9月29日の発表より2日。いろいろと考えてみました。
今季の人事で安間さんをヘッドコーチに据えた時点で、「ヘッドコーチから次期監督、というルートだろう」と、おおかたの人が予想していたのではないかと。結果的に、その予想通りとなったのですが・・・正直、このタイミングでとは思っていませんでした。
今シーズン中の立て直しのために解任ということであれば、タイミングとすれば、W杯休みに合わせてとか。その上で、移籍シーズンに補強も合わせて、チームを練り直すというふうに。
それが、去年に引き続き、夏には一切補強無し。それはとりもなおさず、楚輪監督の「現存メンバーでやりきる」というメッセージだったかと。
そう考えると、たとえ不振が続いても、そのまま行くのではないかと思っていました。よく言われるところの「J2は、今のところ降格もないんだからいいじゃないか」というようなぬるい考えではなく、ぶれることなくポリシーを貫き通すことが監督としての責任だろう、と。その上で、去就については今季を戦い抜いた後にはっきりさせればよい、と。
しかし、クラブの考え方は違っていた、ということだったようで。
たしかに、ここ一連の水戸戦、甲府戦、横浜FC戦の流れはひどかった。巻き返さなければならないはずの試合でことごとく失点し・・・まるで、勝ち方を見失ってしまったとしか思えないような有様でした。我々サポーターが考えている以上に、この5連敗というものの意味は大きかったということだったのでしょう。
なにか、手を打たないことには二進も三進もいかない。それを、先送りにすることなく、監督交代という“最後の手段”に訴えかけた、と。
いまさら言うまでもなく、楚輪さんはカターレ富山の初代監督にして、チームの、いや、富山県サッカー界の大恩人。
YKK AP時代から、今年で7年目。富山県サッカーに与えた影響は果てしなく大きい。この人の存在無くして、今日のJリーグ所属のプロサッカークラブ・カターレ富山は無かったと言いきって良いほど。
その恩人を、切るという最後の手段。
そうでもしないと、変わらないという判断。そうまでして、変わらなければならないという判断。
クラブの行く末を占う分水嶺とも言うべきこの決断がもたらす未来は、果たして?
今回、立て直しは休み期間に行うとして千葉戦を最後に、と打診されたところ、「1日も早い方が良い」と、自ら辞任ではなく解任で、と申し出たそうです。
形だけ見れば、現場でのチーム最高責任者がシーズン半ばにしてその責務を放棄した、とも言えるかもしれません。
それは、半分合っていて、半分合っていないかと。
不振を克服できないチームがイヤになってやめるとか、これ以上監督でいる重圧に耐えられないというような、個人的理由からの決断ではないはず。ライバルチーム同士を融合させて新たなチームを立ち上げ、さらにJ昇格を目指すという困難なミッションに立ち向かい、それを見事クリアしてみせた楚輪さん。一からクラブを育て上げた監督として、大きな責任とともに、プライドも感じていたことでしょう。
また、シーズンを全うしてから退くという方法もあったはず。交代を打診されても、「せめてシーズンいっぱいやらせてくれ」とでも願い出れば、クラブもそれを押し切ってまで交代させたかどうか。
今回、1日も早くと交代したのは・・・監督としての最後の手段をつかうにあたっての意地だったのではないかと思います。
監督だけでも、選手だけでもチームは成り立たない。その両者がうまくかみ合わないことには。不振にしても、監督の責任であると同時に、選手の責任でもある。
誰かのせいにして、責任を押しつければ解決する問題ではない。けれど、最高責任者というものは、責任をとるためにいる。だから、楚輪さんはその責任をとって、職を退く。
一方で、選手たちの責任のとり方とはなにか?それは、監督を辞任させてしまったということを気に病むことじゃない。ならば、そのためにすべきことはなにか?それはとりもなおさず、試合で結果を残すことにほかならない。だったら、立て直さなければならない。それこそ、1日でも早く。楚輪さんの願い通りに。
監督が交代したからといって、それまでの不振が無かったことになるわけでもなければ、急に成績が向上するわけでもないでしょう。
それでも、やらなければならない。乗り越えなければならない。
選手たちには、いまいちど、自分に問いかけてほしいところです。プロとしてやっていく誇りはあるか?職を退く楚輪さんの期待を、正面切って受け止められるのかを。
今季の人事で安間さんをヘッドコーチに据えた時点で、「ヘッドコーチから次期監督、というルートだろう」と、おおかたの人が予想していたのではないかと。結果的に、その予想通りとなったのですが・・・正直、このタイミングでとは思っていませんでした。
今シーズン中の立て直しのために解任ということであれば、タイミングとすれば、W杯休みに合わせてとか。その上で、移籍シーズンに補強も合わせて、チームを練り直すというふうに。
それが、去年に引き続き、夏には一切補強無し。それはとりもなおさず、楚輪監督の「現存メンバーでやりきる」というメッセージだったかと。
そう考えると、たとえ不振が続いても、そのまま行くのではないかと思っていました。よく言われるところの「J2は、今のところ降格もないんだからいいじゃないか」というようなぬるい考えではなく、ぶれることなくポリシーを貫き通すことが監督としての責任だろう、と。その上で、去就については今季を戦い抜いた後にはっきりさせればよい、と。
しかし、クラブの考え方は違っていた、ということだったようで。
たしかに、ここ一連の水戸戦、甲府戦、横浜FC戦の流れはひどかった。巻き返さなければならないはずの試合でことごとく失点し・・・まるで、勝ち方を見失ってしまったとしか思えないような有様でした。我々サポーターが考えている以上に、この5連敗というものの意味は大きかったということだったのでしょう。
なにか、手を打たないことには二進も三進もいかない。それを、先送りにすることなく、監督交代という“最後の手段”に訴えかけた、と。
いまさら言うまでもなく、楚輪さんはカターレ富山の初代監督にして、チームの、いや、富山県サッカー界の大恩人。
YKK AP時代から、今年で7年目。富山県サッカーに与えた影響は果てしなく大きい。この人の存在無くして、今日のJリーグ所属のプロサッカークラブ・カターレ富山は無かったと言いきって良いほど。
その恩人を、切るという最後の手段。
そうでもしないと、変わらないという判断。そうまでして、変わらなければならないという判断。
クラブの行く末を占う分水嶺とも言うべきこの決断がもたらす未来は、果たして?
今回、立て直しは休み期間に行うとして千葉戦を最後に、と打診されたところ、「1日も早い方が良い」と、自ら辞任ではなく解任で、と申し出たそうです。
形だけ見れば、現場でのチーム最高責任者がシーズン半ばにしてその責務を放棄した、とも言えるかもしれません。
それは、半分合っていて、半分合っていないかと。
不振を克服できないチームがイヤになってやめるとか、これ以上監督でいる重圧に耐えられないというような、個人的理由からの決断ではないはず。ライバルチーム同士を融合させて新たなチームを立ち上げ、さらにJ昇格を目指すという困難なミッションに立ち向かい、それを見事クリアしてみせた楚輪さん。一からクラブを育て上げた監督として、大きな責任とともに、プライドも感じていたことでしょう。
また、シーズンを全うしてから退くという方法もあったはず。交代を打診されても、「せめてシーズンいっぱいやらせてくれ」とでも願い出れば、クラブもそれを押し切ってまで交代させたかどうか。
今回、1日も早くと交代したのは・・・監督としての最後の手段をつかうにあたっての意地だったのではないかと思います。
監督だけでも、選手だけでもチームは成り立たない。その両者がうまくかみ合わないことには。不振にしても、監督の責任であると同時に、選手の責任でもある。
誰かのせいにして、責任を押しつければ解決する問題ではない。けれど、最高責任者というものは、責任をとるためにいる。だから、楚輪さんはその責任をとって、職を退く。
一方で、選手たちの責任のとり方とはなにか?それは、監督を辞任させてしまったということを気に病むことじゃない。ならば、そのためにすべきことはなにか?それはとりもなおさず、試合で結果を残すことにほかならない。だったら、立て直さなければならない。それこそ、1日でも早く。楚輪さんの願い通りに。
監督が交代したからといって、それまでの不振が無かったことになるわけでもなければ、急に成績が向上するわけでもないでしょう。
それでも、やらなければならない。乗り越えなければならない。
選手たちには、いまいちど、自分に問いかけてほしいところです。プロとしてやっていく誇りはあるか?職を退く楚輪さんの期待を、正面切って受け止められるのかを。