夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「恋女房」-5-

2017-05-20 21:06:08 | 自作の小説
欲しいモノが手に入らないならー無理矢理にでも強引にでも奪う
何をしてもどんな形でも手に入れてみせる!
そのように考える人間がいるのだった

願いの前に邪魔な存在の人間は取り除くべく障害にすぎない
命を奪うことになんら罪悪感はない
一人二人と重ねていき殺人は日常茶飯事になってしまう
罪はその身に馴染み 心が痛むこともない
ゴミがあれば掃除をする
その者にとっては それだけのこと


亀三の葬儀もあり 新吉は中々ゆっくりとおみつについていてやれなかった
絶えず用事が 誰かが追いかけてくる
いよいよ仙石屋の主人としての挨拶回りもある

そんなこんなでしみじみおみつに新吉が言葉をかけることができたのは初七日も過ぎてからの事だった

おみつのお腹に自分の子供ができていてー
それがもう居ないということも心の中で消化しきれず
どうおみつに言葉をかけてやればいいのかも分からない
何から尋ねれば良いものか

どうして蔵にー
蔵で何があったのか

新吉はお春から聞かされた話も気になっている

店のことも大事だが・・・
新吉にとっていっとう大切なのは 大事なのはおみつだった
ーこの己が手で守りきれなかったならば ならば!

新吉がおみつの休む座敷へ向かうと お才の声が聞こえてきた
「店の主人が危篤だっていうのに何を暢気に蔵なんぞへ行ったものか
まともに子供も産めないなんて どういう了見の嫁だろうね」

店のあれこれも忙しい時に お才はこんなところで油を売っている
一体この女は誰かの役に立とうなどと考えた事があるのだろうか
亀三はこの女の何を見て後妻に選んだものなのか
後妻になった時の年齢も年齢だが お才だって自分の子供を産んではいない


「おっかさん おみつの見舞いは嬉しいが おっかさんもお疲れでしょう
どうかゆっくりなさって下さいまし」

「ああ・・・ほんに 病人の見舞いは辛気臭くていけないよ
気骨が折れるったら
按摩でも呼んでもらおうかね」

いそいそとお才は立ち上がる

「・・・だそうだ お春 悪いが按摩を呼んできておくれ」

お才とお春が部屋を出ていくと やっと新吉とおみつは二人きり

「すみません・・・」とおみつが言う
「ややがもしやできたのではと思って・・・一度香野屋の母に相談して・・・と思い始めたところだったんです」

おみつには初めてのこと 子供を産んだことのないお才は頼りにならず 自分の母親を頼ろうと思うのはごく自然のことだった
しかし亀三の具合もよくなくて おみつはのんきに実家へ行くとは言い出せなかったのだ

「さて いっそお前がお才おっかさんのようなタチであれば・・・詮無い話だが」
新吉の言葉におみつがぎょっとした顔になる

「おみつは おみつだから」新吉は笑ってみせて それから深い声で言う
「辛かったろう」


わあっとおみつは泣き伏し その背中をさすってやるしか新吉にできることはなかった


新吉は忙しく やりたくないことはしない暇なお才は おみつの休む座敷に押しかけては好き放題に言い立てて どんどんおみつは弱る



間もなく噂を聞きつけ香野屋佐市が仙石屋に怒鳴り込んできた
弱ったおみつの様子に佐市は新吉に言う
「殺される為に嫁にやったんじゃない 
このままここに置いていたら 可愛い娘が殺されてしまう
連れて帰らせて貰いますよ」


「おとっつあん」
おみつが泣いて嫌がるのを無理に駕籠に乗せ連れ去った
去り際 佐市は新吉にこうも言った
「新吉さん これで縁を切らせてもらいますよ」


佐市がおみつを連れて出て行くとお才が喚いた
「ああ せいせいしたよ 塩まいてきな!」


十日ばかりすると お才はしゃあしゃあと猫なで声で新吉に切り出した
「商いは何につけても主人が独り身では外聞が悪い
ましてお前さんみたいな顔のいい男だと妙な噂も立てられがちだ

どうだえ 三人目を貰ってみては
おゆき あれなどどうだろうねえ
あれはあたしの身内だし 後添え 継子の水くささも無くなるってもんだよ

おゆきなら少し年は上だが 共に育って気心も知れてるだろ
あれは働き者の良い女だよ
この家のことも万事心得ているしねえ

確かに出戻りだが お前だってこれで三人目の女房ってことになるんだし」


三度三度 食事のたびに 寝る前の挨拶代わりにもお才は繰り返す
「どうせ おみつは戻って来ないさ
噂じゃ まだ寝込んでいるそうじゃないか

今度はおゆきにしておおきよ

男と女なんて どうとでもなるものさ

おゆきは いいって言ってるよ」


「ほら あたしを安心させておくれよ」


しつこいったらない


そしておゆきも新吉を口説く
「あたし あたしは年が上だし 言い出せなかったけれど 本当は本当は ずっと昔から新さんが好きでした
どうか どうか・・・」


「それで お前は満足なのか」とだけ新吉は問うた

おゆきは満面の笑顔「はいな」