海岸と川に囲まれた江戸深川猿江の漁師町の今は、マンション群と大通りに分断されてしまっている。そんななかに、東京ドーム3個分の都立公園がしっかり残っていた。
秋の深まりは少し歩けば都会の日常ではありえなくなったが、そこは枯葉を踏む快感と音感を体験できる場となった。
都会では枯葉は近隣のトラブルの原因ともなってしまい、したがって枯葉が散らばることを恐れて貴重な広葉樹を伐採せざるを得ない都会になってしまった。「寛容」を削除してしまった近隣関係は、ここだけは安心できる空間を確保できる。
都会は資本と文化の集中に心を奪われてしまっているが、下町情緒の残っていたここ一帯は工業地帯にもなっていたため東京大空襲の目標にもなり、終戦直後は死体の山がこの公園を満杯にしたようだ。戦後はその事実さえも落葉と共に風化してしまっているように思えてならない。
江戸時代は筑波山が見えたというが、今ではスカイツリーがひょいと現れたり目の前に突然大きな石組が行く手を遮る。そんな非日常性が新たな次をステップする飛躍台になる可能性がある。
公園のあちこちに絵本のパネルが置いてあった。全部をまわる時間がなくて残念だったが、まだ未発表の絵本作家の物語だそうだ。
まだ有名でない作家を応援するそんな配慮がうれしい。猿江恩賜公園を担う歴史に小さいながらホッとできる空間づくりがあることが希望である。