平敷は駅のコンビニで弁当と朝刊三紙を買うとタクシーに乗り仕事場のマンションに着いた。三、四日来なかった部屋は饐えたにおいがした。彼は窓を開けると淀んだ空気を入れ替えた。弁当を食い朝刊に目を通した。仕事柄にも関わらず彼は新聞を購読していない。毎日ここに来るわけでもないし、数日東京にいないこともある。すると新聞の配達人はメールボックスに広告だらけのかさばる新聞を押し込んでいくが小さなメールボックスは一日で満杯となる。そうすると床の上に新聞を投げ出していくのである。周りの住人に対してもみっともないし迷惑をかけることになる。それで新聞は駅で買うのである。ただでさえ、この辺は山の手と違い毎日膨大な量の広告チラシを断りもなくメールボックスに押し込んでいくからチラシだけでメールボックスはすぐ一杯になる。
彼は朝起きるのが遅いし、起きたころにはテレビのモーニングショーも終わっている。がせねたの情報源としてはモーニングショーも重宝なのであるが、そういうわけでめったに観ることもない。どうしても新聞は商売道具なのである。インターネットでニュースを見ることもあるが、ほとんど役に立たない。大手媒体のニュースは新聞本体をみればより詳しく正確な内容がわかる。インターネットのニュースはある意味で弱小、新興ジャーナリズムの活躍の世界であるが、大手マスコミに比べるとジャーナリストとしての訓練の質に大きな違いがあり、ほとんどが読むに堪えない。
そんなこんなで今日は大した事件もないし、記事もなかった。かれは一応目を通した新聞を床の上に放り出した。ガラケーの初期設定の呼び出し音がなった。姪の麻耶からだ。「いま駅に着いたから」というと彼女は返事も聞かずに電話を切った。十分後チャイムが鳴った。開けると麻耶が入ってきた。彼女はなんとか大学の法学部の二年生である。大学の名前はどうしても覚えられない。最近できた大学にもキラキラ名前というのがはやりらしい。漢字二文字の名前は彼には読めなかった。何度姪から聞いても覚えられないのである。ものすごく画数が多く彼には見たこともない漢字である。新興の大学は客寄せ、失礼学生募集には若者受けするキラキラネームとモーニングショーのゲストなどをしていたトウが立ったコメンテーターのお古でも教授に召集すれば効果があるらしい。
彼の姉である母親に頼まれて彼女の監視かたがた助手という名目でアルバイトに雇っているのである。主な仕事は資料の整理である。仕事柄読む読まないにかかわらず資料を集めるからすぐに溜まってくる。彼は使った資料をそのたびに元の場所に戻さないものだからすぐに机の上は勿論床の上にまで本やら新聞雑誌が散乱して足の踏み場もなくなるので彼女に散らかした資料をもとの場所に戻してもらう仕事を与えているのである。これを自分でやらないのはずぼらであるということもあるが、そういう整理仕事で中断するとどうしても思考が途切れて執筆に興が乗らなくなるなる。彼女にやらしてみて集中力をとぎらせないという意外な効果があることが分かった。
麻耶は大変な美人である。学園のなんとかいうクイーンに選ばれた。ミス何とか大学というらしい。週刊誌のグラビアで紹介された。彼女はもともと美人というのではなかった。それが高校を卒業するころから急に美人になった。親族はみな不思議がった。親戚には誰一人として美人美男子はいなかったのである。もっとも三代、四代とさかのぼれば大変な美人がいたのかもしれない。突然変異のように美人になった印象だが、本当はマスクされていた祖先の遺伝子が活性化したのかもしれない。容貌の変化につれて性格も変わってきた。奔放というか型破りというか、とにかく向こう見ずになった。それで母親は急に心配になりだしておなじバイトをするなら叔父のところで監視してもらったいいかもしれないとお思いついたらしい。
「逆のことならあるからな」と彼は姉に言った。具体的な名前を挙げて二枚目俳優とアイドル女優のあいだに生まれたごつい感じの女性をテレビの討論番組で見た彼は話したのである。もっともあれは養女かもしれないが。