おゆきが捕えられてから後妻お才の姪とはいえ主人の身内ということで仙石屋は店を閉めていた
加助・おゆきと縄付きになる人間を二人も出したのだ
主人の新吉は香野屋の寮で妻のおみつをこれまでを埋めるようにつきっきりで看病をしている
仙石屋は番頭の寅七が数人の店の者と留守番をしていたのだった
おゆきが焼け死に 香野屋佐市の縁切りの芝居とか 新吉が身内を殺す者の存在を疑い幼馴染の同心の夕霧と力を合わせてそれぞれの身内の仇を取るべく
動いていたことはいい瓦版のネタとなった
仙石屋の商売再開を心待ちにする人も多い
「泣かせるじゃあねえか 女房の命を守ろうと・・・」
「おゆきってのは 恐ろしい女だったんだねえ」
お才は・・・めっきり大人しくなった
同心の夕霧がおゆきはいつかお才も殺そうと思っていたと吟味の折りに話していたことを教えたのだ
妹の子供 唯一の身内 お才なりにおゆきを可愛がっていたつもりだったのだ
亀三の前の女房 亡くなったお新は天女のように美しい女だった
どうしたってお才に勝てるわけがない
お新が死んで数年目 亀三は女中のお才に言った
「息子達はまだ小さい お前はよくやってくれている 亡くなったお新にもよく仕えてくれた」
ところが女中としてはよく働いた女は立場が逆になると ただのずぼらで文句言いの横着女だった
亀三は女を見る目が無かったことになる
閉めているとはいえ商売のことなども報告に寅七は香野屋の寮に出かけた
丁度 夕霧が何故かお咲を連れてきている
「こういうおきゃんなのとたまにゃ話すのもいいだろうと思ってね」
縁側に腰かけて茶をすする夕霧
座敷の中 おみつの横でぷうっと膨れるお咲
それを見て笑い声を上げるおみつ
頬に血の色が戻ってきている
「おみつ様もだいぶお元気になられたようで ようございました」と寅七が言えば新吉も明るい笑顔になる
「まだ庭には降りられねえが時々座敷の中で歩かせている
だいぶとしっかりしてきたよ」
答えておいて新吉は寅七を促し夕霧のいる縁側へ向かう
「たまにゃ女同士の話も良いだろう
お咲さん お春 ここを御願いしていいかな」
ひょいと縁側に腰かけて座敷のおみつに向かい「ここにいるから何かあったらお呼び」
その甘い様子に夕霧はにやにやしている
「お安くないねえ」
新吉は平然「あてられたくて来ている物好きが何を言う」
それから寅七を向いて「色々ご苦労さんだった それにしても寅七お前はおゆきに騙されていなかったのだねえ」
「前の旦那様は言われました 番頭はね 人を見るのも仕事だと」
寅七の言葉に夕霧と新吉が感心した顔になると照れたように笑う
「とは言え そればっかりでもありません どちらかと言えばあたしにも
おゆきさんを嫌うわけがありました
昔 惚れた女が仙石屋の中におりましてね
その娘が おゆきさんの仕組んだ嫌がらせで店にいられなくなったんで」
「知らなかったよ」済まなそうな新吉に
「旦那様は余り店にはおられませんでしたから
そりゃ愛らしい娘で名前はお菊
店にゃ三月(みつき)とおりませんでした」
「似た話を聞いたことがあるぞ」と夕霧が言い出す
そして座敷に向かって「お~い お咲 あの・・・顔が気に入らないって おゆきに追い出された娘の名前が分かるか」
「何なんです 藪から棒に あたしの幼馴染の娘ならお菊ちゃんですよ」
寅七がびっくりした顔になる
続けて夕霧「お咲 お菊の行方わかるか」
「田舎の親戚の所に身を寄せて そこの仕事を手伝ってるって先(せん)に会った時に」
お咲の答えを聞いて夕霧 聞えよがしの独り言
「そいつは・・・ まだお菊さんが独り者だといいなぁ」
一回り年上の寅七の表情が変わるのを見て喜ぶ人の悪い夕霧
そんなこんなで寅七はおゆきの言動に注意するようになったと話す
あろう事か夜 戸締りの見回りの時に ふらふら離れへ近付くおゆきの姿を幾度か見かけぞっとしたと
新吉はお春が足を怪我したのは誰かに廊下から庭へと突き落とされたからだと聞いていた
おみつに仕えて守るお春が邪魔だったのか
寅七はまたおゆきは店の者を操って「おみつ様が可哀想・・・・」と言いながら 「いじめてもいいんだ」と
そんな雰囲気を作っていたと話す
「まあ おゆきさんにはおみつ様が邪魔で憎らしくてしょうがなかったのでしょうよ」
どうしたって器量では勝てない どんなに厚化粧しても塗りたくっても色黒の肌は白くはならない
若さでも
どれほどおみつに成り代わりたいと地団太踏んだところで その心がけの悪さもどうしようもない
それから程無くお咲は寅七をお菊のところへ案内し お菊は逃げるように店から消えた理由をこう説明した
「何と言ってもおゆきさんはおかみさんのお身内だし
あたしの味方など お店にいるとは思えませんでした
もう悔しくて辛くて恥ずかしくて」
長年 寅七が行方を案じていた事を知ると お菊は言葉を失った
「そんな そんな あたしなんか」
寅七が所帯を持ちたいと新吉に言ってきたのは それから間もなくのこと
「のれん分けと言いたいが・・・いっそ仙石屋をやってみないか」と新吉は言う
「あの離れの座敷の外に夜毎おゆきが来ていたと思うとどうにも気持ち悪くていけない
それにもともと あたしに商売は向かないよ
だからおみつを盛り立てて おみつに店を任そうと思っていた
あたしは物を作る方が性に合ってるんだ」
「おみつ様や香野屋様は何と」
「商売で出る端切れをさ 安く寄越してくれるそうだ
どうだい 屋号は変えていい 好きな名前におしよ」
少し考えて寅七は言った
「では預からせてもらいます 今はうまいとこ瓦版でも評判になっているし
このまま仙石屋でやらせてもらいます
でも旦那様は何かでお店をなさりそうに思えますよ
あたしも旦那様を見習って お菊を飾り立てて 店の品を売る宣伝にー」
「ああ 幾つかこさえたい品がある 裁縫が得意な女ばかりじゃない
そんな品の幾つかの見本を おみつに縫ってもらおうかと思っている
良かったら店に置いてくれるか」
「喜んで」と嬉しそうな寅七
幾ら時が経ったろうか 木戸番の近くに店を出すじいさんが引退し 後を引き受けたのは
人気役者も逃げ出しそうな大層な二枚目で 似合いの別嬪のおかみさんと
焼き芋や駄菓子 子供の喜びそうな玩具や つい手に取りたくなる前掛けなども売っている
店の主人の名は新吉 その恋女房の名前はおみつと言うそうな
(これで終ります 読んで下さった方へ 有難うございました)
加助・おゆきと縄付きになる人間を二人も出したのだ
主人の新吉は香野屋の寮で妻のおみつをこれまでを埋めるようにつきっきりで看病をしている
仙石屋は番頭の寅七が数人の店の者と留守番をしていたのだった
おゆきが焼け死に 香野屋佐市の縁切りの芝居とか 新吉が身内を殺す者の存在を疑い幼馴染の同心の夕霧と力を合わせてそれぞれの身内の仇を取るべく
動いていたことはいい瓦版のネタとなった
仙石屋の商売再開を心待ちにする人も多い
「泣かせるじゃあねえか 女房の命を守ろうと・・・」
「おゆきってのは 恐ろしい女だったんだねえ」
お才は・・・めっきり大人しくなった
同心の夕霧がおゆきはいつかお才も殺そうと思っていたと吟味の折りに話していたことを教えたのだ
妹の子供 唯一の身内 お才なりにおゆきを可愛がっていたつもりだったのだ
亀三の前の女房 亡くなったお新は天女のように美しい女だった
どうしたってお才に勝てるわけがない
お新が死んで数年目 亀三は女中のお才に言った
「息子達はまだ小さい お前はよくやってくれている 亡くなったお新にもよく仕えてくれた」
ところが女中としてはよく働いた女は立場が逆になると ただのずぼらで文句言いの横着女だった
亀三は女を見る目が無かったことになる
閉めているとはいえ商売のことなども報告に寅七は香野屋の寮に出かけた
丁度 夕霧が何故かお咲を連れてきている
「こういうおきゃんなのとたまにゃ話すのもいいだろうと思ってね」
縁側に腰かけて茶をすする夕霧
座敷の中 おみつの横でぷうっと膨れるお咲
それを見て笑い声を上げるおみつ
頬に血の色が戻ってきている
「おみつ様もだいぶお元気になられたようで ようございました」と寅七が言えば新吉も明るい笑顔になる
「まだ庭には降りられねえが時々座敷の中で歩かせている
だいぶとしっかりしてきたよ」
答えておいて新吉は寅七を促し夕霧のいる縁側へ向かう
「たまにゃ女同士の話も良いだろう
お咲さん お春 ここを御願いしていいかな」
ひょいと縁側に腰かけて座敷のおみつに向かい「ここにいるから何かあったらお呼び」
その甘い様子に夕霧はにやにやしている
「お安くないねえ」
新吉は平然「あてられたくて来ている物好きが何を言う」
それから寅七を向いて「色々ご苦労さんだった それにしても寅七お前はおゆきに騙されていなかったのだねえ」
「前の旦那様は言われました 番頭はね 人を見るのも仕事だと」
寅七の言葉に夕霧と新吉が感心した顔になると照れたように笑う
「とは言え そればっかりでもありません どちらかと言えばあたしにも
おゆきさんを嫌うわけがありました
昔 惚れた女が仙石屋の中におりましてね
その娘が おゆきさんの仕組んだ嫌がらせで店にいられなくなったんで」
「知らなかったよ」済まなそうな新吉に
「旦那様は余り店にはおられませんでしたから
そりゃ愛らしい娘で名前はお菊
店にゃ三月(みつき)とおりませんでした」
「似た話を聞いたことがあるぞ」と夕霧が言い出す
そして座敷に向かって「お~い お咲 あの・・・顔が気に入らないって おゆきに追い出された娘の名前が分かるか」
「何なんです 藪から棒に あたしの幼馴染の娘ならお菊ちゃんですよ」
寅七がびっくりした顔になる
続けて夕霧「お咲 お菊の行方わかるか」
「田舎の親戚の所に身を寄せて そこの仕事を手伝ってるって先(せん)に会った時に」
お咲の答えを聞いて夕霧 聞えよがしの独り言
「そいつは・・・ まだお菊さんが独り者だといいなぁ」
一回り年上の寅七の表情が変わるのを見て喜ぶ人の悪い夕霧
そんなこんなで寅七はおゆきの言動に注意するようになったと話す
あろう事か夜 戸締りの見回りの時に ふらふら離れへ近付くおゆきの姿を幾度か見かけぞっとしたと
新吉はお春が足を怪我したのは誰かに廊下から庭へと突き落とされたからだと聞いていた
おみつに仕えて守るお春が邪魔だったのか
寅七はまたおゆきは店の者を操って「おみつ様が可哀想・・・・」と言いながら 「いじめてもいいんだ」と
そんな雰囲気を作っていたと話す
「まあ おゆきさんにはおみつ様が邪魔で憎らしくてしょうがなかったのでしょうよ」
どうしたって器量では勝てない どんなに厚化粧しても塗りたくっても色黒の肌は白くはならない
若さでも
どれほどおみつに成り代わりたいと地団太踏んだところで その心がけの悪さもどうしようもない
それから程無くお咲は寅七をお菊のところへ案内し お菊は逃げるように店から消えた理由をこう説明した
「何と言ってもおゆきさんはおかみさんのお身内だし
あたしの味方など お店にいるとは思えませんでした
もう悔しくて辛くて恥ずかしくて」
長年 寅七が行方を案じていた事を知ると お菊は言葉を失った
「そんな そんな あたしなんか」
寅七が所帯を持ちたいと新吉に言ってきたのは それから間もなくのこと
「のれん分けと言いたいが・・・いっそ仙石屋をやってみないか」と新吉は言う
「あの離れの座敷の外に夜毎おゆきが来ていたと思うとどうにも気持ち悪くていけない
それにもともと あたしに商売は向かないよ
だからおみつを盛り立てて おみつに店を任そうと思っていた
あたしは物を作る方が性に合ってるんだ」
「おみつ様や香野屋様は何と」
「商売で出る端切れをさ 安く寄越してくれるそうだ
どうだい 屋号は変えていい 好きな名前におしよ」
少し考えて寅七は言った
「では預からせてもらいます 今はうまいとこ瓦版でも評判になっているし
このまま仙石屋でやらせてもらいます
でも旦那様は何かでお店をなさりそうに思えますよ
あたしも旦那様を見習って お菊を飾り立てて 店の品を売る宣伝にー」
「ああ 幾つかこさえたい品がある 裁縫が得意な女ばかりじゃない
そんな品の幾つかの見本を おみつに縫ってもらおうかと思っている
良かったら店に置いてくれるか」
「喜んで」と嬉しそうな寅七
幾ら時が経ったろうか 木戸番の近くに店を出すじいさんが引退し 後を引き受けたのは
人気役者も逃げ出しそうな大層な二枚目で 似合いの別嬪のおかみさんと
焼き芋や駄菓子 子供の喜びそうな玩具や つい手に取りたくなる前掛けなども売っている
店の主人の名は新吉 その恋女房の名前はおみつと言うそうな
(これで終ります 読んで下さった方へ 有難うございました)