{君は我が家の関西電力だ} 聞いた時は爆笑してしまったけど 時間が経つにつれ 言われた美智留が羨ましくなってきた
あたしには そんな事を言ってくれる男はいないのだ
あたしは捨てられた女なのだし
珠洲香絡みで知り合った仁慶さんと美智留は 両想いになったけれど
あたしと高倉さんは そういうふうになれない 気付いてしまった
高倉さんは凄くいい人なんだけど
あたしは自分を捨てた男を忘れられないのだ しかも行き掛けの駄賃みたいに 抱くだけ抱いて去っていった男なのに
恥ずかしくて親友にも言えやしない
あれから随分 恋に臆病になってしまった
人を好きになるのが怖いのだ
全部全部あの男のせいだわ
あたしは二十歳だった
だから甘い言葉に騙されたのよ 何が「早智子を離したくない」よ! あれがテだったんだわ ずっとずっと好きだったのに 馬鹿たれ
でも あれからアメリカへ行ったきり
きっと向こうで好き三昧しているんだわ
だから もう顔を見ることも無いでしょう
いい加減 引き摺るのやめなきゃ やめなければ
な・の・に―うげ・・・と思うことが起きた 「小松先生 さようなら」
「さよなら 春日さん 気をつけて帰るのよ」 「寄り道はなし はい分かっています」素直な言葉だが ちらりと舌覗かせるお茶目さ
明るい風紀委員は軽く手をあげ 校門を出て行く
やっと終業式 何ごともなく学期が終了すると ほっとする
以前なら こんな日は 友人達と会えたのだが とびきり仲の良い二人はそれぞれに忙しく誘い出せない
寿司でも買って帰り家で飲もう 馴染みの店へ行く気分でなく 駅前の小○寿司の出来合いを買った 侘しいものである DVDを数本借りてきて テーブルに置く
先にシャワーを浴び 楽な寝間着に着替え DVDつけてグラスにビールを注ぐ 箸を使わず手で寿司を摘む 生徒には見せられない行儀の悪さだ
友人達に置いていかれたような寂しさがある 職業柄 出かけて行き男をひっかけるわけにもいかない
体の中心から波のように淋しさがこみあげる 人恋しいのだ
誰かに抱き締められたい ただ一人の一番になりたい
神様 ハッピーエンドの恋物語をあたしに下さい
でも きっとその夜まともで堅気な神様は休憩中だったに違いない
明け方まで映画見続けて 起きたのは午後二時 すっびん隠しの眼鏡かけて 食べ物買い込みに出かけた
缶ビールのパック リースナブルなワイン オレンジ リンゴ 卵 レンジで温めるだけのたべもん 出来合いのお惣菜
あれやこれやで山盛りのカゴに カート持つんだったと後悔しつつ― なんとか自転車に積み込む
乗ろうとして・・・妙な気配に振返る
腕に女性ぶらさげた男が こちらを見ているのだった
ぞっとした
最悪の! 男が連れている女性はひらひらワンピースにピンクのコート 化粧もバッチリ おまけに若い
気付かれたかどうか 必死に自転車漕いで逃げたわ
ああ 心臓に悪い
帰国したんだわ
荷物引き摺るように部屋に引き込み ドアを閉めた
荷物を置いて床にへたりこむ
蓋した記憶が溢れだす 先輩の送別会の夜 酔ってしまった あたし タクシーで送られる途中気持ちが悪くなり 何故かラブホテル
めまいがして動けず
先輩は何か言っていた トイレに行きたくて目がさめ 寒気がして風呂に湯をためた
さっと体を洗い浴槽につかったあたしは 迂闊にも 部屋からバスルームが見えるつくりなんて気付かなかった 眠っていると思いこんでた先輩は あたしを見ていたのだった
バスタオル持って あたしが浴室出るのを待っていた
あたしは 嫌と言えず ただ その腕の中に入っていった
―少なくとも初めての君は僕のものだ―
ああ・・・
何の約束もなかった
あたしは ずっと先輩が好きだったのだ
ばかみたいに
先輩が旅立つ日 見送りには行けなかった 空港の外までは行ったけど 顔を会わせる自信がなかった
それっきり
小松早智子は恋人一人作る甲斐性もないまま三十の大台に乗ったのだった
予定の無い一人暮らしの気楽さで あたしは数日旅に出た
また会ってしまうのが怖かったのだ 何しろ先輩の実家の寿司屋は あたしの住むマンションから徒歩ゆっくり歩いて10分の距離
レディースプランでエステしてもらって ご馳走食べて元気が出たわ
と美智留から携帯に電話があった
「どこって」
「うん学期終わったし ちょっとリフレッシュ 会議あるからまたすぐ帰る」
「ふうん あの先輩が帰国したわよ なんでも縁談の為なんだって」
「へ・・・え」 じゃきっと あのぶらさがってた彼女がそうなんだ
電話してきたのは珠洲香の妊娠を教えてくれたのだった
「隠してたもんよね~そろそろ5ヶ月ですって」 珠洲香はすらりとした長身だった
「どっちだろ 男の子かな 女の子かしら」 「かわいいだろ~な~」
なんかね~ 美智留と話しながら涙が出てくるのだった
「早智子 大丈夫?」泣いてるのに気付いて 気遣うような美智留の声
「ん・・・平気 少し寂しかったものだから美智留と話せて嬉しかった 電話くれてありがと」 日は続いていく 落ち込んでばかりもいられないのだ
帰りの汽車の中 斜め前に座ったドイツ人男性のお世辞は 気持ちを明るいものにしてくれた
「オジョウサン」カタコトの日本語
お世辞でも お嬢さん かなり嬉しい
彼は名刺をくれた
塾の講師をしているとか 日本のじゃがいもやソーセージは美味しいが 国のビールが恋しくなると言う
フランツ・シュタイン栗色の髪 茶色の眼
彼はなつっこい瞳をしていた
弾んだ気分になって荷物を転がし 駅を出る タクシー乗り場に向かって歩き始める