幻坂 (角川文庫) | |
有栖川 有栖 | |
KADOKAWA/角川書店 |
大阪の坂をタイトルにして書かれた短編集
「清水坂」
「愛染坂」
「源聖寺坂」
「口縄坂」
「真言坂」
「天神坂」
「逢坂」
「枯野」
「夕陽庵」
ここのつの物語
いつもは一冊を読み終えてから その本について書いておりますが 読み進むうちに前の話についての感想が薄れるのも嫌なのでー二つ三つ読むごとに
それぞれの物語について書いていこうかと思います
最初に天王寺七坂(てんのうじ ななさか)についての説明があります
本より抜粋いたします
{大阪市は起伏の乏しい街だが、中央には上町台地が南北に伸び、その西側に多くの坂を持つ。
本書の舞台となった七つの坂は、天王寺七坂あるいは大阪七坂と呼ばれ、すべて天王寺区にある。
七坂の界隈は寺町を形成して、四天王寺をはじめ多くの寺社仏閣が連なる<最も古い大阪>であり、古代から現代に至るまでこの都市の記憶を抱く}
「清水坂(きよみずざか)」
物語の語り手によればー西側から寺町に行くための道は、必定、坂道になります。
大きいもんは七つ。
北から南に向こうて、真言坂、源聖寺坂、口縄坂、愛染坂、清水坂、天神坂、逢坂ー
物語の語り手の男は子供の頃 この七坂を縄張りにしていた
現在60歳過ぎの彼が10歳の頃の話となる
遊び仲間とその妹ヒナちゃんと
だがこの兄妹の両親が夫婦別れで 兄妹は少し遠くへ
水面に浮かぶ山茶花の花
近くに山茶花の木はないというのに
彼はヒナちゃんの誕生日の祝いにと山茶花の花をヒナちゃんの頭にさしてやったことがあった
彼が水面に浮かぶ山茶花の花を見た晩 ヒナちゃんの兄から電話があった
ヒナちゃんが死んだと
ヒナちゃんの死を知らせるような赤い花弁は
ーこの世の外へ、流れていったんでしょうー
誰にでもある幼友達との想い出のようで美しい物語となっている
「愛染坂(あいぜんざか)」
若くして作家となった男はスランプにあった
そんな時 愛染坂で印象的な出会いをした女性と再会しー実を結んだこの恋は・・・しかし一緒に暮らし始めると長くは続かなかった
男は書けない
作家となった女とは逆に
書けない日が続く男は・・・言動が荒れ・・・二人の暮らしは終わる
女と出会って書けなくなった
そんな情けない言葉まで言ってしまった男
女はそんな男を恋しく想うあまりに首を吊って死んだ
四十九日 男は女と出会った坂を歩く
姿を見せた女・・・
女は男を恨んでいるのではない
男が自分と出会って書けなくなったというのなら「書く力」を返しにきたのだ
男は伝えたかった ただ一言「恋しい」と
{ー一緒に行かれへんのやったら、慧さんだけ上って下さい。わたしは下りますー
幽けき足音が、そう告げていた。}
哀しい悲しい恋物語
一途に男を愛した女と そんな女を幸福にできず愛を壊してしまった男
「源聖寺坂(げんしょうじざか)」
勤める会社の女性経営者の家で観月パーティがあり参加したデザイナーの女性は気になる絵を見る
男の子が描かれた絵
その背景の坂はよく知る場所だった
源聖寺坂・・・
彼女は子供の頃 その坂を何故か怖いと思っていた
ところで観月パーティが行われた家は女性経営者の夫が結婚前から所有していたもの
その家には何か出るらしいという噂があるらしい
パーティに参加した人間もその家に宿泊した夜 霊感あるという女性が男の子の幽霊を見て騒ぎになる
出るという噂を案じた女性経営者はこうした事の探偵を招いていた
その探偵の解決で殺され庭に埋められていた男の子の骨は両親のもとへ
この体験で主人公の女性デザイナーはいわれなき源聖寺坂への怖い思いは消える
だが夜には行くまいとも思うのだ
「口縄坂(くちなわざか)」
美季の読書家の友人・里緒は織田作之助のファンでその碑がある口縄坂は聖地
猫好きな美季には好きな猫が多くいる場所だった
猫の写真を撮るのも楽しみ
姿を写せなかった白い猫の尻尾を見たあと 三階にある自分の部屋で美季は外から誰かの視線を感じる
寝ては金縛りにあうなどの異変も
見た気味悪い夢の話を里緒にすると 里緒はある行動に出る
それは美季を護る為だというがー
里緒は正体不明のモノに顔を傷つけられ病院へ
美季は母親と同じ部屋で眠るのだが
眠ったはずが気が付けば口縄坂にいて周囲には猫がいっぱい
織田作之助と思しき人の姿が消えたあと
白い猫が現れ美季を招く
そして彼女は顔が傷だらけになった里緒が逆さまに落ちてくるのを見る
美季は白い猫に呼ばれるままに従う
「真言坂(しんごんざか)」
男につきまとわれ相談した相手は彼女を護ってくれた
しかし逆恨みされて殺されてしまう
その相手は恋愛というよりも兄妹のように互いに接していた人間で
殺されてからも ある場所に行けば会うことはできた
生きている時と変わりなく言葉を交わし
けれどその女性が結婚相手を連れていくと 彼は彼女の結婚相手にも見える現れ方をして
今迄とは違う場所へ消えていった
女性は正しい相手を選び 彼はもう彼女を護る必要が無くなった
「天神阪(てんじんざか)」
「源聖寺坂」に登場した心霊現象が専門の私立探偵・濱地健三郎(はまじ けんざぶろう)が再び登場
女性を伴いある料理店へ
この連れの女性は既に死んだ者
つまりは幽霊
この店は幽霊にも味わえる料理を出す店
幽霊の女は自分を騙した男を恨みに思い幽霊となり男を怖がらせている
男には家庭があり女は騙されていた
騙されたから死んだのか
愛していたから死んだのか
不思議な店
そこで出された料理を食べた女はー
探偵は不思議な店を知っている・・・・・
「逢坂(おうさか)」
劇団に所属する男は座長とやりあってしまう
男を宥め食事に誘った真実は視(み)える人間
そして男もまたー
彼は死んだ後輩女性・ひとみの姿に出会えないことも気にしている
芝居の解釈 どう演じればいいのか
逢ふ坂よ・・・
ひとみの姿を男は遂に視(み)ることができたー
{-またな。
やっと逢えたが、芝居はまだ終わっていない}
「枯野(かれの)」
大阪に死んだ松尾芭蕉
その辞世の句にもからめて描かれる怪異
芭蕉に迫る死
「夕陽庵(せきようあん)」
妻に死なれた男が訪ねた場所はー歌人・藤原家隆の最後に暮らした家
壊れかけたその家で家隆の晩年を知る者と出逢い男はその話を聞く
その家から見える景色
{-つながっているのですよ。分かたれてはおらぬのです。
いずこからか妻の声がして、男は朱色の涙とともに頷いた}
私が子供の頃 花登筐(はなと こばこ)原作の大阪を舞台にした商人を描いたドラマが多く放送された
母の兄になる伯父一家がになる大阪に住んでおり ごくごく小さな頃は遊びにも行った
天王子動物園
枚方パーク 菊人形
母や叔母 従妹達と行ったものだ
見た動物よりも駅近い本屋で買ってもらった「かぐや姫」の絵本を覚えていたりするのだが
泊まった夜 叔母が布団に入れてくれた湯たんぽの形など思い出す
記憶にある大阪と現在の現実の大阪は違う
そしてこの本の中の大阪もまたー
似て非なる そうしてやはり同じな大阪
都会化された街の片隅に眠る 昔からの大阪がひっそりと息づいている
誰かの記憶につながるような大阪が描かれています
下駄の音響く石畳・・・
そうっと揺れて触れて来る何か・・・・・