上半身だけ起こしたおみつは声も立てずに静かに泣いていた
新吉は焦る「泣・・・泣くな」
おみつに近寄り新吉はそっと肩を抱いた
すっぽりと新吉の胸におさまり おみつは微笑む
「だって・・・嬉しいんです
どんなに嫌いな気に入らない嫁でも持参金を使って 離縁したくても返せない
だから・・・辛抱しておられるのだと思っておりました
嫌な女でも店の為だと
迷惑に思われていると」
「あんなに厳しい事を言っても泣かなかったではないか」
「叱られて泣くと甘えているみたいですもの
甘えてはいけないと思っておりました
今は・・・嬉しくて幸せで泣いているんです」
「厳しくすれば泣いて帰るんじゃないか そんな考えもあった」
「あたしは おぶってもらった背中の温かさが忘れられなくて
それから縁談が来始めてからー旦那様がお嫁を貰ったと聞いて
なんでなんで こんなに胸が痛いんだろう
心の中に穴が開いたように・・・・・
何もかも終わった 悲しい心持になるのだろうって
それからそのお嫁さんが死んで またお嫁さんを探していると聞いて
今度こそ今度こそ旦那様のお嫁さんになりたい
でなければ死んでしまう!そう思ったんです」
それが恋だとは おみつは思わなかった 知らなかった
「あたしは旦那様のこの温もり 旦那様だけのこのあったかさがずっと欲しかったんです」
新吉の声に狼狽が滲む「お前 怖くはないのか あんな目にあったばかりなのに」
「あたしが一番安心できるのは旦那様の腕の中」
おみつを抱きしめる男の腕の力が強くなる
「でも・・・堅い・・・・・」
頬に何か堅いものが食い込み それがおみつには気になった
ふっと少し腕を緩め 懐(ふところ)に差し込んだきり忘れていた物を新吉は取り出した
「それは・・・」
新吉が手拭を拡げると出てきたのは女物の下駄
ふっくらした鼻緒の曲線が優しい
「お前にー」と新吉は言った
おみつが両手で受け取ると
「死んだおっかあさんの父親は下駄職人で お才おっかさんが後添えで来てから居づらい時にはずっとそっちへ行っていた
小さいお前と出会った時もそこへ行った帰りのことさ
じいちゃんの血なのか こうした物を作るのが好きで・・・・・
お前にいい物を作ってやりたいと思ってて・・・・・
やっと気に入った物ができた」
「あたしに あたしに拵えて下さったんですか」
「ああ・・・」新吉がうなずく
またおみつが涙をこぼすので「だから もう そう泣くんじゃない」
おみつの手から下駄を取り上げ横に置き 静かに体を倒していく
離れの座敷の灯りが消えるのを憎々し気に睨んでいる人間がいる
「許さない・・・許しはしない・・・・・このままでは・・・」
幸福な者にも憎悪を滾らせる者にも夜は深まり清々しい朝へと移っていく
新吉に愛されておみつは輝きを増す
仕草もめっきりしっとりと艶っぽくなった
新吉が売り物になりそうな鼻緒に工夫を凝らした下駄を考えていた事は亀三を喜ばせた
その下駄の歩きやすさをおみつが客に話すものだから 注文が増え 鼻緒だけでも欲しがる客も出てきた
「もう安心だ」
商売に精を出すようになった新吉の姿に亀三は気が緩んだのか寝付くようになる
そうして三月(みつき)
亀三の臨終でばたばたしている間に今度はおみつの姿が見えなくなる
おみつは・・・お蘭が死んだと同じ蔵の階段の下で見つかった
息はあったが・・・命はあったが・・・お腹にいた子の命は失われた
新吉は焦る「泣・・・泣くな」
おみつに近寄り新吉はそっと肩を抱いた
すっぽりと新吉の胸におさまり おみつは微笑む
「だって・・・嬉しいんです
どんなに嫌いな気に入らない嫁でも持参金を使って 離縁したくても返せない
だから・・・辛抱しておられるのだと思っておりました
嫌な女でも店の為だと
迷惑に思われていると」
「あんなに厳しい事を言っても泣かなかったではないか」
「叱られて泣くと甘えているみたいですもの
甘えてはいけないと思っておりました
今は・・・嬉しくて幸せで泣いているんです」
「厳しくすれば泣いて帰るんじゃないか そんな考えもあった」
「あたしは おぶってもらった背中の温かさが忘れられなくて
それから縁談が来始めてからー旦那様がお嫁を貰ったと聞いて
なんでなんで こんなに胸が痛いんだろう
心の中に穴が開いたように・・・・・
何もかも終わった 悲しい心持になるのだろうって
それからそのお嫁さんが死んで またお嫁さんを探していると聞いて
今度こそ今度こそ旦那様のお嫁さんになりたい
でなければ死んでしまう!そう思ったんです」
それが恋だとは おみつは思わなかった 知らなかった
「あたしは旦那様のこの温もり 旦那様だけのこのあったかさがずっと欲しかったんです」
新吉の声に狼狽が滲む「お前 怖くはないのか あんな目にあったばかりなのに」
「あたしが一番安心できるのは旦那様の腕の中」
おみつを抱きしめる男の腕の力が強くなる
「でも・・・堅い・・・・・」
頬に何か堅いものが食い込み それがおみつには気になった
ふっと少し腕を緩め 懐(ふところ)に差し込んだきり忘れていた物を新吉は取り出した
「それは・・・」
新吉が手拭を拡げると出てきたのは女物の下駄
ふっくらした鼻緒の曲線が優しい
「お前にー」と新吉は言った
おみつが両手で受け取ると
「死んだおっかあさんの父親は下駄職人で お才おっかさんが後添えで来てから居づらい時にはずっとそっちへ行っていた
小さいお前と出会った時もそこへ行った帰りのことさ
じいちゃんの血なのか こうした物を作るのが好きで・・・・・
お前にいい物を作ってやりたいと思ってて・・・・・
やっと気に入った物ができた」
「あたしに あたしに拵えて下さったんですか」
「ああ・・・」新吉がうなずく
またおみつが涙をこぼすので「だから もう そう泣くんじゃない」
おみつの手から下駄を取り上げ横に置き 静かに体を倒していく
離れの座敷の灯りが消えるのを憎々し気に睨んでいる人間がいる
「許さない・・・許しはしない・・・・・このままでは・・・」
幸福な者にも憎悪を滾らせる者にも夜は深まり清々しい朝へと移っていく
新吉に愛されておみつは輝きを増す
仕草もめっきりしっとりと艶っぽくなった
新吉が売り物になりそうな鼻緒に工夫を凝らした下駄を考えていた事は亀三を喜ばせた
その下駄の歩きやすさをおみつが客に話すものだから 注文が増え 鼻緒だけでも欲しがる客も出てきた
「もう安心だ」
商売に精を出すようになった新吉の姿に亀三は気が緩んだのか寝付くようになる
そうして三月(みつき)
亀三の臨終でばたばたしている間に今度はおみつの姿が見えなくなる
おみつは・・・お蘭が死んだと同じ蔵の階段の下で見つかった
息はあったが・・・命はあったが・・・お腹にいた子の命は失われた