ:
遠い所で悪さをしている ドレスデンがいい例だ
君の国の立派な空軍が歴史ある街を粉砕した
スターリンを喜ばせるためだけに

それきりアドルフの家に行かず、歴史の先生に聞いてみると
ちゃんと答えてくれない

図書館の本には、ドレスデンは戦略上で重要な鉄道の中枢で
ソ連軍のドイツへの進撃を支援するものだった、とだけ
これじゃ何も伝わらない

ある本に書かれていることが嘘だと分かったら
他の本もすべて嘘じゃないかと疑うようになる

GCSE(中等教育修了試験)に向けてたくさん本を読んだのに・・・

先生:
君自身が判断するしかないんだよ
第二次世界大戦はGCSEには出ない
君は試験に合格しなきゃならない 将来の進路のために

ビリーはヒトラーの著書『わが闘争』がないか司書に聞くと
「まさか国民戦線(イギリスの極右政党)に入るつもりじゃないだろうね」と変な目で見た

この町は左翼的な人々が多いと気づくべきだった

公立図書館にも本はなく、リクエストカードに書いて渡すと館長が来た
「出ていきなさい さもないと警察を呼ぶぞ」

汚い古本屋に行くと1冊17ポンドと言われる
小遣いは21ポンドしかない
読み終えたら10ポンドで買い取ってもらう約束をして手に入れる

本には訳者による深い敬意が込められた前書きがある
内容は、小さい頃画家になりたくて、父から役人になれと言われたこと
貧しい人々のことなど、近所のアドルフそっくりで驚く

ナチの戦争犯罪人がブラジルなどに潜伏しているなどの噂を聞いたことがあるが
ベルリンの地下壕で自殺したヒトラーがイギリスにいるなんてあり得るだろうか?

クラスメイトのギャズに話すと、あっという間に街中に広まる
ギャズ:ヒトラーは戦前、リバプールに住んでいたことがあるんだ

その日からアドルフさんの家に鉤十字(ナチスのシンボル)が書かれた
スプレーで「戦争犯罪人」とも書かれた
ビールを持ったごろつきが叫んだりしていた

父:
ハリントン(労働党の極端に左翼的な議員)はとうとうイカレちまった
元ナチの幹部が近所に偽名で住んでいるんだとさ

ビリーはたまらず父に話す

父:
お前、ハリントンより頭がイカレてるぞ
ヒトラーは1945年に死んだ時、50代半ばだから
仮に生きていても100歳くらいだ
早く手を打たないと最悪のことが起きかねない
その家に行って謝るんだ

2人が行くと、家の前にいた大勢のスキンヘッドが火炎瓶を投げて
家は火の海になった

アドルフ:私がヒトラーだとして、お前らは私よりましな人間なのか?

翌日の新聞の記事には、アドルフは元ポーランド空軍准尉で
ドレスデン爆撃のランカスター爆撃機を操縦し
帰還した功績で章を授与され
英独友好協会を設立し、子どもたちの研修旅行を実現した、とある


シムズ:
あのじいさんはまともじゃなかった
ヴェルサイユ条約のこともしょっちゅう話していた
フォンテーヌブローの森の客車で調印された条約が不利で
第二次世界大戦の火種になったと言っていた

あの本にとりつかれたみたいだった


家に棲むもの
海岸沿いの家で一人暮らしをしている老女
何年もベッドで眠らず、窓のそばの揺り椅子で眠る

弁護士に連絡し遺言を残した
全財産を姪に遺す
条件は、一人で住むこと


弁護士:
あなたは遺書を拒むこともできる
あなたが条件を守るか、ある程度監視する必要がある
大おばさまはなんだか消えかけている気がした
その後、揺り椅子で息絶えていた
死因は栄養失調ではなく、検視官は特定できなかった

サリーが家に入ると、図書室にはH.G.ウェルズ(!)などびっしり本が詰まっている
1人で一体何をしていたのだろう

家の状態は悪くない 素晴らしい家具も揃っている
屋根裏には納戸があり、見た途端不安になり逃げ出したくなった

屋根裏部屋の<あれ>は、幽霊の衰弱したようなもの
人間に寄生する 孤独で望みを失った女性だけ

眠っている間に心を守る殻を食べる
宿主を殺しはしないが、ひどく腹を空かせていた

サリーは体を動かす気になれない
庭に猫が現れ、雹が降り出したため家に入れてあげる

キッチンにひき肉がそのままにしてあり
腹を空かせた野良猫はむさぼり食べる

ボスと呼ぶと膝に乗る
夏はどのホテルのゴミバケツも残飯であふれているが
冬はどうしているのか

2人は共生する植物のようにくっついて眠った

ボスには見えないはずのそいつの姿が見えてただ憎んだ
そいつはボスを操ることはできない

サリーの心の外側を食べはじめると
悪夢から目覚めて、あれは消えた
その夜、あれは3度襲ったが、ボスがいたせいで失敗した

ボスは外に出てしまう

隣りの家に住む男性マイクは母と2人暮らし

サリーはひき肉を入れた皿を窓に置いた

ボスはひき肉の味が忘れられず
妊娠している雌の三毛猫を連れて戻る

“あれ”はサリーの子ども時代のぬくもりの記憶を食べていた
起きたサリーは何か大事なものが盗まれたと分かった

ボスは白黒のぶちも連れてきて4匹になる
4匹は狩りに出る雌ライオンのように屋根裏部屋に行く
サリーはあれを狩るつもりなのだと分かる

猫はあらゆる匂いを嗅いで、不思議な言葉で会話する
屋根裏部屋からひどい冷気が漂ってきた
天井を見る4匹(よく猫が何もない所を凝視してるってこういうこと?!

マイクはサリーの悲鳴を聞いて心配して来る
コーヒーに誘い、猫の話をすると

マイク:
えさをやると居つくよ
RSPCA(動物虐待防止協会)に連絡しようか?

マイクはたびたび来るようになる

子猫たちはぐんぐん大きくなった
猫がいればあれは何もしてこなかった

あれはマイクの鈍感な魂や太い声にも苦しめられた
サリーはマイクを夕食に誘い
そこに出すはずのステーキをボスに持っていかれる

その後、マイクと大ゲンカした
あの人とこの先40年暮らせる?
あんな男いらない 1人のほうがいい


ボスはステーキをくわえていると
街中の猫に狙われて、サリーの家に避難する
家には20匹ほどの猫が来た

あれはサリーから離れて屋根裏部屋に逃げ込もうとした
マイクも心配して家に来た

あれはその時初めて、餌食になるのはどんな気持ちか悟り
存在し続ける気力を失って消えた


ヘンリー・マールバラ
ジラはジェフリーとの結婚式の日、必死に明るく振る舞うが
本当は結婚したくないことをみんな知っているのではないかと思う

「お幸せにね!」という言葉すら、過去に何度も傷ついたことのある人の声に聞こえる
なぜ私の気持ちが読めるの?

ロンドンで自分にアパートを持つこと
海外で働くこともすべてかなわぬ夢
自分の力で成し遂げて注目されるなんてもうあり得ない

教会の蕎麦の墓碑銘が目に留まった

「ヘンリー・マールバラ
 やもめとして死す
 砂の上に家を築いた」


なんて酷い言葉

ジェフリーもジラも過干渉な家族から逃れたいと思っていた
夫を理想通りに変えて、マイルズビーから逃げ出そうと決めた

だが、彼は父の経営する不動産会社の共同経営者になった
ジェフリー:年収3000ポンドの仕事を棒に振るなんて勘弁してくれよ

彼の実家も自身もお金は腐るほど持っていた
結婚前に家を見て回ったが、ジラは絶対反対した

ジェフリーの友だち連中が来て、酒を飲むところを想像しただけでウンザリだ
貸家でも家族や友だちは訪ねてきたが

しばらくしてこの家を買い取ろうとジェフリーが言った時
ジラの中のトラが解き放たれた

ジラは子どもができるまでは父の法律事務所で働いていていいと言われた
父親の言う通りにしていれば怒鳴られない
ジラはどこにも居場所がないと感じていた


ランチを持って、時々教会の墓地に来て
改めてヘンリーの墓碑銘を読んだ

「若くしてやもめとなり、5人の子どもを育てた」

なんて気の毒な人!
ジラは長いこと泣いた

ある日、新聞に家財競売の告知を見つけた
ジェフリーに話すと父にも伝わり、ことごとくけなされた
ジラはジェフリーが死ねばいいのにと思った

いざ行くと競りはすごいエネルギーで驚く
椅子1つが200ポンドもする

木製の古い揺り椅子が出た時、ヘンリーが座っていてもおかしくないと思い
どんどん値が吊り上がっても踏ん張り、ジェフリーは会場を出て行った
椅子は300ポンドで落札した

1690年頃のチェストにZSとイニシャルがある
ジラの旧姓と同じだ
全財産の1/4で落札した

家具が届くと、どの部屋にもしっくりこない
ふと2階の納戸を思い出して運び入れると
「よく来たね」と言ったような気がした

揺り椅子に間違いなく誰かがいる気配を感じた
納戸に鍵をかけて、下着の下に隠した

やがてジラは自分の気持ちをその人に語った
「世の中に向かって語るんだ」

なにかに突き動かされたようにタイプライターを打ち
読み返すとなかなか上手く書けている

地元の新聞社に送り、名前が知られすぎているため
ヘンリー・マールバラと署名した

記事は翌週、地元紙に載った
2日後、編集者から手紙が来て、ぜひまた原稿を送ってくださいとある
これでお金を稼げたら嬉しいが、口座に振り込むにはウソをつかなければならない

マイルズという編集者に会い、ソールズベリー議員の娘と分かると驚く
父には絶対知られたくないと話すと受け入れられた

記事のアイデアはどんどん沸いて来た
300年にわたって町にあるジョージ朝様式の宿屋が
壊されそうになっているという記事も書いた

毎週1本ずつコラムを書くようになる
ジラはなによりスマイルズビーの古い町並みが好きだった
ひまがあれば町を歩いてジョージ朝時代のものを探した

月に1度、2人の両親が夕食に来る土曜日は恐怖だった
4人の親が自分を牢に閉じ込めている気がした
これは政略結婚と言ってもいい

ブルックリン通りの11番地から27番地までをまとめて買い占めて
スーパーマーケットを建てる計画を話している

ジラはブルックリン通りを歩いてみると確かに荒廃している
作業員は笑いながら屋根瓦をハンマーで壊していた

激しい怒りと憎しみで原稿を書いて送ると

マイルズ:
これまで最高の出来だが、うちの新聞社では出せない
でも原稿は使わせてもらう

まずは「ブルックリン通りの心を痛める年金生活者」という手紙が載った
歴史的重要性を力説する専門家の手紙も載った

マイルズら記者が書いたもので、全国紙『ガーディアン』にも掲載され
『スマイルズビーの文化遺産』についての依頼が来て、ジラが任される

冬の休暇にスキー旅行に出かけるから納戸の鍵を出せと言われて見せると
かなりのモノが増えていた

ジェフリー:なんだ、これは 古道具屋みたいだ
ジラ:ここは私の部屋よ

4人の親は子どもを思い通りにするのに慣れっこになっていた

父:
そろそろ孫の顔を見せてくれ
お前ももう仕事は辞めなさい

とびきりの冗談のように言った

ライバルの法律事務所に移るとウソをつき
昇給と自分用のオフィスを持つ条件で仕事を続ける交渉をする

父親が簡単に言い負かされたのはショックだった
自分の人生にぽっかり穴があいた気さえした

古い資料室で原稿を書き、個人宅で行われる競売にも足を運び
オフィス、教会の墓地、納戸の3か所に居心地のいい場所が出来た

ジェフリー:
子どもはまだかってうちの親がうるさいんだ
君ももうじき27だし・・・

ジェフリーはけして悪い人間ではない
ジラと同じ牢獄に閉じ込められているだけだ

ジラ:
いいわ 気に入る家が見つかったら
あなたのご両親に孫をプレゼントしてあげる

その後4週間、ジラの毒舌で不動産屋は滅多切りにされた
最後に紹介された17世紀の終わり頃に建てられた家が気に入るジラ
どこかにヘンリー・マールバラの痕跡を探してここに決めた

ついに妊娠すると、ジラは義務を果たしてホッとして
ジェフリーもプライドが満たされ、2人は別々の寝室で寝た

ある日、ジラは小説を書こうと思い立つ
子どもが産まれれば頭が混乱してしまう
今が最後のチャンスだ

書きだしたが昔のスマイルズビーのことなど何も知らないことに気づき
マイルズの紹介でこの町の歴史に詳しいコリンに会い
膨大な知識を教えてもらう

ヘンリー・マールバラについても調べると、醸造業者で30歳で結婚したと分かる
とりつかれたように原稿を書き、親を夕食に招いたり
ジェフリーの友人に夕食を出すのも止めた

原稿を書き終えて下腹部に鋭い痛みが走った

出産して、赤ん坊と3週間過ごした頃
出版社から返事が来た

「今の売れ筋と違うが、大幅にカットすれば、賭けてみたい
 印税のうち1500ポンドをお支払いします」

赤ん坊の名前をヘンリーにすると言うと
時代遅れのバカみたいな名前だと4人の親に反対された

ティモシー・ジョージに決まりそうになり
洗礼式で最後にヘンリーをつけて叫んだ
これでジェフリーとの仲も完全に終わった

ジェフリー:
これからは僕の言う通りにして欲しい
それが嫌なら荷物をまとめて出て行く
(何様???

ジラはホッとしていた

小説の主人公をヘンリー・マールバラにした
ここにいるのは彼と自分と赤ん坊のヘンリーだけ

ジラはテレビドラマ化の権利を4000ポンドで売った
放送開始に合わせて発行した本は20万部も売れ、その金で家を買い取った

ヘンリーの結婚までを描いた2作目を送ると
ささやかなお礼のパーティーを開いた

新車でドライヴに出かけた時すべてが変わった

リトビー邸宅ホテルのレストランで案内板が目に留まり
マールバラ・バーとある
1枚の壁画の男はでっぷり太り、半裸の女が足元にはべっている

支配人:
そちらはヘンリー・マールバラ卿です
年をとっても女性に目がなかったそうで いやらしい笑いを浮かべた

コリン:
僕も知ってはいたけど、君があまり夢中でヒーローだと思っていたから・・・
ヘンリーは酒と女遊びのせいですべてなくしたんだ
当時はナイトの爵位を買うことが出来た

ジラ:それで“砂の上に家を築いた”ということなのね

この家にはもともと幽霊などいなかったのでは?
幽霊より怖いのは誰もいないということだ

ジラ:私は空っぽの人間よ

コリン:空っぽの人間は高く昇りすぎて、落ちるのが怖いから身動きできない

私は死ぬまで空っぽのままだろう
正気を失いそうになり、午前1時にノックが聞こえた
なんであれ、ノックしているものに自分をさし出そう

内気なコリンが心配して入ってきて
ジラは招き入れた


赤い館の時計
僕は精神的にも貧しい家に産まれた

母は校長の娘で、自分より身分の低い男と結婚した
農場に雇われていた父の見た目に惹かれて

学校で本を借りて持ち帰ると、すぐに窓の外に捨てられた
学校は農場労働者の子どもがお屋敷に出る前に読み書きを覚えるだけの場所だった

父はなぜか古物商のティップにだけは心を許していた
2人とも第一次世界大戦に出征し話が合った

ティップの主な仕事は、亡くなった人の持ち物を競売にかけること
人情味のある冗談で場を和ませ、村中の人に好かれていた

葬儀の後、家に入ると、その人が生きていた時間に入るような気がした
ティップ:誰の心の秘密も暴かれるものさ

故人の物で売れそうにないのは僕にくれた
僕は修理が好きで得意でもあるのを父も分かってくれた

ティップの店のウインドウに飾られた古い目覚まし時計も譲ってくれて
新品同様に生まれ変わり、2シリングで売れた

当時はアンティークなんて言葉はなく
今考えると泣きたくなる値段だ

14歳で学校をやめ、ティップが農場と同じ給料で僕を雇ってくれた
それから古物商の嫌な面も見た

カナダやオーストラリアに移住する人たちの物を競売にかけるのは嫌じゃない
だけど破産した家は、持ち物すべてを失って悲惨だった

原因は1つ マクリントックという村一番の嫌われ者の金貸し
金に困った村人が、金を借りると、高い利子がかさみ食われてしまう
そいつはうちの隣りに住んでいた

赤い館の人たちが窮地に立たされているという噂が出た
足の悪いグウェンドリン嬢の治療費がかさんだせいだ

主人の少佐は名士と呼ぶにふさわしい人で英雄みたいな存在だった
グウェンドリン嬢にも憧れていた

グウェンドリン嬢の葬儀に参列し、その後、少佐は首を吊って亡くなった
マクリントックに最後の1ペニーまでしぼりとられたと書かれた遺書があった

ティップと屋敷に行くと見たこともない見事な時計があった
針が動かなくなって久しいようだ

動かすとトランペット吹き人形が出てきて
そのメロディーは少佐がいつも口笛で吹いていた曲だった

その夜少佐が夢に出てきた

少佐:
わしの時計を修理してくれないか
やり残したことが1つあるんだ

時間をかけてようやく直したが、競売の前の日に
マクリントックが買ってしまった

隣りの家で15分おきに時計が鳴る音がして
その後ガシャンと音がして静かになった

ゴミに出されている少佐の時計を見ると
思ったほどひどい状態ではなく、また直した
時計が動けば、少佐とグウェンドリン嬢も生き続ける

時計をショーウインドーに飾った2日後
マクリントックが来てティップと激しく言い争った

ティップ:お前なんかに売るもんか
マクリントック:500出す

ティップはこの世で一番の善人だが商売人でもある

マクリントックは時計を叩き壊した上に燃やそうとした
その時、急に雨が激しく降り出した

僕は炎をたたき消して時計を救い
止む無く町の時計職人に頼み直してもらった

時を告げる音がすると
マクリントックは家に来て時計を返せとわめいた

父:今度はあの時計にいくら出す?

マクリントック:呪われろ!

この世はなんて無情かと思った
生きるために互いを食い合っている
世界を回しているのは金なのだ

マクリントックは巡査のところに行ったが
捨てたのは公道だから、誰でも持っていく権利があると言われた

マクリントックは散弾銃を振り回し
父さんは手に数発弾を食らい、窓が吹き飛んだ

巡査にも発砲し、刑務所行きは確実だと分かり
家の中から銃声が聞こえた
最後に人から取り上げた物で自分の命を絶った

結局、父さんとはもう暮らせないと悟り
町の時計職人となった

家を出る時、あの時計も持ってきた

商売は成功したが結婚はしていない
グウェンドリン嬢の写真を赤い館の時計と並べて飾っている


パイ工場の合戦
父は画家で、その頃は絵が売れなかった
家計を支えたのは陶芸家の母だ
本当は美しい壺を作りたいが
父を愛していたため、小さな灰皿を大量に作っていた

僕が10歳の時、伯爵夫人がやっているパイ工場の中に住むことになった
夫人のパイは天下一品だ

1946年、食糧不足でひもじい思いをしていた人は
パイの匂いにつられて入ってきた

よく焼きたての小さいパイをこっそりくれたが
その後は何時間も苦労話を聞くはめになった

僕が聞き手にならないと、母さんのところに行くから
母さんを助けるための仕事と思っていた

夫人は正体の分かっている怪物
正体の分からない怪物は狩猟長のチャムリー大尉だ

猟犬の群れは何百もの犬の体が
1つの頭の命令で動いているように見えた

父はクエーカーで不戦主義
この世でいちばん心優しい男だったが
猟犬係のラッパが聞こえると

父:猫はどこだ?
と必死に探して干し草置き場に隠した

猟犬より恐ろしいのはチャムリーで
その目に睨まれると、自分が垣根の杭以下になった気がした

工場のゴミ箱にはくず肉などが捨ててあったためキツネが集まった

うちの猫がゴミ箱で夕食を終えた時
1匹のキツネが飛びかかり、殺して食べようとした

猫はゴミ箱の隙間に飛び込み、爪で鼻先を叩いた
僕は家から走り、猫を抱き上げた
血が出ている傷が数か所あったがキツネも同じだ

夫人:
その猫はポーランドの騎兵隊並みに勇敢だわ
ゴライアス(旧約聖書い出る勇敢な巨体の戦士)って名前にしましょう

父母が獣医に連れて行くのを見ると
クエーカー流の生き方は間違っていると思った
もしゴライアスがクエーカーみたいなら死んでいただろう

またあの狩りのラッパが聞こえてきた
猟犬の群れがなだれのように中庭に駆けてきた
僕は思わず持っていた野球のバットを振りおろした

ゴライアスは開いていた調理場に飛び込み
パイの狭い隙間に飛び降りたが1つも壊さなかった

猟犬どもはテーブルに乗り、パイがそこら中に飛び散り
がつがつ食いはじめる犬もいた

夫人:
このいかれた悪党を逮捕しなさい
昔のポーランドならむち打ちの刑だわ

チャムリー:パイの代金はお支払いします
夫人:今すぐ現金で払いなさい

手持ちがないと言うと詐欺罪で逮捕しろと言い、警官は途方に暮れた
地元の下級裁判所の裁判長がチャムリーなのだから

僕が両腕を噛まれて血が出ているのに気づき
母さんは医者を呼んだ

父:暴力で何かが解決できたためしはないんだ

父さんは父さんの生き方、僕は僕の生き方を選んだのだ
その後、父さんとの関係が元のように親密になることは二度となかった


遠い夏、テニスコートで

(テニスプレーヤーの名前がたくさん出てきて
 ちょうど芝のテニスシーズンにタイムリーな話でリンクした!
 ベッカー、マックは分かるが、往年の名前は初耳

ガーマス町グラマースクールで僕らは10人対10人の
裏の校庭でめちゃくちゃなテニスをして遊んだ

僕の自己流のストロークは
ダン・マスケルが見たら激怒しただろう

ファッティとラッシーのいじめっ子は、弱いヨーマンをいじめていた
僕は2対1の試合に加わり、驚くほど活躍した

女の子たちは奴らがミスするたびに拍手して、僕は評判になった
2人は腹いせに体育教師に僕を学校のテニスチームの補欠に推薦した

2人の女の子が近づいてきた
1人は女子テニスチームのキャプテンで監督生のフェリシティ
ダンがコーチをするテニススクールに通っている

もう1人は可愛いが少し軽薄でテニスが上手いパット

海辺の公園に公営のテニスコートがある
ダンスと違い、テニスなら自然に女の子を誘うことが出来た

その日はフェリシティが約束の相手が来なくて1人きりでいた
なんてキレイな足なんだろう
テニスボールはウインブルドンの中古を入手しているという噂だ

2人で練習して、息の詰まるような長いラリーを続けた
フェリシティ:ちゃんとコーチにつけばかなり上手くなるわ

僕:アイスクリーム食べる?

頬を赤らめた様子を見て、この子は孤独なんだと思った
トップに上り詰め、賞をとると、友だちがいなくなるのかもしれない(お蝶夫人みたい

Aレベル(中等教育修了試験のうち上級レベル)の試験後
最上級生は登校する必要がなくなり
公園のテニスコートは2人だけのものみたいだった

ガーマステニスクラブは、すごく金のかかるクラブで
会員になるには高級住宅街に住んでいなければならない
近隣からトップ選手を招いてトーナメントを行い、招待された選手しか出られない

混合ダブルスのほうは社交的な催しで
僕は愚かにもパートナーに指名してくれると思い込んだが
ゴードンという金髪の王子様タイプと組むと知り
2人が幼馴染と知ると敵のように思えた

うちも別に貧乏ではないが
クラブの会員の職業は医者、弁護士、会計士、銀行の支店長とかで
自分たちを神から選ばれた存在と思っている


僕:練習台に使ってもらえて嬉しかったよ

泣きそうになりながら去ると、話を聞いていたパットがいた
パット:私と組まない?

パットは他のプレイヤーの弱点をすべて把握していた
フォアハンドは素晴らしいがバックハンドはダメだとか

スタイル抜群の体で、フェリシティの家族についてもいろいろ教えてくれた
ゴードンと車で抱き合ってキスしていたことなど

パット:
あなたみたいな人にはガーマステニスクラブでプレーしてほしくないって
お父さんに言われたのよ


労働者階級がアッパーミドルの気取った連中に闘いを挑む
僕はリーダーだ

クラブの芝のコートは素晴らしかった!
観戦者の中には、僕をトーナメントから排除しろと審判に要求した人もいたらしい

フェリシティはシングルスで勝ったが調子を崩していた
それにゴードンはフェリシティに興味がない様子だ

パットもシングルスで勝ち上がった
自分が誰と当たるか知っていたに違いない
至る所にスパイがいるのだろう

フェリシティは準決勝で危うく負けそうになり
あの子はもう落ち目だ 全盛期を早く迎えすぎた
ひそひそ話す声が聞こえた

前年のチャンピオンを本気で応援する人はいない
3年連続とあればなおさらだ

フェリシティとダブルスで当たり
パットはフェリシティの弱点を聞いてきた

(昔はラケットを回して表裏を当てて攻守を決めるやり方だったのを思い出した!

試合前、パットは僕の頬に短いキスをしてフェリシティに笑いかけた
パットに教わったようにサーヴにわざと時間をかけたり
次のサーヴはいきなり打って隙を突く

4-4になると観衆は騒ぎだした
50人ほどの観衆にそんな反応をされるだけでも凹むのに
ウインブルドンの1万8000人を敵に回した選手の心境はどうだろう?


ゴードンがなりふり構わず攻撃し、顔にボールが当たって鼻血が出た
着替えもないから、ホラー映画から抜け出したような姿になった

フルセット5-4でリードしているのに棄権しろと言われて
誰かがバカにした仕草でぶかぶかなシャツを貸してくれた

フェリシティめがけて3度打ち「くたばれ!」と叫んだ
僕たちは決勝戦に進んだ

その前にパットとフェリシティの決勝戦
パット:あの子の二番手でいるのはもううんざり

ゴードンと付き合っていると言ったのは誰だ?
気に入らない人間をクラブに入れないと言ったのは誰だ?

フェリシティの不調のわけがやっと分かった
彼女は僕のことが好きなのをパットが利用したんだ
僕のことなどなんとも思っていないのに

客席にきたボールを拾って渡す時声をかけた

「ほんとにごめん 君が好きだ!
 あのずるい女をたたきのめしてやれ
 君は最高の選手なんだから!」

フェリシティは再び女王になり、あっという間にストレートで勝った
パットは「ろくでなし」と言ってコートを去った

以後、フェリシティと一度も会っていない
あれ以上関わることは荷が重すぎたのか
また傷つくのが怖かったのか

1980年の建築ブームの頃、クラブを高級な一戸建てにするのに
見に行くと、記憶よりはるかに狭く貧弱だった

イギリスはテニス界で完全に落ち目になり
アメリカ、オーストラリアなどの選手に負けてばかりいた

イギリスにも逸材はいるかもしれないが
それはリバプールの貧しい地区に住む失業中の若者かもしれない
(マレーはミドルくらいじゃないかな? 今は爵位もあるよね

僕は結婚したが、彼女はずっと独身で
今は大学教授になった

もしかしたら、彼女も僕のことを本当に好きだったのかもしれない


空襲の夜に
じいちゃんの家は海辺のガーマスでヒトラーに近い所にあった
100mほどの所に検問所があり、兵士が見張りに立っている

じいちゃんは庭の土を掘り、土嚢をたくさん作り、跡には大きな穴ができた
窓は×にテープを貼り、灯火管制をして暖炉で部屋を暖める

そこに1匹の特大サイズのガガンボが来た(どんな虫だろう?
ほやに体当たりを繰り返して、細い煙が一筋上がり、酷い悪臭がした

その時、空襲警報が鳴った
家に焼夷弾が落ちた場合に備えてバケツに水があるか確かめてから地下室に下りた
おばあちゃん手作りのエルダーベリーワインがたくさんある

大砲の音が轟きドイツ機に命中し、墜落した
今夜の目標はニューカッスルらしい
ガーマスはちょっと息がつける

ドイツ兵がパラシュートで降下するのが見えた
救助されるだろうと見ていたが、哨戒艇は動かない
この家は岸から一番近い所にある

水から突き出た頭が見えた 逃げなきゃ!
そこに味方の榴散弾が落ちてくる

大きな手で肩をつかまれた
昔父さんが銃で撃たれたウサギを楽にしてやろうと
首の後ろを叩いて殺した声に似た悲鳴を上げた

黒ずくめの飛行服はびしょ濡れで
自動拳銃のルガーを持っているドイツ兵が
食糧を出せと言い、地下の貯蔵庫に連れていった

パンをろくに噛まずに飲み込んだ
ドイツ人はひどく腹を空かせているというのは本当だろうか?

ドイツ兵はワインを見つけて取りに行かせた
エルダーベリーワインは年を経るほどアルコール度数が上がると聞いたのを思い出し
一番古いのを渡すとごくごく飲んだ

ドイツ兵:
ヴァイン グート!
エングレンダー(イギリス人)元々われわれの敵じゃない

イギリスの弟よ ヨーロッパはもうおしまいだ
ルディは死んだ カルリもマクシも、、、みんな


奴の頬を涙がつたい、女みたいに泣きだした
奴は歌い出した ♪俺には戦友がいる

そのうちうまく立てなくなり、突然、拳銃が発射された
足から血がしたたり絶叫して玄関から飛び出し、庭の穴に落ちた

深さは30cmほどなのに、奴は溺れていた
僕は穴に飛び込み、顔を出してあげた

ドイツ兵:フロイン(友だち)!

警報解除のサイレンが鳴り、祖父母が帰宅した
じいちゃんはばあちゃんに検問所に無線で連絡するよう言った

母さんがニューカッスルの空襲で死んだ時
ドイツ機を操縦していたのはこいつかもしれない


あの日、母さんはちょっと買い物に行ってくるわと言って出かけた
なぜ、あいつを溺れ死にさせなかったのか・・・

けして奴が好きになったからじゃない
見殺しにしたら自分が人殺しになると考えたからですらない

ただ、そいつがまだ生きていたからだ
庭で死んだらずっとそこにいるような気がするだろう

あのドイツ兵は戦後、手紙をくれた
妻子の写真もたくさん同封されていた

それを見てやっと良かったと思えた
でも返事は書かなかった
今もまだ僕の頭は混乱している

(ヒトには本来、慈愛が備わっているのに
 それを狂わせてしまう戦争の悲劇に涙が出た


ロージーが見た光
ロージーは女性としては珍しく正規の防空監視員で、まだ18歳
戦前は子守りの仕事をしていたが退屈だった

リバプールは安全な街で、夜道を1人で歩いても
酔っ払いが声をかけてくる程度

今夜は人気がなく、途中で空襲警報が鳴ったため
馴染みのない地区の避難所に逃げ込んだ

避難所の中にはとても明るい雰囲気の所もある
楽器を持ち込み、ダンスしたり「愉快なパーティー」というわけだ

でも、ここの人たちはみな陰気臭い
子どもたちまで元気がない

ロージーは冗談を言ってみたが、向かいの老人が唇に指をあてた
急に寒気がしてぞくぞくする

彼らは仕事がなく、ぎりぎりまで切り詰めた生活なのだろう
私はどれだけ恵まれていることか
だから恵まれない人たちを見下しちゃいけない

普通、避難所の明かりは黄色いが、ここは青い
青い明かりは病院や工場みたいに電気が引かれている所だけだ

ロージー:この光はどこから来るの?

老人はかすかに微笑み、帽子をあげると
頭のてっぺんが卵のように割れている

ロージーは夢中で駆け出して別の避難所に飛び込んだ

監視員:幽霊でも見たみたいな顔だぜw

ロージー:この近くの爆撃で壊れた礼拝堂の通りですけど・・・

監視員:ああ、メラー通りのことだろ
耐えがたいほど恐ろしいことを思い出した顔で言った


じいちゃんの猫、スパルタン
じいちゃんは生前、村の人たちから好かれていた
葬式には飼い猫のスパルタンもずっといた

僕は両親とベンツに乗り教会を離れた
なぜ家にみんなを呼んで「お別れの会」をしないのか
村人は心の中で非難していた

弁護士のメイクピースさんが遺言書を預かっている
母:スパルタンはRSPCAに引き取ってもらうわ

じいちゃん、なんで急に死んじゃったんだ
僕をこのハゲタカみたいな2人に残して

「辛抱しろティム」と頭の中でじいちゃんの声がした

父は顧客とスカッシュをする約束があり弁護士を急かした
メイクピースさんはじいちゃんの昔からの友だちで
この状況が楽しくてたまらないというように
ジミー・コナーズが強力なサーヴを打つ前みたいに自信たっぷりだ

メイクピース:遺産はすべてお孫さんが相続されます

母:この子には早過ぎます

メイクピース:実子から財産を取り上げることは出来ませんよ

2人は僕に揺さぶりをかけようとした

スパルタン、じいちゃんの家、庭も守りたいが
あまりの悲しみに気分が悪くなりそうだった

67歳でぴんぴんしていたのに、自宅前で車に轢かれて即死したのだ
車はそのまま走り去った

メイクピース:
法律では「占有は九分の勝ち目」と言って
実際に住んでいる者が守られるんだ


じいちゃんの家に行くとスパルタンを連れて行くRSPCAの人が来た
向かいに住むスパイヴィーの奥さんが助っ人に来た

奥さん:
スパルタンを安楽死させるですって?
誰がそんな残酷なことを頼んだのよ

RSPCAの人は「遺言書ある所にもめ事あり」とつぶやいて去った

スパルタンは食べ物をねだってニャアと鳴いた
猫にエサをやった後は、鶏や繁殖用の雌豚ヘティーにエサをやる
じいちゃんがそばで見守っているのが分かった

じいちゃんがよく口ずさんだハリー・ローダー卿の歌を歌い、初めて泣いた


この道の果てまで歩き続けよう
道のりは長いが 心を強く持とう
カーブをしっかり曲がり
どんなに疲れても旅を続けよう
いつかたどりつく幸せな住まい
きみの求める愛と夢がすべて
この道の果てに待っている



母の電話:あとひと月で大学に行くんでしょ 将来のことを考えなさい!
僕:じいちゃんが大金を遺してくれたから大丈夫

親が僕を精神異常者として病院に入れないよう診療所に電話した
マースデン先生はじいちゃんの友だちだ
僕が親への怒りをすべて吐き出す間、何も言わずに聞いてくれた

マースデン:
君のおじいさんは口ぐせのように言っていた
「人間は、毎日少しずつ強くなる」って

君のお父さんのことをとても心配していた
そして君のことも

帰宅して、じいちゃんがいつも座る椅子に座ると
ひとつになる感じがした

じいちゃんがドアから入って来る夢を見た
僕:死んだんじゃなかったの?
じいちゃん:みんなそう思っとるようだがな

僕はじいちゃんと同じように朝6時に起きた
ドラキュラ夫妻が来た場合、庭で対決するのが一番だろう

じいちゃんが亡くなった日の作業の続きを始めた
父さんが来て、じいちゃんの服を着た僕を見て幽霊でも見た顔をした

僕:
父さんはじいちゃんの所から出て行った
今度は僕が父さんの所を出る番だ
僕も自分の人生を生きるから

車にいた母さんは怒りより恐怖に怯えているようだった

やがて村の人が来るようになり、鶏の卵を買ったり
畑でとれたものとウサギを交換したりした

入学が決まっていたケンブリッジ大学の教官に手紙を書いた

「地主になり、農場経営を経験すれば成長に役立つでしょう
 その上でもし望むなら、来年また入学願書を提出してください」と返事が来た

僕は農業青少年クラブにも入った

ある日、門に見知らぬ女性が来た

女性:大丈夫だったのね!
僕:祖父は亡くなりました

家に入れると、女性の歯はカタカタ鳴っていた
じいちゃんをひき逃げしたのは
なぜか酔っぱらったチンピラだと決めつけていたのに

女性:
窓を開けたまま走っていたら、虫が飛び込んで目に入って
ハンドルが左にぶれて、男性を轢きそうになって、ギリギリよけられたと思いました
テレビのニュースでも言ってなかったし
でもずっと気にかかっていて・・・


精神的に壊れてしまう人間を初めて見た
泣き続けて、ついには戻してしまった

スパルタンは彼女の膝に乗り、涙を舐めた
じいちゃんがあんたを許すって言っているんだ

僕:祖父は転んで縁石に頭を打ったのが致命傷でした

女性:警察に話さないと

僕:
あなたが話したところで祖父は戻りません
虫が目に入ったのはあなたの責任じゃない

その後、じいちゃんの思い出話をたくさんした
父さんが泣かなかったのに、その人は泣いた

翌朝、連絡先のメモを渡し
気持ちが変わったらいつでも警察に行きますと言った
でも、気持ちは変わらなかった

スパルタンは高齢で逝った
じいちゃんの墓の上に横になって

家は妙に空っぽに感じた
突然、じいちゃんのものを手放すのが嫌ではなくなった

1969年の手帳が見つかった

手帳:
あの子が心配だ 死んだ母親を恋しがっている
オートバイを飛ばして、つりあわない女の子と付き合って妊娠し、責任をとって結婚した
大学は諦めて稼がねばならない
私は息子と嫁と縁が切れてしまった
時代は変わったが、私は変われなかった


これがじいちゃんが僕に託した最後の仕事なんだ
僕は両親の家に向かった


訳者あとがき
私がウェストールを知ったのは、彼の追悼記事で1人の少女からの手紙を読んだ時
10代の読者から死を惜しまれる作家に興味を持ち
『弟の戦争』を読み夢中になった

『遠い日の呼び声』というタイトルは、本書の短編の多くが過去の回想だから

『アドルフ』
クロムバラは架空の町
ユダヤ人の迫害は昔から
キリスト教が優勢な国々で信仰を守り、金融業などで大きな影響力を持ったことから差別や迫害を受けた

パレスチナを分割する決議案が国連で可決され
ユダヤ人国家のイスラエルが誕生

しかしパレスチナに住むアラブ人は激怒し
ゲリラ戦などで抵抗しイスラエルが制圧することが繰り返されている

周辺諸国、欧米の思惑も絡み、問題は混迷の一途をたどっている


『家に棲むもの』
ウェストールは女性を描くのが苦手と評されたこともあるがリアルに書けている
30歳頃から亡くなるまで猫を何匹も飼っていた
(なるほどそれで描写がリアルなのか!


『ヘンリー・マールバラ』
ウェストールはイギリスの近代史に精通していた


『赤い館の時計』
ウェストールは骨とう品が大好きで
教職を退いた後、一時期小さな骨とう品を営んでいた


『パイ工場の合戦』
ここでも父と息子が描かれていることに注目


『遠い夏、テニスコートで』
タインマスがモデル

<イギリスにおける階級>
貴族や大地主のアッパー
職人や肉体労働者のワーキング
それ以外の中産ミドルに大別され
ミドルはさらにアッパーとロワーに分かれる

アッパーミドルは、聖職者、弁護士、医者、学者、軍人、実業家など
ロワーミドルは、事務職、店員など


『空襲の夜に』
ガガンボは俗称で、正式はcrane fly 鶴バエ
とくに空襲の激しかった4か月は「バトル・オブ・ブリテン」と呼ばれる


『ロージーが見た光』
大戦中は、多くの女性が軍需産業をはじめ肉体労働に従事した
避難所は共同シェルターで50人ほど収容できた


『じいちゃんの猫、スパルタン』
罪、許し、償いとは?
宮崎駿さんの表紙の絵とともに味わってください



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