学年だより「ディープ力(2)」
作家の中谷彰宏氏は、東大を目指して二浪するもかなわず、早稲田大学の第一文学部・演劇科に入学した。学生時代は、映画を観、本を読む生活にのめりこみ、四年間で観た映画は実に約4000本に及ぶという。
~ 毎月100本のノルマを自分で決めて観ていった。1日2本ずつでは、月90本で負ける。1カ月に100本観るためには、負けるぶんを、オールナイトでフォローするのである。なにしろ、レンタルビデオやDVDのない時代である。映画館を回るのだ。あのころレンタルビデオやDVDがあったら、なんと楽なことだったろう。
そのうえ、演劇科は出席が巌しかったので、時間的に大変だった。移動時間を計算して、スケジュールを組む。めったにやらない作品のときは、早めに行って並ばなければならないので、その待ち時間も計算に入れなければならない。めったに観られず何時間も並んだ映画が、今ではレンタル屋に無造作に並んでいる。
雑誌の『ぴあ』が日記だった。『ぴあ』の650本とか載っている索引をまず開いて、観てないものがあるか、チェックするのだ。映画は無限にある。ただ、配給権にかぎりがあるので、2500本ぐらいから、観ていない映画が少なくなってくる。フィルムセンターやアテネフランセ、日仏学院の英語字幕フランス版などを押さえていけばいいようになる。
そうこうしながら、4年間で4000本は観た。今までに4000本ではない。学生時代に4000本だ。今から思うと、そこで映像のシャワーを浴びていたことが、役に立っている。映画好きの人なら、たとえば、夏休みとか、ある時期に、月100本観ることは可能だ。だが、それを、4年間続けるとなると、単なる好きでは、続けられない。いまだにそれ以上観たという人に会っていない。
これだけは誰にも負けないというのが、アカデミックなものであることは、むしろ学生にとって自然なのではないか。 (中谷彰宏『面接の達人』ダイヤモンド社) ~
就職活動にあたっては、この経験は強みになった。自己紹介のなかに「映画を4000本観た」という一行を書いておく。面接で、それについて聞かれたなら、とうとうと語ることができる。
一般企業を狙うにあたり、演劇科であることが有利に働くことはないが、誰にも負けない経験と、それによって得られた自信は何ものにも替えがたいことに、この時気づく。
その後に博報堂に入社し8年働いた後に独立することになるが、中谷氏が世に出るきっかけとなった著書『面接の達人』は、当然のことながらこの自分の学生時代がベースになっている。
~ 勉強に集中できない者に、ビジネスマンは務まりっこない。勉強しない人は、どこの世界でも取り残される。でも専門分野が、その会社とまったく関係がなくてもいいのか。いいのだ。だいいち、会社の中は、その会社のスペシャリストだらけだ。 ~
就職に有利そうな学部学科を選ぶのではなく、自分がディープにのめり込めそうな学部学科を選ぶことが大事だということがわかってもらえるだろうか。