2009年まで私が働いていた専門学校で、資格試験などに挑む卒業までの後期授業期間中、選択科目でやっていた試み。この授業の趣旨は「ヴァーチャル社会見学」。とかく自分が好むもの以外には目を向けない今ドキの学生たちに、映画を通じて視野を広げてもらおうというものです。方法は、映画を観てレポートを書くだけ。もちろん、観る前に解説はします。内容の簡単な紹介、扱われているテーマ、どういうところを観て欲しいか、エトセトラ。対象となるのは、18歳から22歳位の男女学生。
作品を選ぶにあたっては、テーマ、舞台となる国、製作国に徹底的にこだわっております。また、自主規制として、暴力的でないこと、裸が出ないこと、異なる国の映画を選ぶこと、現代ハリウッドのエンターテイメント作品は選ばないなどを設けました(一部禁を破ったりはしましたが)。この課題レポートを書く作業は、自分が観た映像とそこから感じたことを文章に構成する作業。読書感想文と違って引用するものがないだけに、日頃使わない頭を使うようです。 映画を観た後で自分の考えをまとめてみるという作業は、彼らには初めての経験。実はいい訓練になるのかも。
以下は2009年に実施した授業の顛末。彼らのハートには何が残ったのでしょう。
■第1講・銃社会について考える・・・の巻/「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年・カナダ)
監督=マイケル・ムーア
出演=マイケル・ムーア マリリン・マンソン チャールトン・ヘストン
【解説】いきなりドキュメンタリー映画からスタート!。初回は、何よりもハリウッドエンターテイメントに毒された彼らの映画のイメージを覆すことが必要。銃社会アメリカの暗く厳しい現実をこれでもかと見せつけながら、映画としての面白さ、見せ方の面白さでまったく飽きさせない。学生たちもスゲえ・・・と圧倒された様子。観ることを放棄して寝ちゃったのはほとんどいなかったかも。「マリリン・マンソンが一番まともなことを言ってたのに感動した」と口にした男子学生は、Rock Is Deadを口ずさんでおりました。名曲What A Wonderful Worldの皮肉な使い方が実に見事。わかってくれたかなぁ。
【学生の感想】
●人間、誰もが強い心と弱い心を持っている。心が折れた時、弱い心が人間を支配する。その時手元に銃があれば、犯罪という考えに陥るのはおかしいがわからなくもない。だからこそ規制があるのだ。一方で、映画の中でも核は規制があるから使えないと言っていた。規制があるから使えないという考えになること自体がおかしいと思った。使っちゃいけないものなのだから。
●友人に聞いたのですが、コロンバイン高校での銃乱射事件のことで、日本では「銃社会をなくせばいい」という意見が一般的だったそうです。それに対し、アメリカでは「あの時別の人が銃を持っていれば犯人を殺せたのに」という考え方をするそうです。私は理解に苦しみました。
●敵っていうのは結局自分なんだと私は思います。他人は自分の鏡っていうように、目に映る敵や恐怖は自分自身だとなぜ気づかないのでしょう。自衛のために銃を持っていてそれを使う。その理屈はわかるけど、自分の身を守るために誰かを殺してよいというのはおかしいと私は思います。Kマートで銃や弾を売らなくなったように、お互い譲歩することが大切なのに。
■第2講・イスラム世界の映画を観る・・・の巻/「運動靴と赤い金魚」(1997年・イラン)
監督=マジッド・マジディ
主演=ミル・ファロク・ハシェミアン バハレ・セッデキ
【解説】これまでの映画授業でも登場したイラン映画の秀作。 特に男子学生からの人気が高いんですよね、これ。失敗を親に隠して一生懸命になんとかしようと思った経験が、彼らにはきっとある。だから共感するのでしょう。国が違っても兄妹愛は変わらない。貧富の差がこんなにあるのか、と驚いたという感想も多く見られました。イスラム世界の現実を知る上でも、興味深い映画だったようです。
【学生の感想】
●妹の靴をなくしてしまったアリの絶望感や深い後悔の思いがひしひしと伝わってきました。ザーラは自分の靴をなくしたのに、謝りもしない兄の言うことを聞き、母親にも父親にも靴のことを言おうとしませんでした。その時のザーラの気持ちや、また妹に迷惑をかけているアリの気持ちを思うと、深く感動させられました。
●映画を観て、兄弟が欲しくなりました。最後のシーンで、靴はボロボロで足には痛々しいまめができていました。そこに赤い金魚が集まって、まるでアリの頑張った足に「お疲れ様」と言っているようでした。これまで観た映画とは違う雰囲気が気に入りました。もう一度観たいと思える映画です。
●イランという国の経済事情を考えたら、映画の質はきっと他の国より劣るだろうと思っていた自分が恥ずかしいです。裕福な人々、貧しい人々、貧しくても前向きに生活している家族愛や兄妹愛に感動しました。CGなどの技術を使って映画をつくるのがすごいことではなく、何を相手に伝えることができるかが、すごい映画だということをを改めて思いました。
■第3講・歴史映画を観る・・・の巻/「ラスト・エンペラー」(1987年・イタリア=イギリス=中国)
監督=ベルナルド・ベルトリッチ
主演=ジョン・ローン ピーター・オトゥール 坂本龍一
【解説】僕は世界史の授業も担当しておりまして、授業でもいろいろな歴史映画をエピソードとして紹介したのです。映画授業を選択した学生たちから、歴史ものが観たい!とやたらリクエストがありました。じゃぁ・・・2時間半の超大作で、彼らが苦手な清朝末期から現代中国までをみてもらおう!と選びました。学生たちはベルトリッチ監督のことも、ジョン・ローンが当時いかに人気があったかも知りません。教室の固い椅子で2時間半は辛かったでしょうね・・・ゴメンゴメン。でも歴史ものって長尺なのが当たり前だもん。裸がでない・・・を条件にしていたけれど、シーツ越しにいちゃいちゃしてる場面が登場します。ちょいと禁を破ってしまいました。音楽と芸術的なオープニングは、何度みてもいいですね。
【学生の感想】
●すごい映画だと思ったと同時に、とても切なく悲しい映画だなとも思いました。時代に飲み込まれて生きていかなくてはいけなかったのはたいへん辛いことだと思います。私には、この映画に出てくる人は誰一人として幸せではないように思えました。ものすごいスピードで社会や価値観が変化していくことに驚きました。
●中国史の勉強で出てきた紫禁城や宦官が出てきたのは嬉しく思いました。宦官が皇帝に絶対服従でたいへんな仕事なんだと思いました。溥儀が溥傑に皇帝であることを証明するために、宦官にインクを飲ませる場面には驚きました。
●溥儀の人生を映画を通じて学んで、勉強になりました。私は誰からも拘束されずに、自分のやりたいことを見つけ、それに向かって頑張っていくような人生を送っていきたいと思うようになりました。
■第4講・ぼくらのしあわせとかれらのしあわせ・・・の巻/「コイサンマン(ミラクルワールド ブッシュマン)」(1981年・南アフリカ)
監督=ジャミー・ユイス
主演=ニカウ サンドラ・プリンスロー
【解説】アフリカ代表として僕ら世代は知らぬ者のない大ヒットコメディを。カラハリ砂漠に住むコイサン族。自然と共存し、所有するという観念のない生活。ある日セスナ機から落された1本のコーラ瓶。これが彼らの平和な生活を乱すことに・・・。ニカウさんの笑顔と素朴なストーリーが心に残るはず。なお「ブッシュマン」は俗称で差別的な意味を持つことから、続編公開時にタイトルは「コイサンマン」と改められた。
【学生の感想】
●私たちは便利な生活をしていますが、便利すぎて過剰な所有欲をもったり、物を大切にする心を忘れていることがよくわかりました。コメディで笑えるところもたくさんありましたが、笑いの中にも考えさせられることが多い映画だったと思います。ものを大切にしようと思うようになりました。
●この映画を観て何よりも驚いたのが、ステップ気候(と思われる)の尋常ではない乾燥具合です。地面に葉を並べてわずかな朝露を溜めたり、植物や果実の水分をしぼって飲んだり、たくましく生きている姿に圧倒されました。
●私が送る生活の中での「しあわせ」って、いったい何だろうなと考えさせられました。いろいろな価値観に触れて見つけていくのもよいことだなぁと感じました。
■第5講・戦争と平和について考える・・・の巻/「さよなら子供たち」(1987年・フランス)
監督=ルイ・マル
主演=ガスパール・マネス ラファエル・フェジト フランシーヌ・ラセット
【解説】平和について考える・・・これはこのシリーズを通じて繰り返しやって来ました。戦場そのものを描いたもの、戦争に巻き込まれた悲喜劇を描いたもの、東西冷戦・・・。学生たちはそれぞれ真剣に考えてくれた気がします。今回の「さよなら子供たち」はホロコーストの悲劇を間接的に描いたもの。日常に戦争がいかに悲しい影響をもたらすのか、それを考えて欲しいという気持ちでセレクトしました。
【学生の感想】
●20年以上前の映画だったけど、全然古さを感じなかったです。淡々と物語が進んでいくのに、なぜか心はずっとハラハラしていて、ドキドキしながら観ていました。多感な少年のぴりぴりした感じや、心がずっとモヤモヤしている感じがとてもリアルに伝わってきて、とてもよかったです。二人が離れる時の顔がずっと忘れられません。まだ話したいこと、したいことがたくさんあるよ・・・というようなあの顔。どっかの誰かの勝手で子供たちにああいう表情をさせてはいけないんです。ジュリアンの最後の涙が本当に綺麗で、私も涙が止まりませんでした。
●ユダヤ人虐殺シーンを使われていないのに、戦争の悲惨さが心に伝わってくる映画でした。最後の別れのシーンが悲しかったです。何もできない無力さが伝わってきました。
●いつ捕まって殺されるか、毎日おびえながら生きていくのは辛いだろうと感じました。この映画のおかげで改めて戦争をしてはいけないということを考えさせられました。
■第6講・高齢化社会について考える・・・の巻/「老親」(2000年・日本)
監督=槙坪夛鶴子
主演=萬田久子 草笛光子 小林桂樹
【解説】人はいくつになっても成長できる。高齢者介護の現実を描く前半は、けっこう厳しい現実が描かれる。一方で義父と心を通わせる後半 はとてもすがすがしい印象すら受ける。正直、もっと重たい話だと思っていたが、これは家族の成長物語としてとても元気をくれる映画だ。 現実を考えつつ、前向きな人生について考えさせてくれる。今回選んだ9本のうち、学生の人気投票では堂々の2位。 女子学生は見終わって口々にこう言った。「やっぱり長男の嫁は嫌よね!」「でも彼氏長男なんよ」・・・。ちなみに、僕の高校時代の同窓生が脚本を書いてます。
【学生の感想】
●老いは誰にでも訪れますが、どんなときでも人は周りに支えられて生きているのだと思います。特に年をとると周りの人に手を借りなければならないこともありますが、面倒を誰かにみてもらうのが当たり前だという考えは誤りです。面倒をみてもらう立場になっても、感謝の言葉は忘れないでいようと思いました。
●映画の前半は「何でこんなに人まかせにするんだろう」と思いながら観ていました。「嫁いだ嫁は親が四人で、旦那は二人のまま」と言っていたのが印象的でした。自分の親のことや自分の老後のことを考えさせられました。今私は祖母と同居しています。今は元気ですが、もし介護が必要になったら積極的に支えていきたいです。
●義父も主人公も成長し、お互いに認め合って楽しく生活する姿に、みていて和やかな気持ちになりました。83歳になって自分のことが自分でできるようになり、見違えるほど表情が生き生きしてきたと感じました。孫娘も立派に成長し、介護福祉士になろうと決断したことは、よい人間関係を築けたからだと思いました。男性目線でこの物語をみたらどうなるだろう・・・とも思いました。
■第7講・一冊の本が運命を変える・・・の巻/「小さな中国のお針子」(2002年・フランス)
監督=ダイ・シージエ
主演=ジョウ・シュン リウ・イエ チェン・クン
【解説】シリーズ半ばで恋愛映画をみせるのをお約束にしているのですが、ただ愛だ恋だをみせても仕方ない。 文化大革命という時代背景、一冊の本が人生を変えること、帰り来ぬ青春・・・いろんな要素が加わってくるだけに、単なるロマコメ観るのとは大違い。フランス資本の中国映画というのもちょっと異質ですよね。自分たちと同じ年頃の若者が、当時の中国ではどういう生き方をしていたのか、それを知る上でも興味深い。糞尿を運ぶ場面が痛々しいですが、最後まであれが泥だと信じていた学生もいました・・・。美しい山間部の風景とバイオリンの音色が心に残る映画です。
【学生の感想】
●たった一冊の本が一人の人間の生き方を変える。その力強さに感動しました。本や映画が世界を大きく変えることはないけれど、一人の世界を変える。実はそれって何よりもすごいことなんじゃないかと思います。村が沈んでいくシーンはとても切なかったです。もう絶対に戻らない青春。青春って酸っぱいけれどずっとずっと残り続ける。遠くなればなるほど輝きが増すものかな、とこの映画を観て思いました。これからも私は、私を変えてくれるような本や映画に出会いたい。またそれらに反応できる心をずっともっていたいです。
●一冊の本との出会いによって、運命を大きく変えていくお針子の姿がいちばん印象に残りました。私も幼児期から本をいろいろ読む中で、自分では経験できないような事を学んできました。本で知った世界で感動を覚え、自分自身変えたと言ったお針子の気持ちがわかるような気がします。
■第8講・人間の残酷さについて考える・・・の巻/「エレファント・マン」(1980年・イギリス=アメリカ)
監督=デヴィッド・リンチ
主演=ジョン・ハート アンソニー・ホプキンス アン・バンクロフト
【解説】もうすぐ社会人となる彼らは、これまでの学生生活で「いじめ」が何かと騒がれた世代です。社会人になる前に人と人との関わり方について、ちょっと考えてもらっては・・・と思い選びました。見せ物にされた奇形の男に関わる人々の言動を通じて、自分自身もこれまでに誰かを傷つけたことがなかっただろうか?と、学生たちに問いかけた上で観てもらいました。日頃やんちゃな男子学生も、半ば反省文的なレポートを提出してきました。デビッド・リンチ監督の悪趣味なところを今の僕らは知っていますが、この映画はそこを抜きに観ることができる感動作。
【学生の感想】
●ここまで考えさせられる映画を、今まで観たことがありませんでした。障害をもっているだけで見せ物にされている姿をみて、僕は「いじめ」を連想しました。中学時代にいじめられている人がいて、僕は見て見ぬふりをしてしまいました。今日この映画を観て、昔の自分もひどいことをしていたんだと気づきました。誰だって人から嫌われることを望んでいる訳ではない。そのことを忘れず、よい事と悪い事をきちんと考えていこうと思いました。そして自分の意思で接していきたいと思いました。
●とても悲しく切なくなりました。またそれと同時に怖いとも感じました。ジョンという人間を物のように扱って、人としてみない。そういう周りの人間に恐怖を感じました。私も誰かを好奇の目で見てしまったり、周りと同調したことがあったかもしれません。それって凄く残酷。何よりも酷いことだと気づきました。そういう時って、自分とは違うのだと排除して見ていた気がします。
■第9講・夢は叶えるもの そしてそれを支えてくれる人々・・・の巻/「リトル・ダンサー」(2000年・イギリス)
監督=スティーブン・ダルドリー 主演=ジェイミー・ベル ジュリー・ウォルターズ ゲイリー・ルイス
【解説】最終回は夢と希望を与えてくれる秀作を!。これはさすがに観たことがある学生もいました。「この映画好きです」「最後がこれでよかった」「何度みてもあの場面で泣くんです」。 僕もこの映画には思い入れがあるもんで、映画館の帰り道にサントラ買っただの、いろんな話をしてしまいました。
今回の人気投票では当然の第1位。これをみせたかった僕の真意は、周りへの「感謝」なのね。彼らは専門学校というところで、自分の目標に向かって頑張ってきた。成し遂げた者もいればそうでない者もいる。でもここまでの自分を支えてくれたのは、この映画のスト破りをしたお父さんみたいな両親だったり、バレエの先生みたいな恩師だったり。そこを振り返って欲しかったのでした。英国不良ロック満載の映画だったから隣のクラスにはご迷惑をかけました。ご容赦を!(笑)。
【学生の感想】
●ビリーがバレエをやっているときにはすべてを忘れることができると言っていました。私もスポーツをしているときには、そのことだけに懸命になり楽しむことができます。やはり趣味をもつこと、打ち込めることをもつことは大事だと思います。社会人になっても、何か目標を定めてそれに突き進むことができたらなと思っています。頑張ります。
●自分がこの学校に入学するときにお金を払ってくれた父と母、就職試験に不合格だったときに慰めてくれたり励ましてくれた友人の存在が、これまでの僕を支えてくれていました。夢を叶えるためにはたくさんの人の支えがありました。それをこの最後の授業で確認することができてよかったです。
●何度観ても泣いてしまいます。お父さんに自分の気持ちをダンスでぶつけて、そのことが伝わる。そのお父さんはビリーの為にスト破りをする。お父さんの心が痛いほど伝わってきて泣いてしまいます。息子の将来の為に。才能を伸ばしてやる為に。別れのバスでお兄さんが「寂しい」というシーンは涙ものです。お兄さんが気持ちを伝えるタイミングが絶妙なんです。バレエの先生の娘との恋とも呼べない掛け合いも好きです。「そんなことしなくっても君が好きだよ」という台詞が心に残ります。
●世間一般の価値観に立ち向かいながら、自分の夢に真剣に取り組む主人公の姿に感動しました。女子で野球選手を目指して頑張っている人を見て衝撃を受けたことがあります。自分も価値観にとらわれていたんだなと思いました。
作品を選ぶにあたっては、テーマ、舞台となる国、製作国に徹底的にこだわっております。また、自主規制として、暴力的でないこと、裸が出ないこと、異なる国の映画を選ぶこと、現代ハリウッドのエンターテイメント作品は選ばないなどを設けました(一部禁を破ったりはしましたが)。この課題レポートを書く作業は、自分が観た映像とそこから感じたことを文章に構成する作業。読書感想文と違って引用するものがないだけに、日頃使わない頭を使うようです。 映画を観た後で自分の考えをまとめてみるという作業は、彼らには初めての経験。実はいい訓練になるのかも。
以下は2009年に実施した授業の顛末。彼らのハートには何が残ったのでしょう。
■第1講・銃社会について考える・・・の巻/「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年・カナダ)
監督=マイケル・ムーア
出演=マイケル・ムーア マリリン・マンソン チャールトン・ヘストン
【解説】いきなりドキュメンタリー映画からスタート!。初回は、何よりもハリウッドエンターテイメントに毒された彼らの映画のイメージを覆すことが必要。銃社会アメリカの暗く厳しい現実をこれでもかと見せつけながら、映画としての面白さ、見せ方の面白さでまったく飽きさせない。学生たちもスゲえ・・・と圧倒された様子。観ることを放棄して寝ちゃったのはほとんどいなかったかも。「マリリン・マンソンが一番まともなことを言ってたのに感動した」と口にした男子学生は、Rock Is Deadを口ずさんでおりました。名曲What A Wonderful Worldの皮肉な使い方が実に見事。わかってくれたかなぁ。
【学生の感想】
●人間、誰もが強い心と弱い心を持っている。心が折れた時、弱い心が人間を支配する。その時手元に銃があれば、犯罪という考えに陥るのはおかしいがわからなくもない。だからこそ規制があるのだ。一方で、映画の中でも核は規制があるから使えないと言っていた。規制があるから使えないという考えになること自体がおかしいと思った。使っちゃいけないものなのだから。
●友人に聞いたのですが、コロンバイン高校での銃乱射事件のことで、日本では「銃社会をなくせばいい」という意見が一般的だったそうです。それに対し、アメリカでは「あの時別の人が銃を持っていれば犯人を殺せたのに」という考え方をするそうです。私は理解に苦しみました。
●敵っていうのは結局自分なんだと私は思います。他人は自分の鏡っていうように、目に映る敵や恐怖は自分自身だとなぜ気づかないのでしょう。自衛のために銃を持っていてそれを使う。その理屈はわかるけど、自分の身を守るために誰かを殺してよいというのはおかしいと私は思います。Kマートで銃や弾を売らなくなったように、お互い譲歩することが大切なのに。
■第2講・イスラム世界の映画を観る・・・の巻/「運動靴と赤い金魚」(1997年・イラン)
監督=マジッド・マジディ
主演=ミル・ファロク・ハシェミアン バハレ・セッデキ
【解説】これまでの映画授業でも登場したイラン映画の秀作。 特に男子学生からの人気が高いんですよね、これ。失敗を親に隠して一生懸命になんとかしようと思った経験が、彼らにはきっとある。だから共感するのでしょう。国が違っても兄妹愛は変わらない。貧富の差がこんなにあるのか、と驚いたという感想も多く見られました。イスラム世界の現実を知る上でも、興味深い映画だったようです。
【学生の感想】
●妹の靴をなくしてしまったアリの絶望感や深い後悔の思いがひしひしと伝わってきました。ザーラは自分の靴をなくしたのに、謝りもしない兄の言うことを聞き、母親にも父親にも靴のことを言おうとしませんでした。その時のザーラの気持ちや、また妹に迷惑をかけているアリの気持ちを思うと、深く感動させられました。
●映画を観て、兄弟が欲しくなりました。最後のシーンで、靴はボロボロで足には痛々しいまめができていました。そこに赤い金魚が集まって、まるでアリの頑張った足に「お疲れ様」と言っているようでした。これまで観た映画とは違う雰囲気が気に入りました。もう一度観たいと思える映画です。
●イランという国の経済事情を考えたら、映画の質はきっと他の国より劣るだろうと思っていた自分が恥ずかしいです。裕福な人々、貧しい人々、貧しくても前向きに生活している家族愛や兄妹愛に感動しました。CGなどの技術を使って映画をつくるのがすごいことではなく、何を相手に伝えることができるかが、すごい映画だということをを改めて思いました。
■第3講・歴史映画を観る・・・の巻/「ラスト・エンペラー」(1987年・イタリア=イギリス=中国)
監督=ベルナルド・ベルトリッチ
主演=ジョン・ローン ピーター・オトゥール 坂本龍一
【解説】僕は世界史の授業も担当しておりまして、授業でもいろいろな歴史映画をエピソードとして紹介したのです。映画授業を選択した学生たちから、歴史ものが観たい!とやたらリクエストがありました。じゃぁ・・・2時間半の超大作で、彼らが苦手な清朝末期から現代中国までをみてもらおう!と選びました。学生たちはベルトリッチ監督のことも、ジョン・ローンが当時いかに人気があったかも知りません。教室の固い椅子で2時間半は辛かったでしょうね・・・ゴメンゴメン。でも歴史ものって長尺なのが当たり前だもん。裸がでない・・・を条件にしていたけれど、シーツ越しにいちゃいちゃしてる場面が登場します。ちょいと禁を破ってしまいました。音楽と芸術的なオープニングは、何度みてもいいですね。
【学生の感想】
●すごい映画だと思ったと同時に、とても切なく悲しい映画だなとも思いました。時代に飲み込まれて生きていかなくてはいけなかったのはたいへん辛いことだと思います。私には、この映画に出てくる人は誰一人として幸せではないように思えました。ものすごいスピードで社会や価値観が変化していくことに驚きました。
●中国史の勉強で出てきた紫禁城や宦官が出てきたのは嬉しく思いました。宦官が皇帝に絶対服従でたいへんな仕事なんだと思いました。溥儀が溥傑に皇帝であることを証明するために、宦官にインクを飲ませる場面には驚きました。
●溥儀の人生を映画を通じて学んで、勉強になりました。私は誰からも拘束されずに、自分のやりたいことを見つけ、それに向かって頑張っていくような人生を送っていきたいと思うようになりました。
■第4講・ぼくらのしあわせとかれらのしあわせ・・・の巻/「コイサンマン(ミラクルワールド ブッシュマン)」(1981年・南アフリカ)
監督=ジャミー・ユイス
主演=ニカウ サンドラ・プリンスロー
【解説】アフリカ代表として僕ら世代は知らぬ者のない大ヒットコメディを。カラハリ砂漠に住むコイサン族。自然と共存し、所有するという観念のない生活。ある日セスナ機から落された1本のコーラ瓶。これが彼らの平和な生活を乱すことに・・・。ニカウさんの笑顔と素朴なストーリーが心に残るはず。なお「ブッシュマン」は俗称で差別的な意味を持つことから、続編公開時にタイトルは「コイサンマン」と改められた。
【学生の感想】
●私たちは便利な生活をしていますが、便利すぎて過剰な所有欲をもったり、物を大切にする心を忘れていることがよくわかりました。コメディで笑えるところもたくさんありましたが、笑いの中にも考えさせられることが多い映画だったと思います。ものを大切にしようと思うようになりました。
●この映画を観て何よりも驚いたのが、ステップ気候(と思われる)の尋常ではない乾燥具合です。地面に葉を並べてわずかな朝露を溜めたり、植物や果実の水分をしぼって飲んだり、たくましく生きている姿に圧倒されました。
●私が送る生活の中での「しあわせ」って、いったい何だろうなと考えさせられました。いろいろな価値観に触れて見つけていくのもよいことだなぁと感じました。
■第5講・戦争と平和について考える・・・の巻/「さよなら子供たち」(1987年・フランス)
監督=ルイ・マル
主演=ガスパール・マネス ラファエル・フェジト フランシーヌ・ラセット
【解説】平和について考える・・・これはこのシリーズを通じて繰り返しやって来ました。戦場そのものを描いたもの、戦争に巻き込まれた悲喜劇を描いたもの、東西冷戦・・・。学生たちはそれぞれ真剣に考えてくれた気がします。今回の「さよなら子供たち」はホロコーストの悲劇を間接的に描いたもの。日常に戦争がいかに悲しい影響をもたらすのか、それを考えて欲しいという気持ちでセレクトしました。
【学生の感想】
●20年以上前の映画だったけど、全然古さを感じなかったです。淡々と物語が進んでいくのに、なぜか心はずっとハラハラしていて、ドキドキしながら観ていました。多感な少年のぴりぴりした感じや、心がずっとモヤモヤしている感じがとてもリアルに伝わってきて、とてもよかったです。二人が離れる時の顔がずっと忘れられません。まだ話したいこと、したいことがたくさんあるよ・・・というようなあの顔。どっかの誰かの勝手で子供たちにああいう表情をさせてはいけないんです。ジュリアンの最後の涙が本当に綺麗で、私も涙が止まりませんでした。
●ユダヤ人虐殺シーンを使われていないのに、戦争の悲惨さが心に伝わってくる映画でした。最後の別れのシーンが悲しかったです。何もできない無力さが伝わってきました。
●いつ捕まって殺されるか、毎日おびえながら生きていくのは辛いだろうと感じました。この映画のおかげで改めて戦争をしてはいけないということを考えさせられました。
■第6講・高齢化社会について考える・・・の巻/「老親」(2000年・日本)
監督=槙坪夛鶴子
主演=萬田久子 草笛光子 小林桂樹
【解説】人はいくつになっても成長できる。高齢者介護の現実を描く前半は、けっこう厳しい現実が描かれる。一方で義父と心を通わせる後半 はとてもすがすがしい印象すら受ける。正直、もっと重たい話だと思っていたが、これは家族の成長物語としてとても元気をくれる映画だ。 現実を考えつつ、前向きな人生について考えさせてくれる。今回選んだ9本のうち、学生の人気投票では堂々の2位。 女子学生は見終わって口々にこう言った。「やっぱり長男の嫁は嫌よね!」「でも彼氏長男なんよ」・・・。ちなみに、僕の高校時代の同窓生が脚本を書いてます。
【学生の感想】
●老いは誰にでも訪れますが、どんなときでも人は周りに支えられて生きているのだと思います。特に年をとると周りの人に手を借りなければならないこともありますが、面倒を誰かにみてもらうのが当たり前だという考えは誤りです。面倒をみてもらう立場になっても、感謝の言葉は忘れないでいようと思いました。
●映画の前半は「何でこんなに人まかせにするんだろう」と思いながら観ていました。「嫁いだ嫁は親が四人で、旦那は二人のまま」と言っていたのが印象的でした。自分の親のことや自分の老後のことを考えさせられました。今私は祖母と同居しています。今は元気ですが、もし介護が必要になったら積極的に支えていきたいです。
●義父も主人公も成長し、お互いに認め合って楽しく生活する姿に、みていて和やかな気持ちになりました。83歳になって自分のことが自分でできるようになり、見違えるほど表情が生き生きしてきたと感じました。孫娘も立派に成長し、介護福祉士になろうと決断したことは、よい人間関係を築けたからだと思いました。男性目線でこの物語をみたらどうなるだろう・・・とも思いました。
■第7講・一冊の本が運命を変える・・・の巻/「小さな中国のお針子」(2002年・フランス)
監督=ダイ・シージエ
主演=ジョウ・シュン リウ・イエ チェン・クン
【解説】シリーズ半ばで恋愛映画をみせるのをお約束にしているのですが、ただ愛だ恋だをみせても仕方ない。 文化大革命という時代背景、一冊の本が人生を変えること、帰り来ぬ青春・・・いろんな要素が加わってくるだけに、単なるロマコメ観るのとは大違い。フランス資本の中国映画というのもちょっと異質ですよね。自分たちと同じ年頃の若者が、当時の中国ではどういう生き方をしていたのか、それを知る上でも興味深い。糞尿を運ぶ場面が痛々しいですが、最後まであれが泥だと信じていた学生もいました・・・。美しい山間部の風景とバイオリンの音色が心に残る映画です。
【学生の感想】
●たった一冊の本が一人の人間の生き方を変える。その力強さに感動しました。本や映画が世界を大きく変えることはないけれど、一人の世界を変える。実はそれって何よりもすごいことなんじゃないかと思います。村が沈んでいくシーンはとても切なかったです。もう絶対に戻らない青春。青春って酸っぱいけれどずっとずっと残り続ける。遠くなればなるほど輝きが増すものかな、とこの映画を観て思いました。これからも私は、私を変えてくれるような本や映画に出会いたい。またそれらに反応できる心をずっともっていたいです。
●一冊の本との出会いによって、運命を大きく変えていくお針子の姿がいちばん印象に残りました。私も幼児期から本をいろいろ読む中で、自分では経験できないような事を学んできました。本で知った世界で感動を覚え、自分自身変えたと言ったお針子の気持ちがわかるような気がします。
■第8講・人間の残酷さについて考える・・・の巻/「エレファント・マン」(1980年・イギリス=アメリカ)
監督=デヴィッド・リンチ
主演=ジョン・ハート アンソニー・ホプキンス アン・バンクロフト
【解説】もうすぐ社会人となる彼らは、これまでの学生生活で「いじめ」が何かと騒がれた世代です。社会人になる前に人と人との関わり方について、ちょっと考えてもらっては・・・と思い選びました。見せ物にされた奇形の男に関わる人々の言動を通じて、自分自身もこれまでに誰かを傷つけたことがなかっただろうか?と、学生たちに問いかけた上で観てもらいました。日頃やんちゃな男子学生も、半ば反省文的なレポートを提出してきました。デビッド・リンチ監督の悪趣味なところを今の僕らは知っていますが、この映画はそこを抜きに観ることができる感動作。
【学生の感想】
●ここまで考えさせられる映画を、今まで観たことがありませんでした。障害をもっているだけで見せ物にされている姿をみて、僕は「いじめ」を連想しました。中学時代にいじめられている人がいて、僕は見て見ぬふりをしてしまいました。今日この映画を観て、昔の自分もひどいことをしていたんだと気づきました。誰だって人から嫌われることを望んでいる訳ではない。そのことを忘れず、よい事と悪い事をきちんと考えていこうと思いました。そして自分の意思で接していきたいと思いました。
●とても悲しく切なくなりました。またそれと同時に怖いとも感じました。ジョンという人間を物のように扱って、人としてみない。そういう周りの人間に恐怖を感じました。私も誰かを好奇の目で見てしまったり、周りと同調したことがあったかもしれません。それって凄く残酷。何よりも酷いことだと気づきました。そういう時って、自分とは違うのだと排除して見ていた気がします。
■第9講・夢は叶えるもの そしてそれを支えてくれる人々・・・の巻/「リトル・ダンサー」(2000年・イギリス)
監督=スティーブン・ダルドリー 主演=ジェイミー・ベル ジュリー・ウォルターズ ゲイリー・ルイス
【解説】最終回は夢と希望を与えてくれる秀作を!。これはさすがに観たことがある学生もいました。「この映画好きです」「最後がこれでよかった」「何度みてもあの場面で泣くんです」。 僕もこの映画には思い入れがあるもんで、映画館の帰り道にサントラ買っただの、いろんな話をしてしまいました。
今回の人気投票では当然の第1位。これをみせたかった僕の真意は、周りへの「感謝」なのね。彼らは専門学校というところで、自分の目標に向かって頑張ってきた。成し遂げた者もいればそうでない者もいる。でもここまでの自分を支えてくれたのは、この映画のスト破りをしたお父さんみたいな両親だったり、バレエの先生みたいな恩師だったり。そこを振り返って欲しかったのでした。英国不良ロック満載の映画だったから隣のクラスにはご迷惑をかけました。ご容赦を!(笑)。
【学生の感想】
●ビリーがバレエをやっているときにはすべてを忘れることができると言っていました。私もスポーツをしているときには、そのことだけに懸命になり楽しむことができます。やはり趣味をもつこと、打ち込めることをもつことは大事だと思います。社会人になっても、何か目標を定めてそれに突き進むことができたらなと思っています。頑張ります。
●自分がこの学校に入学するときにお金を払ってくれた父と母、就職試験に不合格だったときに慰めてくれたり励ましてくれた友人の存在が、これまでの僕を支えてくれていました。夢を叶えるためにはたくさんの人の支えがありました。それをこの最後の授業で確認することができてよかったです。
●何度観ても泣いてしまいます。お父さんに自分の気持ちをダンスでぶつけて、そのことが伝わる。そのお父さんはビリーの為にスト破りをする。お父さんの心が痛いほど伝わってきて泣いてしまいます。息子の将来の為に。才能を伸ばしてやる為に。別れのバスでお兄さんが「寂しい」というシーンは涙ものです。お兄さんが気持ちを伝えるタイミングが絶妙なんです。バレエの先生の娘との恋とも呼べない掛け合いも好きです。「そんなことしなくっても君が好きだよ」という台詞が心に残ります。
●世間一般の価値観に立ち向かいながら、自分の夢に真剣に取り組む主人公の姿に感動しました。女子で野球選手を目指して頑張っている人を見て衝撃を受けたことがあります。自分も価値観にとらわれていたんだなと思いました。