ウリパパの日記

自由気ままに・・・

新緑の御岳山から大岳山をハイキング 2016.5.2

2016-05-02 21:16:32 | 山登り
今日は晴れ間が広がる予報でした。しかし高気圧の中心が北海道付近と南海上にあってその間に入った関東地方は終日すっきりしない曇り空でした。今日から明日にかけて息子は三浦半島へ友達と釣りに出かけることになり(夜釣り&野宿?)、上州屋で餌を購入してから八王子駅まで送っていきました。息子を送り出した時間は10時40分。天気は今一つですがこのまま帰るのは惜しいので、八王子駅南口から秋川街道、武蔵増戸、梅ヶ谷峠、吉野街道を経由して御岳山(滝本)へ向かいました。ケーブルカーを利用して御岳山から奥の院、天気が悪化しなければ鍋割山から大岳山まで足を延ばそうと考えました。

天気は今一つですが、新緑の中、奥の院では早くも満開のシロヤシオに遭遇。一方、イワカガミも何とか咲き残っていました。高尾山では見かけないフモトスミレ、フイリフモトスミレ、シコクスミレに出会い、大岳山の岩場では早くもイワカガミが一輪開花。往復3時間足らずですが大満足のハイキングでした。

滝本に11時50分に到着。ケーブルカー乗り場の駐車場は満車のようなので少し手前の駐車場に車を停めて、12時15分発のケーブルカーで御岳山駅に登ります。


御嶽号です。KEIOのマークが付いています。御岳登山鉄道は京王グループに属していたのですね。御嶽号と武蔵号は最近車輛デザインが一新されたようです。なかなか斬新なデザインです。


こちらは中間地点ですれ違った武蔵号です。

約6分で御岳山頂駅に到着。じつは間違えてケーブルカー+リフトの往復乗車券を買ってしまったので、試しに観光リフトに乗ってみました。リフトを降りた正面が産安社(うぶやすしゃ)です。御岳山武蔵御嶽神社の摂社である「産安社」は、文治年間(1185~1189)に源頼朝により創立されたと伝えられ、古くより縁結び、子宝、安産祈願の神社として、厚い信仰を集めているそうです。子授け・安産・良縁・長寿祈願&パワースポットとの説明がありました。


産安社の拝殿の横には、良縁・円満の夫婦杉、子授け・男女和合の子授け檜、安産・子孫繁栄・長寿の安産杉の御神木がそびえています。子授け檜を紹介しておきます。まさに男女和合のしるしですね。右上のコブは子宝を表しているそうです。

産安社で時間を使ってしまったので先を急ぎます。


まずは武蔵御嶽神社にお参りします。平成29年の酉年式年大祭に向けた修復事業が始まっていました。


拝殿は修復工事中でした。その奥にたたずむ本殿を紹介しておきます。


武蔵御嶽神社から山歩きが始まります。上級者コースと案内にある通り、岩登りや鎖場が続きます。


この辺りから足元には白い可憐なスミレが目立つようになります。これはフモトスミレです。


こちらはフイリフモトスミレ(斑入り麓菫)。葉の模様に特徴があります。


可憐なスミレを楽しみながら山頂に到着しました。小さな石の祠がたたずんでいます。標高1077mの奥の院、「男具那ノ峰」とも呼ばれます。ケーブルの御岳山駅からここまでちょうど50分かかりました。


奥の院の北斜面にはイワウチワが群生しています。数年前のゴールデンウイークに訪れた時はちょうど満開でしたが、今年は季節の移り変わりが早く、ほとんど終わってしまったようです。それでも急斜面をよく探してみると、数輪の花が咲き残っていてくれました。


イワウチワを見てから岩を下っていくと、正面に白い花が姿を現しました。何とシロヤシオが咲いているではありませんか。


純白の花です。


奥の院の岩場にシロヤシオが咲いていたのですね。できれば青空の下で見たかった・・・


しばらく快適な尾根道を歩きます。標高1084mの鍋割山に到着。若干霧が出ていますが天気も安定しているので大岳山へ向かいます。鍋割山周辺のカタクリは既に終わり実が成っていました。


大岳山に近づくとシコクスミレが姿を現します。


こちらはワチガイソウでしょうか。


大岳神社です。山頂へはもうひと登りです。


大岳神社から山頂にかけて、数多くのシコクスミレが咲いていました。


14時5分、標高1266.5mの大岳山山頂に到着しました。御岳山駅から1時間45分要しました。春の草花を観察しながら登ってきたので、まずまずのペースです。

周囲はガスで全く遠望がききません。山頂で遅い昼食休憩をとり14時20分に出発します。


大岳山周辺でもフモトスミレやフイリフモトスミレが咲き乱れています。大岳神社にかけての岩場にはイワカガミの葉が見られますが、蕾はまだ開いていません。


大岳神社の先でも岩場にイワカガミの姿を見ることができます。標高が低くなるにつれて蕾がピンクに色づいてきました。


そして、遂に開花している一輪を発見しました。あと一週間もすると大岳山の岩場はイワカガミの赤い花で彩られることでしょう。


帰りはロックガーデン経由で下ってきました。最後に天狗の腰掛け杉を紹介しておきます。案内板によると推定樹齢350年(江戸初期)、樹高60m、目通り(幹周)6.5m。その名のとおり天狗が腰掛けるのにぴったりの形ですね。

大岳山からちょうど1時間で御岳山駅に到着。15時21分発のケーブルで滝本へ下ってきました。約3時間の散策でシロヤシオ、イワウチワ、イワカガミ、各種スミレに出会い、充実した山歩きでした。
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史跡足利学校を見学 2016.4.29

2016-05-01 21:31:46 | Weblog
足利市の鑁阿寺を訪れた後、日本最古の学校である足利学校へ向かいます。まずは足利学校について足利市のHPから引用します。

足利学校は、日本で最も古い学校として知られ、その遺跡は大正10年に国の史跡に指定されています。足利学校の創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、鎌倉時代の足利義兼説などがありますが、歴史が明らかになるのは、室町時代の永享11年(1439)関東管領・上杉憲実が、現在国宝に指定されている書籍を寄進し、鎌倉円覚寺から僧・快元を招いて初代の庠主(しょうしゅ)とし、足利学校の経営にあたらせるなどして学校を再興してからです。

足利学校は、応仁の乱以後、引き続く戦乱の中、学問の灯を絶やすことなくともし続け、学徒三千といわれるほどに隆盛し、天文18年(1549)にはイエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介されました。

江戸時代の末期には「坂東の大学」の役割を終え、明治5年に幕をおろしましたが、廃校直後から有志による保存運動が展開されるなど、郷土のシンボル、心のよりどころとして足利学校の精神は市民の中に連綿として生き続け、平成2年の復原完成へとつながり、教育の原点、生涯学習の拠点として、新しい学びの心の灯をともしています。(以上引用終わり)


まずは受付で入学証を購入します。正面に学校門が見えてきます。


日本で唯一 ”學校”の額がかけられた門です。


学校門の紹介です。寛文8年(1688年)に建てられ、江戸時代から今日まで受け継がれてきました。"学校"は儒学の教科書の一つである「孟子」の中にある言葉です。


学校門をくぐると、旧遺蹟図書館の前にナンバンハゼの木が立っています。栃木県の天然記念物に指定されています。


ナンバンハゼは、もともと日本には自生していないです。足利学校は孔子に縁が深いことから、大正11年(1922)に林学博士の白澤保美が植えたそうです。学名はピスタシア・シネンシス。別称「孔子の木」「楷」「トネリバハゼノキ」など称されています。


学校門の正面にある杏壇門をくぐると孔子廟が現われます。聖廟とも呼ばれ孔子を祀ってある廟です。建物の名称は「大成殿」で寛文8年(1668)足利学校第13世庠主伝英元教の時に造営されたものです。


聖廟の中央にまつられている孔子坐像です。


孔子坐像の説明です。頭巾をかぶり儒服を着けた像で、この姿は「行教像」といわれています。日本最古の孔子の彫像として大変貴重なようです。


孔子廟に隣接する方丈と庫裏です。方丈は学生の講義や学習、学校行事や接客のための座敷として使用されたところ、庫裏は学校の台所、食堂など日常生活が行われたところです。


方丈の裏手には庠主の墓があります。室町時代、関東管領上杉憲実は、鎌倉円覚寺から僧快元を招いて初代の庠主(校長)とし、足利学校の経営にあたらせました。以後、明治元年までの430年間に23代の庠主が在任しました。孔子廟の裏手には、このうち17人の歴代庠主の墓があります。多くは無縫塔で、庠主の名前がわかるのは8基あり文字が判読されていますが、残りの9基は不明のようです。

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新緑の高尾山をハイキング 2016.5.1

2016-05-01 18:13:42 | 高尾山・陣馬山
今朝は東北北部から北海道にかけて冷え込みが強まり、北海道の内陸部では-5℃以下に冷え込んだ地点がありました。一方本州付近は南からの高気圧に覆われ朝から気温が上昇。八王子では26.4℃と夏日を観測、甲府では28.7℃まで上がっています。和歌山県や高知県では真夏日を記録。今日の日本列島は真冬と真夏が同居した一日でした。

関東地方南部では昨日のような強い南風も吹かず、絶好のお出かけ日和でした。早速午前中に、高尾山トクトクブックに5月号のスタンプを押すついでに高尾山から一丁平まで軽くハイキングしてきました。


清滝駅前広場です。新緑が鮮やかです。ケーブル沿いに妙音橋を直進して霞台へ登り、まずはトクトクブックにスタンプを押し、1号路を山頂へ向かいます。


浄心門です。ここから薬王院の境内となります。


薬王院のシャクナゲ園で休憩します。


全体的には開花が始まったところですが、見頃を迎えている木もありました。


しゃくなげ園を下ったところに飯盛スギの案内板がありました。今まで何度も来ていますが、初めて存在に気づきました。


これが説明にある飯盛スギです。幹回り7.5m、樹高45mの大木です。昔は円錐形をしていたことから強飯式の椀に盛り上げられた飯のさまを連想して名付けらました。伊勢湾台風の被害に遭い形が崩れてしまったそうです。


仁王門の八重桜は散ってしまいました。少し遅かったようです。ここからショートカットして富士道を山頂へ向かいます。


山頂付近の新緑です。大勢のハイキング客が訪れていました。


高尾山頂からの眺めです。湿度が高く霞んでしまい富士山は見えません。


山頂直下の山つつじです。


一丁平にやってきました。朴の木の花が開花し、強い香りを放っていました。


イカリソウも咲き残っていました。

さて、今日一丁平まで足を延ばしたのは、以下の花を見るためでもありました。


まずはクマガイソウです。先週も紹介したように南浅川町の保護地域で数多くの花が咲いていますが、奥高尾の山中でも姿を見ることができます。今年は1輪しか開花していません。この周囲は2~3年前から保護監視下におかれているようです。


続いては、ヤ〇シ〇ク〇ク。昨年は時期を逸してしまい見ることができませんでしたが、今年は何とか間に合いました。ハイキングコースのすぐ近くに咲いています。


朴の木の花と同様、とても甘い香りを放っています。例年はGW明けに開花するのですが、今年はとても早かったようです。

一丁平からの帰りは萩原作業道を下り日影沢に出ました。一週間前に紹介した日影沢のヤ〇シ〇ク〇クは、既に花が散ってしまいました。


キャンプ場近くの木に咲くカヤランです。

今日はGW中ということもあり、日影沢にも大勢の方が訪れていました。

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