「 近世の<外来種>が生態系に与えたインパクトとは」という書籍の帯が眼に止まり、佐野静代『外来植物が変えた江戸時代』(吉川弘文館、2021.8)を読みだす。裏表紙に本書の要約が出ていた。
「人間活動を含んだ水辺の生態系を里うみ(里湖・里海)と呼ぶ。そこで採られた水産肥料の主な対象は、木綿やサトウキビなど近世の外来植物だった。山地の環境変化や都市の消費需要も視野に入れ、人為的な<自然>の実像に迫る」と。
最近よく使われる言葉に「里うみ」がある。世界を驚愕させた自然と人間との生態系を持続させてきた日本の「里山」主義に連携した言葉だ。著者は、歴史地理学を専攻してきただけに各地域の古文書を丁寧に読み込み、充分解明されていなかった水辺の環境史から、近世の外来植物の導入をきっかけに「里うみ」の生態系が維持されてきたことを明らかにした。
それを、琵琶湖・八郎潟・浜名湖・三河湾・瀬戸内海・奄美大島などの事例をあげて具体的に解明していった地道な努力が素晴らしい。水草や海藻を畑の肥料として採取することは、水辺の停滞を改善することで水質浄化を実現し、その栄養素を陸に還元していった。
とりわけ、木綿・サトウキビ・サツマイモ・菜種などの外来植物は、都市消費の需要が巨大であったにもかかわらず江戸のエコロジーの真価を発揮していった経過には驚きだった。サトウキビが奄美だけでなく都市周辺の水辺の開墾地で展開していたというのも初耳だった。
どうりで、静岡各地に和菓子屋がいまだに多いのにびっくりしていたが、本書でその理由がわかった。さらには、同じ「かんしょ」でも、「甘藷」はサツマイモ、「甘蔗」はサトウキビであるのを教えられた。
もちろん、その過程では、薩摩藩の力によるサトウキビ栽培の強制によって山野を改廃してしまう環境負荷などの問題をはらみつつも、総枠として、循環的な資源利用システムが確立していったことは特筆してよいことに違いない。
そのことで従来、生糸・木綿・砂糖は中国からの輸入品に頼っていたものが自前で生産できるようになったことも画期的だった。これは現代の食糧自給率を考えるうえでも学ぶべき課題が内包している。また、食糧や物品を特定の他国に依存する危うさも俎上にあげるべき課題だ。
「零細的に見えた各地の肥料藻取り」が、じつは需要の大きい商品作物を供給し、国際商品の国産化をも実現させた基底的生業であったことに刮目させられる。本書は著者の真摯で謙虚な探求心の賜物であることに励まされる。