五十年前の尾瀬紀行(その6)
さてこれからが大変、道のような道はない。只見川の川辺に沿って上り始めた。右岸から左岸に渡る橋もない。暫く進むと山毛欅の大木が流木になって、橋の形よろしく左岸に架かっていた。長さは凡そ十間はあるかと思われた。それを橋にして向こう岸に渡るという具合で、余程天候に恵まれないと危険此の上なし。
幸いに桜井儀八郎氏が一、二回通ったことがあるというので、それが頼みで約三里の道を背丈の笹を分け、千古斧鉞を入れない山毛欅林、済々と天を覆う許り、この大木が所々倒れて行く手を塞いでいる。此の障害物一本越すのに十数分はかかるという始末。茲で熊にでも出られては大変、何となく薄気味が悪くなった。
幸いに大勢の集団であった為、出ることもなくがやがやと賑やかな音がするので熊よけには適当、熊は斯うした音には避けて近寄らぬ習性があるそうだ。
私は昨夜のぶざまな様子とは打って変わって、今日は終始先頭グループで桜井氏と一緒だった。暫く行くと。五十米程の前面に、白い丸い異様のものが木の間に揺れ動いてこっちに近づいて来る。
これには驚いた。流石の桜井氏もたまげて、二人は傍の笹薮に身を潜めてじっと見入った。漸く近づいて来て二度びっくり仰天、思わず「オー」と声をはずませて、大きくうなった。後方部隊の連中も此の物音に何事かと急いで近寄ってきた。
三度びっくり、それは何と妙齢の女性が而もハイヒールの靴に白い日傘という出で立ち、それに寄り添うように登山姿の男と二人連れ、所もあろうに秘境銀山の而も三条の滝の近くである。
(続く)