自覚しない恋というものが あるのだろうか しかも気付いた時には手遅れだった
間抜けな話だ まったく
悪友達が続けて結婚した時代があった
とびきり美しい珠洲香さん
くるくるした目がなんとも愛らしい美智留さん
軽くみせかけ すっとひいたところ 踏み込めないもの持つ早智子さん
それぞれに幸福な恋に落ち みんな幸せになるのだと思っていた
だが 小松早智子さんの恋人は 殺された
早智子さんは教師を辞め 学習塾を始めた
大山隆史 その人の忘れ形見を育てる為に
その凜とした生き方が 心に響いた
最初は恋ではなかった 気になり様子を見にいくうち この女性が欲しくなったのだ
40を前にして さすがに親達は結婚をせかしてくる
でも孫なら妹が4人産んでる
俺は 俺は 相手にもしてもらえないのに 早智子さんが好きなんだ それに早智子さんの娘 史織さんも可愛いんだよ
俺の片思いは 栄三郎と仁慶には バレバレだった
だが十年越しの初恋がやっと叶い さあ結婚という直前 恋人に死なれた女性 しかもお腹に赤ちゃんがいた
そんな相手に 好きになりました 付き合ってください なんて無神経に言えやしない
俺にできるのは 見てること せいぜい何かの保証人になってやる事くらいだった
いつか彼女が誰かに心向ける時 その相手が俺であれば―と願いはするが
三年前 塾の講師仲間と結婚したフランツ・シュタイン 彼も早智子さんの事は気にかけ 仕事上の良い友人となっているらしい
死んだ大山さんの両親である寿司屋さんも 暖かく早智子さんを見守っていた
一生 片思いかもしれないなぁ とも情けなく思う
今日も余分に揚げたコロッケやトンカツ差し入れに持ってきた
勿論顔見る口実だ
と出てきた顔が青い
「どうした小松さん」 「史織の熱が下がらないの 日曜日だし」
「おじいちゃん先生なら家にいるな 行こう!」
俺達兄妹が子供の時から診てもらった先生が 同じ町内にいる 若先生にゆずった形になっているが 経験豊富 腕も確かだ
早智子さんは史織ちゃん抱えて後ろの座席に乗った
「すぐ着くからね」
「有難うございます 助かりました」
途中で電話して頼んでおいたので 先生は用意して待っていてくれた
しばらくして 「心配ない 肺炎になりかけの風邪 薬出しておくから」
早智子さんは 見るからにホッとした様子だった
先生に礼を言って また車へ
「何か史織ちゃんの好きなものでも買って帰ろうか?」
薬屋とスーパーマーケットに寄ることにした 早智子さんが買物する間 後部座席に移り 史織ちゃんを抱いて待つ 「肉屋のおじ・・・おにいちゃん」 弱っているのに史織ちゃんはニッコリ笑う
黒目勝ちの大きな瞳
花びらみたいな唇
史織ちゃんは綺麗な子だった
「しんどくないか 何か食べたいものは?」
「プリン! とね~ババロア 」
「じゃそれも買って帰ろうな」
「うん!」 おじちゃんでなく お父さんと呼ばれる身分になりたいぞ
早智子さんが戻ってくると 運転席に戻り 美味しいと評判の 値段も張る 洋菓子店に寄った
迷ううち色々買ってしまい デカ箱3段重ねになった
早智子さんの住まいは一階が塾 二階が二間 それに台所と風呂がついている トイレは一階まで降りるのだ
史織ちゃんを寝かせてすぐ 熱を計った
「よかった 少し下がっています」 早智子さんの声が弾む 「史織ちゃん何か食べれそうか」
「ケーキ!」
「どれがいいかな~ホットミルクも飲むんだぞ」
「は~い」
「わ豪華ね~」
早智子さんが お皿とフォークをお盆に乗せ運んできた
すぐさまホットミルクとコーヒーも
苺と生クリームのケーキを史織ちゃんは 嬉しそうに食べた
うがいして薬を飲み 横になるや すぐに寝息をたてる
枕元片付けて隣りの部屋へ
新しくいれたコーヒーを小さなテーブルに置いて早智子さんが礼を言う 「今日は有難うございました」
「何かあったら どんな事でも電話してもらっていいんだ 遠慮はいらない」
「何かあると オタオタしてしまって 駄目ですねぇ」
寂しそうに早智子さんが微笑む
前は三人の中で一番屈託なく見えたのに 月日は彼女を静かな女性に変えてしまっていた 明るく笑う人だったのに
「俺はチョンガーだけどさ 頼ってもらうと嬉しいよ」
「頼りにしてますわ 」
「そりゃ有り難い
じゃそろそろ帰るよ また様子見にくる 小松さんも看病で倒れないように」
彼女は笑顔で見送ってくれた
そう 早智子さんには ずっと笑顔でいてほしいんだ
家に戻ると丁度妹と一緒になった 四階を両親と半分こして暮らしている
「さっき見たわよ 兄さん」
「なに」
「早智子さんと 家族みたいだった
申し込めばいいのに―」
「ふられる自信なら あるんだけどね」 笑って答えると 「情けないな~しっかりしろ」どんと背中を叩かれた
ま 援軍は一人でも多いほうが有り難いのだけどね