戦時下で川柳を武器にときの権力に抗い続けた作家「鶴彬(ツルアキラ)」を知った。15歳からデビューした彼は、特高や監獄の支配下の中で29歳の若さで事実上獄死した。川柳にしても鶴彬にしても歴史から削除されてしまう位置にいる。文学的位置が低く見られている川柳、非合法の反体制作家も同じ抹消と風化の運命をたどることになる。
その埋められた遺産を掘り起こしたのが、楜沢健(クルミサワケン)氏だ。息苦しい時代状況は戦前と今とでは質が違うが、今のほうが敵が見えないからいっそうその抑圧の本質が見いだせない。そういうときこそ、庶民が生んだ川柳の穿ち・弾劾・怨嗟・告発・風刺の精神が迷妄を吹き飛ばす。
鶴彬の命がけの川柳。
〇「張り替えが利かぬ生命の絃が鳴り」 / 鶴彬の反戦の自負・誇り・覚悟が伝わる
〇「修身にない孝行で淫売婦」 / 東北を襲った冷害で身を売った女性、道徳時間の効果
〇「タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやろう」 / 翼賛標語をおちょくる
〇「手と足をもいだ丸太にしてかえし」 / 故郷に帰った傷痍軍人への痛み
〇「肺を病む女工故郷へ死に来る」 / 帰郷した死亡者の7割が結核だったという
〇「首を縊るさへ地主の持ち山である」 / 川柳蔑視に対し川柳リアリズム宣言を提起
〇「万歳とあげて行った手を大陸において来た」 / 時流に乗る川柳作家に告発され検挙される
じっくり何度も読み返していくとその裏側の意味・輪郭が現れてくる。福島県双葉町には、「原子力郷土の発展豊かな未来」「原子力明るい未来のエネルギー」「原子力正しい理解で豊かなくらし」という原発標語の看板がむなしく放置されている。これ自体がブラックユーモアとなる。
本書のブックデザイン・レイアウトも栞もなかなか斬新なのが魅力的。
街中に乱発された戦時下の戦争標語が庶民・マスコミの脳髄を占有する。「贅沢は敵だ」「産めよ殖やせよ国の為」「一億一心 銃とる心」「国が第一 私は第二」「拓け満蒙! 行け満州へ!」「撃ちてし止まむ」
作者は指摘する。「原発は社会から異論や反対を排除し、それを許さないシステムである。社会のすみずみまで、異論や反対の入る隙間なく、同意とと同調を行き渡らせる。それゆえ異論や反対を偏執狂的なまでに恐れ、監視する」と。それに対する宣撫予算もばかにならない。それも庶民の電気代から支払われる。
この同調圧力は日本そのものを縛る。女性の世界、行政の忖度、政治の世界、ムラの暗黙の決まり、学校のいじめなどなど、すべてがこの空気感染で構成されている。コロナ並みの感染力だ。「だから、鶴彬」を登場してもらうのだ。戦前も戦後もこの同調圧力は変っていない。だから、豊かなのに幸福感を得られない。だからいじめはなくならない。だから歪んだお笑い芸人に浸る。
(『川柳は乱調にあり』春陽堂書店、2014.6 / 『だから 鶴彬』春陽堂書店、2011.4)