ショックだった 相手は全く何とも思ってくれていなかったのだもの
物置になってる店の二階へ置いてもらって部屋捜し バカ 私のバカ 仁慶さんは きっと迷惑していたのだわ
見合い相手と結婚しちゃうかもしれない
悔しいな~ 仁慶さんの全てが 私にとってストライクだったのに
私じゃ~駄目なんだ
事が事だけに珠洲香は巻き込めず 店の子に不動産を世話してもらった
と 店まで珠洲香が来た
「髪少し切ろうと思って」
「美人に磨きかかっちゃって」
「任せるから適当にやってね」
こういう素材は腕のふるいがいがある
結構冗談ばかり言ってたが 終わって店の外まで送ると 真顔になって「今夜会える?」と言ってきた 「ダンナ様はいいの?」と聞くと 「今夜はいない日」そう にっこり笑う 早智子も呼んでおくわ― 珠洲香は そう言って 別れの挨拶に片手をあげた
仕事が終わり待ち合わせの寿司屋へ行くと 鱈の白子で 先に来た二人は呑んでいた
ちょっとご機嫌なようだ
「ウニ食べよ!」と早智子
「何?臨時ボーナスでも出たの」
「うふふ・・・ま い~じゃない」
そんな早智子を目で制して珠洲香は真剣な眼を向けた
「大丈夫なの?」
「な・・・何が?」
「仁慶さんのお寺出たって聞いたわ」
びぇえええ~っと子供みたいに泣きそうになった
「無理ってね 判ってたの でも もしかしたら―って 見事撃沈 仁慶さん見合い話があるの もう ・・・駄目 望み無しなんだ」
珠洲香は何も言わず幼稚園の先生が園児にするように ぎゅってしてくれた
早智子も「いいこ いいこ」撫でを黙ってしてくれる
「美味しいもの食べよ 呑もう」と暫くして珠洲香が言った
カウンターに20人ばかし座れ 客の背中に通路を隔てて 襖で仕切られた座敷が五つばかしあり 奥には大広間も
会合などもできる 造りなのだ 二階から上は 店の経営者の住まいとなっている ここがまだ屋台のような店の頃から 私達は親に連れられて来たものだ 今の店主は 学校の先輩の父親なので 身内感覚の 気のおけない店でもある
私達が 「呑もう」「お寿司食べよっか」 と店名出さずにいる時は ここの事となる
「美味しいね~」 我々の懐も好みも知って 料理を出してくれるので 本当に安心だ
ふと思った
ここに仁慶さんと来たかったな~ 未練だな 私も 忘れよう 忘れなきゃ ピッチが上がった 「寝ちゃ~駄目だよ 美智留」
「で今仁慶さんの事どう思っているの?」 優しい珠洲香の声 「殴ってやりたいに決まってるじゃん 煮え切らないのと優しさは違うよ~」 きっちり言いたいこと言う早智子の声 それらが ごちゃまぜに聞こえてくる
随分酔ってしまったようだ とろとろ喋っている この声は わたし?
「でも好きなのよね~ 本当に本当に好きなの 馬鹿みたいだわ 私って」
だんだん周囲が静かになったのに 私は気付かず―
「そんなに仁慶さんが好きだったんだ」
「殴ってやんなさいよ~ バカね ガツンと言ってやるのよ」
元気のいい早智子の声 「お灸は据えた方がいいかも」 茶目っ気のある珠洲香の言葉
「さ~帰るよ~」 「幸せになってね美智留」
友人二人の声が遠ざかり ぽかぽか暖かくなった なんでだろ?
あ車だ タクシーかな? でも なんだろ この匂い とても落ち着く 気持ちいい
ふわふわ あれ 世界が揺れてるよ
あったか~い 気持ちいいな~
誰が何か言ってる 着替えなきゃ とか なんとか うるさいな~ もう このまま寝るんだから~~~ お布団が気持ちいいよ~~~~~
酔って眠った後は 頭痛と戻らない記憶 昨夜の私は何したの? ここって・・・ なんで私がここにいるわけ?!
でも おしっこ行きたい トイレ行ってから考えるわ
で 私何故に下着姿なわけよ?
枕元に新しいガウンが置いてあった それを借りる 勝手知ったる少し前まで住んでいた家のこと あたりを伺いながら トイレと洗面室
ああ空き巣狙いで入って居座った泥棒のような真似をしているわ 私―
部屋に戻ると 寝起きには絶対会いたくなかった人がいたの
丸いお盆にコーヒーとジュース ゆで卵ものっていたわ 「気分はどうですか?」 藍の木綿の作務衣着てあくまで涼しげに端座していたわ
さっきまでマシな気分だったとしても 史上最悪に落ち込んだわよ もう なんでよ 私ってば 親友二人に謀られたわけ?! 傷つくなぁ~
がばっと仁慶さんが頭を下げた
「頼んだんだ 君と話がしたくて 話を聞いてほしくて 栄三郎に頭を下げた
で早智子さん珠洲香さんが協力してくれた
後で来るだろうけど 昨夜は二人共 君の事を心配し ここへ泊まったんだ
早く話をつけないと そのまま君を連れて帰ると だから!わたしには時間がない!」 やたら仁慶さんは必死だった
「何の?」
「妻になって下さい」
「は・・・あ?」 思わず じりっと後ろに下がってしまった
うわ・・・立ち上がった 近付いてくる 怖いよ~~~~
真剣な顔のスキンヘッドって迫力ありすぎです~
「あ・・・あのっ 落ち着いて ね 落ち着いて 仁慶さん見合いしたじゃない お茶お花 日舞と完璧令嬢と
ね ね 血迷わないの―」
と背中が壁についちゃった これ以上さがれないよ~ ど~しよっ
どん!仁慶さんの両手が 私を挟んで壁につかれた
正面に仁慶さんの喉が
見上げるのは 目を合わせるのは 恐ろしかった
仁慶さんは今まで余り漂わせなかった 男そのものの雰囲気なんだもの
「悪かった 自分が誰を好きになっていたか 誰に恋をしていたか気付かないアホで
美智留さんがいない家には帰りたくない
おふくろなんて わたしはいらない とまで言うくらい 美智留さんが可愛いそうだ 親父に至っては 貴女が出て言ってからずっと眉間の縦皺が4本消えない
家族で君に恋しているんだ
美智留さんは この家の関西電力だ」
ああ多分生涯に滅多にない愛の告白受けてる最中なのに 関西電力! だめ 私噴き出してしまったわ
そして廊下からは大爆笑が
「ちょっと貴方」咎める珠洲香の小さな声
「関西電力だって 何考えてるのかね 一世一代の告白だろうに あかん やっぱ アホだ」 橋本栄三郎さんは大笑いをしていた
障子を開け放った仁慶さんは 見事に真っ赤になっていた
「遠慮と機微を知らない立会人もいてくれる 美智留さん 好きです 今度は妻として ここで暮らして下さい」
「殴っといてやろうか」 ぼきぼき関節鳴らす栄三郎さんは ぐっと肘鉄を珠洲香さんに食らわせられた 「さ あっち行きましょ ここから先はプライベート・タイムよ」 みんなをひっぱって立ち去る
今までだって十分プライベート・タイムだわ そのはずよ まったく
「あら美智留ちゃん 戻って来てくれたのね 美味しいお饅頭があるの 熱いお茶入れるから こっちいらっしゃい」ずんと手をひっぱりながら ガウン姿を気にする私に 仁慶さんのお母さんは「もう少し気を揉ませてやりなさい あの朴念仁にはいい薬だわ」と囁く
追いかけてきた仁慶さんは お父様に用事を言いつけられ お寺から追い出されたようだった
その後着替えの服を運んでくれた早智子と珠洲香は「ごめんね~ 昨夜の店の後ろの座敷に仁慶さんいたのよ 酔い潰れさせたのも私達の作戦 だって私達飲んでたのウーロン茶だったのよ」
「おんぶして美智留を運んでくれたのは 仁慶さんなんだよ」 と早智子が教えてくれる
「怒ってない?」と心配そうな珠洲香
「なんか 今クラクラしてるの もう少し横になってくる」
そうだ 告白されたら返事しなきゃいけないのよね
信じていいんだろうか こんなに簡単に決めていいのかしら
怖いです
お坊様でも仁慶さんて やっぱり男なのよね~
そんな事思ううち いつのまにか眠ってしまった
と布団が揺れる?! え? 肩に担がれて運ばれているのだった
私 重いんだよ~
そして車 まわされるシートベルト
ああ これは お線香の匂い あとお香? 不思議な不思議な仁慶さんの匂い
運転席にすわった仁慶さんは 目を開けてる私にぎょっとした表情 「家だと邪魔が入る 少し走ります」
仁慶さんが車を止めたのは大きな桜の木が見える原っぱ 気の早い蕾は もう膨らみ始めていた
その桜の樹の下まで歩いて行き 「ずっと一緒にいて下さい」 静かに仁慶さんが言う 「・・・」 言いたいことは いっぱいあるのに 声が出ない 言葉が出てこない
ただ こくんと 私はうなずいた